全てを失った日から
間も無く完結。
「美幸ー、これ、こことここ直しておいて、あと川田は積算のやり直し。見通し甘いよ。イベントまで時間無いからねー。」と倉科のはりきった声が聞こえる。
「あと浩・・・山野はここのレイアウトやり直し。」「いいんですよまりさんいつも通り浩二♡って呼んで」って言ったのはいつもの小岩井ではなく、海野だ。Cellarはフランクな雰囲気で倉科も役職で呼ばれるのを嫌う。「そうそうこーちゃん♡っていつもどおりでいいんですよ。」と川田も煽る。
「海、川、いい度胸だ。お前らのボーナスの査定を誰が握っているかわかってて言っているんだろうな。」倉科が含み笑いをしてそう言った川田と海野の背筋に冷たいものが走った。「いや、そのそういうわけじゃ無いんですよ。ほら愛のあるいじりって言うか、ね。」
焦る2人を見て「お前らの昇進も考えてたけど見送りかなー。かわりに昇進してみる?こーちゃん♡」更にわざとらしくハートをつけて煽った。「まりさんやりすぎ2人とも怯えてるじゃ無いですか。」山野がと冗談っぽく叱った「なによー元はと言えばこいつらがからかうから。自分らだって婚約中のくせに。」と顔を膨らませて、怒った様な仕草をした。
「さっ遊びはこの辺にして仕事しようか。」と倉科が言って仕事に戻った。川田と海野は婚約してもうすぐ結婚。小岩井は第二子出産のための産休となり山野は営業所から支社に転属と色々なことがあった。そんな折小岩井からメールが届いた。「ちょっと話があるから明後日の昼休み、○✖︎って喫茶店に来て。まりには内緒ね。」
なんだろう?と思いながらも特に予定も無かったし今はチームの仕事で本社に出向中で喫茶店も近いので都合が良かったのでOKの返事をしておいた。(なんだろう?まりさん誕生日近いしサプライズの相談とか?小岩井さんそういうの好きだしな。)とか呑気に考えて、当日に指定された場所に向かうとすでに小岩井はいて「久しぶり。いやー久々に遠出したけどお腹重くてしんどいわ。」愚痴から始まった。
ははっと笑って山野も「なんか飲みますか?」とか小岩井も「最近仕事どう」とか当たり障り無いかんじの会話だったんで、山野も気軽に「それで話って?」と尋ねた。すると途端に小岩井は真剣な顔になった。「そう、大事な話があったの忘れてたわ。他人がこういうこというのもなんだけど、もう一緒に住んで2年だよね。することもしてるよね?けどまりは心配してるよ。わたしらの関係ってなんだろって。」小岩井が言ったとは思えない真剣な話だった。
少し溜めてから「・・・言葉にしなきゃ伝わらない思いだってあるんだよ。」と言われた。正直考えていなかったわけでは無いが居心地の良さに甘えてた部分もあったと考えている。
「真剣なんだよねまりのこと?」いつに無く真剣な小岩井だったので、「勿論です。けどまだ俺半人前だしもうちょっとしっかりしないとまりさんに釣り合わないかなって。思っちゃうんですよね。」
「何言ってるの。そんな大袈裟なことじゃないじゃん。遊ばれてるか不安な女に、ちょっと安心する言葉を掛けるだけなんだから。まぁカナもわたしもあんたが遊ぶ様なタイプでは無いって思ってるんだけどね。」いつもの軽い感じの小岩井に戻りポンと山野の肩を叩いた。「今日は有難うございます近々言います。」小岩井に向かい自分を奮い立たせる様に、決意を伝える。
「そうよ。そうしたらあの子だって年上のお姉さん?ぶらずにもっと素直になれるんだから(笑)あっ、伝票よろしくー。」そう言って彼女はお腹を重そうにしながら帰って行った。(相変らず嵐の様な人だな)と思いながらも感謝し決意を固めた。そしてそれから2週間後の金曜日、仕事が早めに終わり、山野はみんなからの飲みの誘いを断り倉科の腕を引き山野は家路に着いた。
「ねぇ何で断ったの?また深雪行きたいの?まぁたしかに最近行ってないけど私が言うのもなんだけど浩二好きだねーあそこ。」冷やかす様に言った割に2人きりが嬉しそうな倉科がいる。「いや、久し振りに2人で家で飲みたいかなって。あっちょっと待ってて。」山野は帰り道にある酒屋によりジャーンって感じで倉科が大好きだが普段は飲めない様なワインを買ってきた。「予約しておいたんだ〜♪」とご機嫌な感じでサプライズのワインを見せる。それを見た倉科はテンションが上がったのか「えっ、何?なんかの記念日だっけ今日。私忘れてる?まぁいいや。早く帰ろう。」と、山野の腕を引いて家までの道を歩くスピードを上げて行った。
今日は奇しくも給料日の金曜日、数年前に1人の男が全てを失った日だった




