旺諒2号
これまで足を踏み入れたことがなかった異様に広い部屋を、旺諒がぐるりと見まわす。
見たこともない、巨大な水槽が付いた装置が部屋の中心にあり、その横には龍の姿をした月華の、精巧な等身大の複製が置かれている。
(何だろう、これ)
本物そっくりの複製に手をのばしかけた時、彼女の声がした。
「旺諒」
声にふり向くと、月華が衝立てに囲まれた作業場らしき一角から、洒落た縹色の袍をまとった男と一緒に姿をあらわした。
彼の顔を認識した旺諒の目が、急に大きく見開かれる。
男が月華のとなりから、旺諒そっくりの声と笑顔で挨拶した。
「ごきげんよう」
(なんだ、これ?!)
旺諒が、返事も返さないまま、引きつった顔で後退りする。
(声どころか顔も姿も服装も――――何もかもが俺そっくりじゃないかっっっ!)
絶句している彼に向って、月華が男を紹介した。
「旺諒二号です」
「げっ、月華殿、なんでまたこんな物を?!」
「……? 人形でもつくって飼うようにと、旺諒が私に言ったのでは」
(確かにそう言ったは言ったが……)
――――まさか自分の人形をつくられることになるとは、思ってもみなかった。
「だから毎日ずっと、俺の会話の手本を録音していたんですね……?」
ではもしや、御龍神山に彼女があの神具を持参していたのも、単なる偶然ではなかったのか。
「……旺諒はもうすぐ帰ってしまうから」
本当はもっとたくさん、声の見本が欲しかった。どこか寂しそうな声音で彼女がそうつぶやく。
(この三月ものあいだ、彼女が寸暇を惜しんで一心につくっていたのは、これだったのか)
心底呆れながらも、胸にこみあげて来る感情がとまらない。
愛しさに旺諒が、思わず彼女の額にこつんと軽く自分の額をぶつけると。
彼女の瞳を見つめながら宣言した。
「こんな物つくらなくたって、本物がまだ生きているじゃないですか! 天界での下働きが終わっても、俺は可能なかぎり月華殿に会いに来るつもりですから」
「ん……」
「それにしても、せっかく三月も月華殿と一緒にいられたのに、この人形をつくるためにロクに話すら出来なかっただなんて……あまりのことに泣けてきます」
そう泣きまねしてみせた彼が顔を上げて笑いかけると。
ふいに月華が微かに口角を上げて、嬉しそうに笑顔を返してきた。
(え……?)
不意打ちだった彼女の美しい微笑みに、思わず全身の動きが止まった。
あの無表情な月華が、確かに今、彼に向って微笑みかけている――――――。
しばし呆けた顔で見惚れてしまった旺諒が、心のなかで苦笑した。
(ああ。もう、完敗だよな――――!)
思えば、優秀な王太子・旺劉と常に比較されてきた、負けつづきの人生だった。
誰かに負けることなど、とっくの昔から慣れている。
けれども、手も足も出ずに打ち負かされたというのに、こんなにも幸せでいられるのは、生れて初めてだった。
視界に入った旺諒人形が、心なしか妬いているようにも感じられたが、見て見ぬふりをした。
――――あの人形はやっぱり、月華に頼んで処分してもらおう。
ひそかにそう心に決めた彼が、視線を部屋の中央付近から戻そうとした時。
ふと、白銀龍姿の月華の複製が目にとまった。




