表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

月華のダジャレ

この日から旺諒は、手土産を(たずさ)えて毎日月華の亭を訪問することになった。

自ら実験の被験者になると申し出た彼を、彼女が歓迎したからだ。

玉皇大帝は最後まで許可を渋ったそうだが、彼女に「被験者がほしい」と懇願されてしまっては、いやとは言えない。

たいていの実験に旺諒はこころよく協力したが、吸引すると同性だけを襲いたくなる催淫型(さいいんがた)の防衛武器・『(りゅう)(よう)爆弾(ばくだん)』の実験台となることだけは、謹んで辞退させていただいた。

あいかわらず月華は無表情で無愛想だったが、それでも彼はずいぶん、彼女の感情の変化を敏感に察知できるようにはなってきた。

月華の思考回路は、どうやら常人とはかなり違っているらしい。

今でも彼女に見惚(みと)れはするが、すっかり口説く気はなくなって素を見せる旺諒に、彼女のほうも安心したのか。これでも以前よりははるかによく喋ってくれる。

ある日のこと。

お気に入りの青藍の袍をまとった旺諒は、ふと、月華が彼の笑顔をじいっと眺めているのに気がついた。

彼がにかりと笑って、「どうしたんですか。あんまり男前だから、つい見惚れちゃいました?」と茶化すと、抑揚にとぼしい冷静な口調で彼女が応えた。

「旺諒殿は、本当によく笑う」

「月華殿だって、宴の間ではずっと微笑んでいたじゃないですか」

あれのおかげで彼はひと目で恋に落ちたのだ。正直にいえば、もう一度あの千年花のような(かんばせ)を拝んでみたい。

だが、彼女のつぎの一言で、旺諒が心のなかで密かに抱いてきた夢は、盛大な音をたてて崩壊した。

「あれは身代わり用に作った人形です」

「えっ?!」

「玉皇が、あの人形でどこまで皆を(だま)せるか、試してみたいと……」

(――――だから玉皇は、あの後すぐに緞帳を閉じさせたのか!)

どうやら彼は、ただの人形に恋こがれていたらしい。

がっくりと項垂(うなだ)れ、目に見えて落胆した旺諒だったが――――。

しばらくの後。彼がおもむろに顔を上げたかと思うと、突然月華に向けて言いはなった。

「俺は、本物の月華殿の笑顔が見てみたい」

彼女が少し呆気(あっけ)にとられた様子で、彼をいちべつする。

(そうだ。人形の笑顔なんか見なくたって、ここにちゃんと実物がいるじゃないか!)

「私は笑うのが苦手です」

「笑うのなんて簡単ですよ。誰だって生れつき出来るんです!」

「…………」

「月華殿、ダジャレはお好きですか?」

「ダジャレとは何ですか」

「知らないんなら、教えて差し上げます。『ダジャレを言ったのはダレジャ!』」

「…………」

「笑えない? だったら、これは? 『仏像がぶつぞう!』『母艦(ぼかん)が爆発した。ボカーン!』」

「…………どういう物かはわかりました」

「それもダメ? じゃあ、これは? 『(ひょう)に出会った。うっひょー!』」

旺諒がうひょーと言いながら、全身で驚いた演技を見せると、月華の頬がわずかにピクリと痙攣(けいれん)した。

「やった! 月華殿、今少し笑ったでしょう?!」

「ダジャレではなく、旺諒殿の様子がおかしかったのです」

「いいです、その調子です! こり固まった表情筋さえ鍛えれば、月華殿にも人形以上の笑顔がつくれるはずですから!」

「………………」

自分が何気に失礼な発言をしたことには気づかないまま、上機嫌で彼がつづける。

「そうだ! せっかく覚えたのだから、月華殿も一つダジャレを言ってみてください」

「ダジャレを?」

「そう! 超天才の月華殿になら、簡単でしょう?」

しばらく無表情のまま考えこんだ末に、月華がボソリと言った。

「旺諒の横領」



――――――笑えないだろ、それ!



だが、しかし。笑わなければ。せっかく彼女がつくったのだから。

「ははは。将来せいぜいそのダジャレが、シャレにならなくならないよう、気をつけますよ」

つとめて明るくそう言った時。彼女が心なしか、ホッと緊張を解いたような空気が伝わってきた。

実際、彼女は少しだけ緊張していたらしい。

何しろ、閉ざされた世界に住む月華にとっては、これが生れて初めてのダジャレ体験だったのだから。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ