帰還と別れの挨拶
もう帰らなくてはならない。
そう聞いた私は思った以上にショックを受けていた。
だって、帰ったらもう二度とサヴィに会えない。
ーーでも、帰らないという選択肢は選べない。
「そっか……もう時間なんだね」
「……ああ」
私はうつむきがちに残りのスープを食べ終えて、立ち上がった。
「私はどうしたらいいのかな。何かやることはある?」
「いや、もう帰還の条件は満たされている。後は、術者がーー俺が、承認するだけだ」
サヴィはそう言うと背を向けて部屋を出ていった。
一人残された私は、戸惑いながらとりあえずお皿を片づけることにする。
洗剤代わりらしい粉をかけ、スポンジのような木の枝で洗う。
水桶から水を汲んですすいだ後、布巾で拭いているとサヴィが戻ってきた。
「洗ってくれたのか、ありがとう」
「ううん、これくらいはね」
最後だし、とは言えなかった。
また俯いてしまう私に、サヴィが何かを差し出す。
「これを。……今日はすまなかった。だが、助かった」
開いた手に乗せられていたのは、可愛いお花を模した宝石のブローチだった。
「え……これ……」
「以前、仕事の報酬としてもらったものだ。贈る相手もいないので、仕舞い込んでいた。よかったら、受け取ってくれないか?」
薄紅色のブローチは、夕陽を反射してきらめいている。
もうすぐ夜になる。
サヴィが想定した帰還の時間だ。
私はそっとブローチを手にとった。
「ありがとう、サヴィ」
笑顔を作れたのか、自信はなかった。
宵闇がせまる。
私は来た時の部屋でサヴィと向き合っていた。
「ーーでは、帰還の承認を」
サヴィの手が上がる。
その大きな手を、深い紫色の髪を、鮮やかな翠の瞳を見つめる。
もう二度と会えなくても、忘れないように。
「おこなう」
サヴィの指が複雑に動く。
来た時と同じ光りが私を包んだ。
「サヴィ」
もらったブローチを握りしめて、私は頑張って笑った。
「サヴィ……さよなら」
「……ユカ」
もう光でサヴィの顔がよく見えない。
サヴィ。
さよなら、サヴィ。
「……ユカ!」
サヴィが私を呼んだ。
そして、強い力で抱き締められる。
ふわりと、森の香りがした。
そして、気がつくと私は見慣れた台所に立っていた。
帰ってきたのだ。
電気のついていないうす暗い台所。
どのくらいぼんやりと立っていたのだろう。
周囲がぱっと明るくなって、ようやく我に返った。
「わっ! 姉ちゃん!? そんな暗いとこで何やっていたんだよ!?」
「真治」
振り返ると弟が驚いた顔で立っていた。
「つか、今までどこ行ってたんだよ!」
「……帰ってきたんだよ」
「はあ? 話し聞いてる? ……姉ちゃん?」
弟の顔を見ると、帰ってきたんだなあ、と実感が湧いてきた。
今までのは夢?
ううん、違う。
今も手のひらで光るブローチを見つめていると、なんだか視界がぼやけてきた。
「姉ちゃん? 何いきなり泣いてんだよ!?」
「サヴィの」
「え?」
「サヴィのバカ!」
私は強くブローチを握りしめると、わんわん泣き出した。
弟が狼狽えているけど、それどころじゃない。
サヴィの馬鹿。
なんで、最後の最後であんなことしたの。
もう会えないのに。
どうして、なんて聞けないのに。
サヴィの馬鹿。
馬鹿……。
私はその夜、子供のように泣きじゃくって皆を心配させた。
そのかわり、何処に行っていたのかはうやむやになって、追及されなかった。
母の風邪はすっかり良くなっていて、一言だけ。
「おじや食べたかった」
そう言われたのだった。
今日はもう一話、エピローグも投稿します。