桜色の小匣と言えなかった言葉
それから、瞬く間に二人の時は流れてゆき。
とうとう旺諒が贖罪を終えて、龍界へと帰る日がやってきた。
「旺諒……!」
美しい純白の正装姿の月華が、天宮から龍界へとつながる『龍門』と呼ばれる扉の前まで見送りにやってくると、子供のように彼の袖にしがみついた。
ここ数日間、まるで生れたての雛さながらに彼についてまわっていた彼女を、旺諒が名残惜し気に抱きしめ返す。
近いうちにかならず天界を訪れると約束した彼が、小さな匣を手渡しながら、彼女に言った。
「これ、月華殿への贈り物です。俺が帰ってから、かならず独りであけて見てくださいね」
――――約束ですよ、月華殿。
包み込むように温かな笑みを彼女にのこして、旺諒は天界から去っていった。
その日の夕刻。
龍界に戻った彼は、龍宮で儀礼上のあいさつをひと通り終えると、疲れを理由に宴の誘いをことわり、瀟洒な自室で横になっていた。
人界でいえば東域風といった室礼の部屋で、絹の夜着をまとった彼が、ふと枕もとの『目覚まし卵』を眺めながら、月華を思いうかべる。
(彼女はもう、あの匣をあけて見ただろうか――)
真珠と白蝶貝の細工で飾られた桜色の小匣の中には、貝殻の神具にこめられた、彼からの伝言が残されていた。
求婚まがいのことまで宣言したくせに、その後ちっとも関係は進展しないまま、それでも二人で幸せにすごした珠玉の日々を振り返る。
この三月のあいだ、心のなかでずっと呟きながらも言いだせずにいた彼の気持ちを、精一杯の言葉にこめて。
別れの前日、旺諒は白い貝殻に向って、そっと優しくささやきかけていた。
――――愛しています、月華殿。
龍宮の閑静な一角で、眩しい銀色の佳人を思いうかべながら彼が、同じ科白を切なげにくり返してみる。
そしてまるでその言葉を聞いた彼女が、ふたたびあの至福の笑顔をうかべる姿を夢見るかのように。
彼は、独り静かに目を閉じた。




