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草薙響は戸惑っていた。
今、響は3人の女性に取り囲まれている。これだけ綺麗な女子高生たちに取り囲まれている状況を見れば、事情を知らない人はきっと羨ましいと思うかもしれない。
だが、彼女たちの表情を見る限り、そう喜んでいられる場面ではなさそうだ。
この人たちはなぜ、自分を睨んでいるのだろう? いったい何を怒っているのだろう?
それが響には検討もつかなかった。
この春、新学期が始まり、転校したばかりの新しいクラスに入っていった響を待っていたのは、想像もしていなかった手荒い歓迎だった。
帰り際、響はクラスメイトとなった音無雅緋にかなり強引に校舎裏に連れ出された。そして、同じクラスメイトの二宮瑠樺、一学年上の蓮華芽衣子を加えた3人に取り囲まれることになった。
3人共、今日、知り合ったばかりの相手だ。
「あなた、よく平気で顔を出せたものね」
音無雅緋が響を睨みながら言った。彼女からは、いつ殴りかかってきても不思議ではないほどに強い怒りの感情が伝わってくる。言葉を一つ間違っただけで何が起きるかわからない。
「あの……何を言っているのかわからないんだけど」
響は恐る恐る、彼女たちの表情を見ながら口を開いた。
「あなた、草薙響と言ったわよね」
銀縁眼鏡にそっと指を添え、蓮華芽衣子が声をかける。彼女のほうは音無雅緋よりも少しだけ穏やかだ。だが、響に対する眼差しはやはり厳しいものがある。
「そうですけど」
「私たちのことを知らないっていうの?」
「すいません」
「去年の秋のことを忘れたとでも?」
「秋?」
その言葉には少しドキリとした。「ひょっとして10月の連休の時の?」
「そうよ。やっと思い出した?」
再び雅緋が響に詰め寄る。
「いや、違う。でも、キミたちはボクに会っているのか?」
それを聞いて、雅緋の表情がさらに巖しくなる。
「何を言っているの? まさか本気で憶えていないとでもいうの?」
その通りだった。
昨年の秋、この街へ引っ越すことが決まっていた響は、下見も兼ねて旅行に出かけることにした。初めて見る東北の紅葉を観るのを楽しみに電車に乗った。だが、新幹線に乗った直後から、まるで記憶が無くなっているのだ。気がついたのは5日後のことで、その間、どこで何をしていたのかをまるで憶えていないのだ。
「ごめん。確かに去年の秋、ボクはこの街に来ている……と思う。でも、実は憶えていないんだ」
蓮華芽衣子は不思議そうな顔をして、どうするかを伺うように瑠樺へと視線を向ける。
「憶えてないって本当ですか?」
瑠樺が響に問いかける。
「嘘じゃない。こんな話、信じてもらえるかどうかわからないけど本当なんだ」
「そんな言い訳が通じるとでも思っているの? 一発ぶん殴れば思い出すかもしれないわ」
雅緋の怒りは既に絶頂だったようだ。すぐにも殴りかかろうと前に進み出る。
「雅緋さん、もう止めておきましょう。草薙さんは本当に憶えていないみたいですから」
瑠樺が慌てたように雅緋を止める。
「このまま帰すというの? この男のせいでどんなことになったか憶えているでしょう?」
「本当に申し訳ない。キミたちに何をしたのかわからないけど、ひどいことをしたのだとすれば謝るよ」
「いえ、そんな、気にしないでください」
この3人の関係は少し不思議なものだ、と響は思っていた。
一学年上の蓮華芽衣子は、この二宮瑠樺に従っているように見える。そして、もっとも喧嘩腰の音無雅緋もまた同じように瑠樺にだけは逆らおうとしない。もっとも大人しく二人の様子を見ている二宮瑠樺こそが、この中で主導権を握っているようだ。
(それにしても)
去年の秋、いったい自分は彼女たちとの間に何があったのだろう?