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ここは病室か、戦国か

注意 1話あたりの文字数は2000字〜3000字と、それ程多くありません。ご了承ください

……死のうかな。


高校の屋上で一人、俺は頭に軋むように響く痛みと、ずんっと体中にのしかかる倦怠感に苛まれながら、 ぼんやりと空を仰いだ。


時は平成、俺は大学受験を控え、世の受験生と同様、進路問題に悩まされていたのだ。


日本史は得意だったが、英語が壊滅的にダメだった。模試の結果も悪く、到底志望校には合格しないだろうと、塾の講師に不名誉な太鼓判も押されてしまった。しかし、もはや自分の無力を憎む気力すら湧いてこない。


「生まれ変わったら、何になろうかなあ」


そう呟きながら、俺は落下防止用の鉄柵を乗り越え、ひょうひょうと吹く秋風にしばらく身を委ねた。……寒い。


「……戦国武将になりたかったな」


ふと、戦国武将なんて言葉が溢れた。俺は小学校の頃から歴史が大好きで、特に戦国武将の堂々とした、自分とはかけ離れた人物像に憧れを抱いたりもした。でも、今更そんな戯言をぼやくなんて、俺はいよいよ頭が狂ったようだ。


「そなた、本当にそう思っておるのか?」


その時、どこからか男性の声が聞こえた。俺はもう死んだのか?いや、そんなはずは……


俺が辺りを見回すと、ふわっとした佇まいの、長身の男が漂っていた。下半身は確認出来ず、死装束をだらしなく羽織っている。まさに幽霊らしい格好をしていた。


「ふん、キンカンに殺されたワシの前で自殺とは、よほど祟られたいのか」


男は俺に憎まれ口を叩いた。キンカンに殺されるとは、柑橘類恐るべし。


俺は男の風貌をじっくりと確かめた。鋭い目つきに色白の肌。墨で八の字を書かれたような髭、そして眉間にホクロ。極め付きにちょんまげに南蛮鎧ときた。それはどう見ても、参考書で見慣れた織田信長の姿であった。


「ワシは織田信長。昔は天下人であったが、今は現世にしがみつく1人の老霊よ」


はい、察しはついてました。なんてさらっと返事が出来るはずもない。俺は腰を抜かしながら、呆然と信長の顔を覗いた。


「……はあ」


結局、何とも間抜けな相槌を打ってしまった。どうせ悪霊か何かだろう。触らぬ信長に祟りなし。なむなむ。


しかし、事はそんなに単純ではなかった。信長さんは急に顔をしかめ、


「ため息のような返事をつきおって。まあ良い、どうせ死ぬ身じゃ、そなたには戦国の世に逝ってもらうぞ」


と言い放った。


「は、はあ!?何で戦国なんかに!?」


信長さんはそのニヤリと口許を緩ませ、


「簡単な話じゃ。キンカンがワシを殺し、猿に討ち取られた後、猿は織田家を蔑ろにしおった。そこで、そなたには我が三男、織田信孝になってもらい、織田家の跡を継ぎ、再興してもらいたい」


そう説明した。いやいやいや、迷惑な話だ。第一、俺が再興なんて、出来るはずもない。


「な、なんで俺が……」


「たまたまじゃ」


信長さんは余りにも乱暴な理由で片付けた。確かに戦国武将になりたいのは事実だが、よりによって本能寺の変の二年後に自害させられる織田信孝なんて、死亡フラグの温床じゃないか。


「どうせなら信雄ぐらいにしてくれよ、信孝なんて秀吉の目の敵じゃないか」


「駄目じゃ、気に食わん」


……さいですか。


信長さんは俺の反論に耳を傾けるつもりは無いらしい。それに、もはや俺の転生は決定事項なのだろう。今更足掻いてどうなるというのだ。


「……分かったよ、でも一つ、条件をくれ」


「ほう、よくぞ申した。で、条件とは?」


信長は別段喜びをあらわにする事もなく、俺に尋ねた。


俺は大きく息を吸うと、体を前方へ倒し、


「……可愛い奥さんが欲しい」


そう呟いて、両足を蹴りだし、大きく身を投げ出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


どれほどの時間が経っただろう。どうやら、意識を取り戻したらしい。さて、目覚めた先は病室か、はたまた戦国か。


「若君、朝でござる」


戦国でした。俺は取り乱す事もなく、ゆっくりと身を起こす。


「ここは……どこだ」


辺りを見回すと、朝日の射し込む和室に、目の前にはどこか凛々しい一人のおっさん。なんだ、可愛い奥さんじゃないのか。


「何を仰せか、堺でございまする」


目の前のおっさんは呆れたような声色で答えた。ほう、どうやら俺の側近のようだ。


「ならば聞こう、俺は誰だ、そなたは誰だ、今は何年何月何日だ」


うわあ。我ながら痛い質問だ。ごめんねおじさん。


「はあ、貴方様は織田三七郎信孝様、それがしは丹羽五郎左長秀、今日は天正十年五月三十日でござる」


おっ。智将と名高き丹羽長秀じゃないか。どうやら家臣には恵まれているらしい。


で、上手く転生出来たのは良いとして、時期は本能寺の変の三日前か。……微妙だな。


「よし、俺はまもなく四国の長宗我部を征伐するのだな」


「はっ、その通りでございまする、やっと意識がはっきりなされましたか」


長秀はほっとした表情で呟いた。えーっと、次は自分の軍勢を把握しよう。


「長秀、我が手勢はいかほどだ」


「はっ、若君直属の兵がおよそ六千、我が丹羽軍が三千、副将の津田七兵衛信澄殿、蜂屋出羽守頼隆殿がそれぞれ一千、その他摂津衆などを合わせて、総勢一万四千程でござる。

その他、四国に到着次第、勝瑞城の三好山城守康長殿の五千が合流なさる予定でござる」


流石織田軍の頭脳と謳われた丹羽さん。完全に我が軍を把握しているようだ。……他に配下の武将は津田信澄に蜂屋頼隆か。悪くない。……ならば。


「よし、すまんが皆を集めてくれ。重大な作戦変更が行われる」


「作戦変更……でございますか」


長秀は怪訝そうな視線をこちらに送った。大きく戸惑わないあたり、信長に長年振り回されてきたんだろう。


さて、俺の第一の敵は明智光秀だ。この時はまだ忠実な織田家臣の一人に過ぎないが、三日後の朝には天下人に成り上がるのだ。……数日だけ。


ならば先手を打つしかない。明智光秀が信長を襲撃するタイミングで京都に現れ、火種が燃え広がらないうちに消し止め、後は信長と信忠に任せてさっさと自殺をやり直す。完璧な作戦だ。……一度可愛い奥さんに会ってからでも悪くはないか。


さあて、まずは四国征伐を中止させるべく、皆を説得させなきゃ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「四国征伐を……中止するじゃと?」


丹羽さんの呆れた呟きと共に、下座の武将達のどよめきが我が本陣を覆った。


「恐れながら若君様。既に四国の阿波では戦が起き、阿波勝瑞城の三好山城守は援軍を待ち望んでおります。今更引き揚げるのは、あまりにも酷な話では」


真っ先に物申したのは津田信澄だ。史実では本能寺の変の後、俺と丹羽さんに殺されてしまう事になる。確かに、見るからに幸の薄そうな小男だった。


ええい。いちいち説明するのは面倒だ。単刀直入に言ってしまおう。


「昨晩、京の父上の側近より、急ぎの知らせが参った。明智日向守光秀に謀反の疑いあり、とな」


陣内にさらなるどよめきが起きた。忠臣と名高き明智光秀が、あろう事か謀反を企てるなど、到底信用できる話ではない。


「決行は三日後の六月二日の早朝。備中へ向け出陣したはずの明智軍は、父上の御座す本能寺に踵を返し、天下を乗っ取るおつもりである」


「お待ちくだされ。無礼ながら、明智様は我が義理の父でござる。たとえ若君様であっても、そのような噂話で父を愚弄するなど、許されるものではござりませぬ」


俺の話を止めたのは先程の津田信澄だ。彼の女房は光秀の娘、つまり光秀は舅である。噂に巻かれるなど心外だ、とでも言いたいのだろう。


「俺も最初は信用出来なかった。長宗我部の内通者が、出立を遅らせる為の策かと思ったほどだ。しかし、明智日向守は、先日このような歌を詠んだという」


陣内がにわかに静まり返る。……人の和歌とはいえ、思わず緊張してしまう。


「時は今 雨が下じる 五月かな。時とは明智日向守の一族である土岐氏の事じゃ。雨とは天、つまり天下を下じる五月かな、と詠んだのだ、噂話にしては、ちと凝り過ぎではないか」


陣内は沈黙を破ることなく、神妙な顔付きで一同がこちらを覗く。大方明智光秀の謀反を察したのだろう。津田信澄だけが何か言いたげな表情を浮かべていたが、特に反論するわけでもない。


「それに、攻め滅ぼすならともかく、阿波で城に篭もりながら長宗我部軍と戦うのに一万四千もの大軍は必要ない。父上の、いや御屋形様のもしもの時に備えるべきじゃ。そこで、津田信澄に四千の兵を与え、予定通り四国へ上陸させ、勝瑞城への救援を行う。残りの一万は、今日の暮れにもここを出立し、山城へ踵を返す。それで良いか?」


返事はないが、反論をぶつけられるわけでもない。……はっきりして欲しいんだけどなあ。


「しかし、仮に明智殿に謀反の意はなく、この件が虚構だった場合は、どういたすおつもりか」


今まで沈黙を貫いていた蜂屋頼隆が鋭い目つきでこちらを睨み、尋ねる。


「決まっておるであろう」


これこそが、自殺願望者だった俺の本望であり、俺が明智を討つ理由。


「明智殿と父上の目の前で詫び、腹をかっ捌いて死ぬつもりじゃ」


俺の言葉に、武将達から初めて歓声が上がった。責任は主が取ってくれる、そう言いたいのだろう。逆に命でも差し出さねば、この消極的な連中を奮起させる事は出来ない。


かくして、俺の死ぬ為の戦が、幕を開けたのであった。


この時、織田信孝は神戸信孝と名乗っていましたが、今回の小説では織田姓で統一しています。

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