差し入れの正体
あくる日の早朝。
「コケコッコー!」という盛大な鶏の鳴き声が、旺諒の枕もとから聞こえてきた。
(なんだ?! なぜ鶏がここにいる?!)
天宮の瀟洒な寝台で、驚いてとび起きた彼が枕のよこに目をやると。
昨日月華からもらった『目覚まし卵』がパッカリ割れており、殻の傍になぜか立派に成長した雄鶏がふんぞり返っていた。
「コケコッコー!」
鶏がまたしても、天宮に響きわたる大きな声で鳴く。
(なんつー大声! 思いきり周りに迷惑だろ、これ!)
どうやらこれが、月華の言う『目覚まし時計』の音らしい。
けれども、ここまで大きな目覚まし音にする必要は、はたしてあったのだろうか。
あまりの騒音にたまらず旺諒が手をのばすと、雄鶏がさっと身をかわして逃げた。
(えっ?!)
雄鶏は軽く羽ばたいて寝台からおりると、トコトコと隣の部屋へと歩いていく。
しかたなく旺諒も寝台から出て追いかけ、卵から生まれた『鶏型目覚まし』を止めようと、もう一度雄鶏の頭に手をのばした。
「コケーッ!」
鶏が大きな声をあげて素早く動き、ふたたび旺諒の手から逃れた。
(あれっ、また?!)
「コケコッコーッ!」
雄鶏が、勝利の雄叫びらしき気勢をあげている。
ようやく旺諒も、月華がくれた目覚まし時計がどんな物であるかを悟り始めた。
(これは、まさか――止めようとすると逃げるように作られた目覚まし時計なのか?!)
――――実はこの贈り物も、実験の一種だったのだろうか。
コッコッコッコッ。旺諒から逃れようと、鶏がまた隣の部屋へと逃げていく。
またあの騒音をまき散らされてはたまらない、とあわてて彼が鶏を追いかけた。
ガシャーン!
ゆく手から、いやな予感満載の破壊音が聞こえてくる。
雄鶏はその後も高らかに鳴きつづけてすばしっこく逃げまわり、部屋の高価な丁度品をつぎつぎと破壊したあげく、最後は旺諒の長袍で捕獲されてようやく「コケッ」と停止した。
額に汗を流しつつ、すっかり覚めた頭の隅で、本気で彼は考えていた。
二度とこの『目覚まし卵』をここでは使うまいと。
それから、今後月華からの贈り物は、丁重におことわりした方が己の身のためかもしれないと。
*******
その日旺諒は、例の『目覚まし卵』を返却するべく腕に抱えたまま、月華の亭に向っていた。
この贈り物は、せっかくだがとても使う気にはなれない。
彼女の厚意(?)を拒絶するのは心苦しいが、苦労してつくった物を無駄にするよりはいいだろう。
そう自分に言い聞かせながら亭の近くまでやってくると、黒の天鵞絨に金糸の装飾という豪華な袍をまとった、背の高い将校風の男とすれちがった。
(あいつはたしか、ずっと昔から月華に懸想しているっていう噂のある、冥界からの使者じゃあ……?)
名前は思いだせないが、あの目立つみごとな漆黒の長髪と衣装だけは覚えている。
それにしても、体格は立派だし容貌も悪くないのだが、細目で妙に陰気な感じのする男だ。
(もう例の幻術でさんざんな目に遭わされただろうに。まだ懲りずにこんな所まで来ていたのか)
月華に警告しておいた方がいいかもしれない。そう思いながら彼女の亭に到着した直後。
以前に月麗宮で会った清楚な女官が、青い顔をして亭から飛びだして来た。
とり乱した様子で、以前の彼女とは別人のようにけわしい顔をしている。
旺諒の姿には眼もくれずに、一目散に天宮の方向へと駆けていく彼女の後姿を、彼はしばし呆気にとられたまま眺めていた。
(なんだ、いったい……?)
「ごきげんよう、月華殿!」
大声で挨拶しながら亭の中に入るが、月華がいない。
(また実験室かな)
いつもの調子で実験室へと二、三歩進んだ彼の鼻腔を、何やら不快な臭いが刺激した。
反射的に臭いの方向に振り向いた彼が、卓上に置かれたそれを認識すると、たちまちさっきの女官そっくりの形相で、実験室へと駆けだして行く。
彼の視界に飛びこんできた、臭いの正体は。
卓子に載せられている見慣れた月麗宮からの差し入れの匣と、そのなかに横たわった、小さな羽根ウサギの無惨な死体だった。