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神具の秘密と至高の頬笑み

(そういえば、なんで月華は自分の複製なんかつくったんだろう)

それに、あの横に陣取っているやたら大げさな装置も、何のためにあるのかまだ教えてもらっていない。

 この部屋が立ち入り禁止にされていることと、関係があるのだろうか。

 旺諒が、さり気なく彼女に訊ねた。

 「この装置、ずい分おおげさですが、いったい何に使うんですか?」

 「それは…………」

 彼女が戸惑いがちに口をつぐむ。

 「教えてくださいよー、絶対に誰にも言いませんから!」 

そう旺諒が、おどけた誓いのポーズで約束したあと。

 しばし迷ってから、おもむろに彼女はうちあけた。

 「私の死後には亡骸を使って、『結界石』という結界を張る神具の一種を龍界のためにつくることが決定されているのですが……これはその亡骸をほぼ無限に増産できるようにする装置です」

 「なん……だって……?!」

 月華の微笑みに有頂天になっていた旺諒の全身の血の気が、一気に引いていくのがわかった。

 「心配しなくても大丈夫です。実験の初めでは実際に私の血なども必要でしたが、今では髪の毛だけあれば十分つくれますから」

 痛みはありません。そう言って慰めようとしてくれる彼女の顔を、彼が食い入るように凝視した。

 (痛いとか痛くないとか……そういう問題じゃないだろう?!)

 「なんで……!」

 口にしかけた科白を、彼女の心情を瞬時に察知した旺諒が、とちゅうで止める。

 黙りこくってしまった彼に向って、月華が静かに、諭すように語りかけた。

「良いのです、旺諒」

天界とは違い人界に近い龍界は、つねに穢れの侵食に(さら)されている。

そのうえ、強固な結界がなければすべてが水没してしまう世界だ。

 神獣である龍は、何よりも穢れに弱い。

 今は白銀龍である月華の盤石(ばんじゃく)な結界に守られてはいるが、彼女は最後の生き残りだ。彼女が他界してしまえば、結界を張る能力がない者は弱い者から順に衰弱していくのだから、結界石はたしかに必要な物なのだろう。

 彼女はべつに、無理に平気な顔をしているわけではないということを、旺諒は否応なしに理解してしまった。

 これが将来世に残される最良の選択だと知っているからこそ、彼女はすべてを承知のうえでこの実験に協力しているのだと。

 だが、たとえそうだとしても――――。

 (なんでいつも月華ばかりが、こんな目に遭わなくちゃならないんだ!)

 旺諒は心の中で慟哭(どうこく)していた。

 月華の死後、遺体は最後のひとかけらがなくなるまで、結界石のために使われてしまうのだと、彼女は淡々と説明する。

 彼女の輝く銀色の(うろこ)一片たりとも、この世に(のこ)されることは決してないのだと。

 もともと儚げな容色の月華だが、その彼女は存在自体がまるで束の間の美しい幻のようであると、今さらながらに彼は思った。

 あまりの事実に愕然としている旺諒の気持ちが、伝わったのだろうか。

 月華が彼に向って、無理に笑顔をつくって見せようとした。

 頬が珍妙にひくついて、せっかくの()(がん)が逆に台なしになっている。

彼のために不器用な微笑みをうかべつづける彼女の厚意に応えようと、かろうじて笑顔を返して見せた旺諒の頬が、いつのまにか濡れていた。

 泣き顔を彼女に見られた恥ずかしさも忘れて、彼が言った。

 「……月華殿。その笑顔、変です」

 「…………」

 ぐいと涙を袖で(ぬぐ)うと、彼が泣き笑いのような表情でつづける。

 「きっとまだ訓練がたりないんですよね。俺はもうすぐ龍界に戻らないとならないけど、またちょくちょく遊びに来て、ダジャレで月華殿の表情筋をきたえて差し上げますから」

 「ん……」

 言葉少なにこくりと頷く、そのしぐさまでもがたまらなく愛おしくて。

胸が、どうしようもなくかき乱される。

 「でも、月華殿の顔の筋肉は長年のあいだに凝り固まってしまっていて、ちょっとやそっとじゃ(ほぐ)せはしないから、これからずっと一生俺が笑わせつづけていかないといけませんね」

 「え……?」

 この天界で、このまま彼女に幽霊さながらの人生を送らせる気など、これっぽっちもなかった。

 天界と龍界との取り決めに、王太子ですらない者が口をはさむことは、もちろん許されない。

けれども旺諒は、とうの昔に心に決めていたのだ。

 自分は彼女に、幸せな笑顔をとり戻すのだと。

 彼女の幸せをおびやかす巨大な装置に対して、胸中で挑みながらも、彼が口をひらく。

 「以前貴女に、白龍の俺ならいくら可愛がっても大丈夫だって言いましたよね。でも俺、自分が可愛がられるだけじゃなくて、月華殿も俺がそれ以上に可愛がって差し上げるって決めたんです」

 「旺諒……?」

 表情にとぼしい月華が、かすかに驚きの色をうかべた。

 とまどう彼女の、銀灰色の瞳が揺れている。

「ですから俺はこの(さき)一生、貴女を思うぞんぶん甘やかして差し上げるつもりなので、せいぜい覚悟しておいてくださいね!」

 春の陽光のような暖かな笑顔で、旺諒が高らかに宣言した。

 自分の科白(セリフ)求婚(プロポーズ)そのものであることに、じつはまったく気づいていない旺諒の双眸を見つめながら、震える声で月華が問いかける。

 「では旺諒は、これからもずっと私と……?」

 首肯する代わりに、おどけた様子で彼がダジャレを言った。

 「『旺諒が答えた。おうりょ(おうよ)!』」

 あれっ、ちょっとムリヤリだったかな。まあいいか、ははは。

 旺諒が、自分の失敗を盛大に笑ってごまかそうと試みる。

そんな彼の目の前で、ふいに。



――――――奇跡が起きた。



 「ふっ……」

 「え?」

 月華が突然、声をあげて嬉しそうに笑いだしたのだ。

 「ふふふ……」

 彼女が、このうえなく幸せそうな顔で、彼を見つめながら笑いかけている――――!

 (月華…………?!)

 突然のできごとに旺諒は、時の流れが止まったかのような錯覚をおぼえた。

 それはまるで幻の千年花が、千代(ちよ)の時を経てようやく蕾をほころばせ、宝玉にもまさる花冠を満開にした瞬間のような。

 『冴えわたる月光の如き』鮮麗さと称賛された彼女の人形の微笑とはかけ離れた、かぎりない温かさと幸福に満ちた。

 旺諒がその生涯決して忘れることのなかった、たとえようもないほどに美しい、至上の笑顔で――――。

 しばし呼吸すら忘れたまま、夢見るような気持ちで月華の笑顔を眺めていた旺諒は。

 この時彼女の微笑みに、二度目の恋に落ちていた。

それが今度こそは永遠につづく、回復不可能な恋の病であると、心の片隅で確かに予感しながら。




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