料理と火トカゲ
さて、お次は夕食の支度である。
かまどで料理したことはないけど、スープならなんとかなりそうな気がする。
「野菜はこれだけある」
サヴィが用意した野菜は、当然だけど見たことがない物ばかりだ。
とりあえず葉野菜は取り除いて、根菜っぽいのをまとめる。
「サヴィ。この中で、よくスープに入っている物はどれかわかる?」
「……これとこれは入っていたと思う。これは苦手から嫌だ」
サヴィは好き嫌いが多いことがわかった。
それでも五種類ほどの野菜が残ったので、それを適当に入れることにする。
「じゃあ、後はお肉。何かある?」
「クルルのモモ肉なら」
「うん。それでいいかな。香辛料は?」
「ここにあるはずだ。……塩しか無いな」
「塩スープか……お肉の出汁が出ればいけるかなー。あ、これは?」
「ああ、これもあったな。乾燥させたキギラ草だ」
「ハーブみたいなものかな。使おう」
と、まあ問題もあるけど調理開始だ。
まずは野菜を洗って皮むき。
洗うのはサヴィに任せて、私は皮むきをする。
「手慣れているな。ユカは普段何をやっているんだ?」
「大学生……えーと、いろんなことを勉強してるよ」
「学者になるのか?」
「あはは、違うよー」
なんとなくゆったりとした空気の中、自然と話し出していた。
私の夢は幼稚園教諭になることだ。
子供が好きで、教えることが好きで、体を動かすことも好き。
好きなことを仕事にしようとすると難しいことも出てくるけど、それを乗り越えるために頑張れるくらい、なりたいと思っている。
そんな話を噛み砕いて説明すると、サヴィは言った。
「それだけ強い思いを持っているなら、ユカの夢はきっと叶う」
そうして、なんだかとても優しく微笑むから、頬が熱を持って仕方なかった。
……サヴィは何歳なのかなあ。
結婚は、していないよね。
恋人はいるのかな。
「いや、でもいたらこの家もこんなになっていないだろうし。じゃあ、いないのかな」
「何がだ?」
「う、ううん。何でもない!」
ああ、ヤバイなあ。
サヴィとは今日だけの付き合いなのに。
帰ったら会えない人なのに。
どんどんサヴィに惹かれてる。
ヤバイよね、気にしないようにしなくちゃ。
「ええと、そろそろ鍋を火にかけようかな!」
「ああ、そうだな」
今は料理に集中! と自分に言い聞かせて、私は鍋に水を入れた。
これに野菜を入れて、と。
「サヴィ。火はどうやってつけるの?」
「それは火石を使う。だが」
「だが?」
「……昨日壊れたままだ」
「あらら」
サヴィは片手を宙に差し出すと、何ごとかをつぶやいた。
「だから、コイツの力を借りる」
片手が光り、赤色の何かが現れる。
それは、片手に乗る大きさの。
「トカゲ?」
トカゲだった。
「火トカゲ。火の下級精霊だ」
「この子も精霊なんだ」
火トカゲはサヴィのてのひらでじっとしている。
赤色の鱗とルビーのような目を除けば、普通のトカゲに見える。
「触ってもいいかな?」
好奇心でそう尋ねると、サヴィは戸惑ったように目を瞬いた。
「触りたいのか? 変わっているな」
「そう? 精霊を触るのは駄目?」
「いや、術者が一緒なら……つまり、俺が一緒なら大丈夫だ」
サヴィが火トカゲをこちらに差し出す。
トカゲにしか見えないけど、精霊だと思うとどきどきした。
そっと、背中を撫でてみる。
「熱くないんだね、ひんやりしてる。それに、すべすべ」
火トカゲはおとなしく撫でられるまま、時折気持ち良さそうに目を細めている。
「ユカは神秘を怖がらないんだな」
サヴィがなぜか嬉しそうに言った。
「神秘を怖がる者は多い。魔術に縁の無い者ほどそうだ。だから、なかなか使用人を雇えない」
「そうなんだ……」
「扱い方を間違え無ければ、素晴らしい力なんだがな」
つぶやくサヴィはどことなく寂しげだ。
「サヴィは魔術が好きなの?」
「少し違う。……人の役に立つ魔術が好きだ」
目を逸らして恥ずかしそうにささやいたサヴィは、またとても優しい表情を浮かべていた。
お鍋でスープを煮込む間、私とサヴィはいろんな話をした。
年齢、好きなもの、子供の頃の夢。
私はサヴィが二十三だと知ったし、恋人がいないこともわかった。
駄目だと思いながらもサヴィに惹かれる自分を止められない。
炎に照らされて微笑むサヴィはすごく綺麗で、時々泣きたくなるくらいだった。
帰りたい。
でも、サヴィから離れたくない。
どちらの気持ちも本当で、きっと私は迷子の目をしているだろう。
そして、数時間後。
ーースープは驚いたことに上出来だった。
「塩とキギラ草だけでこの味が出せるのか……ユカは凄いな」
「た、たまたまだと思うよ」
「たまたまでも凄い。美味い」
「……サヴィも手伝ってくれたからだよ」
美味い美味いと食べてくれるサヴィに、私は照れてスープをかき混ぜる。
過去に恋人がいたことはあったし、料理を振る舞うこともあった。
でも、こんなに喜んで食べてくれたのは、サヴィが初めてだ。
緩む頬を自覚しつつスープを啜っていると、ふとサヴィが手を止めた。
「……そろそろ時間のようだ」
どくん、と心臓が大きく動いた。