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立ち入り禁止の作業室

 「お早うございます、月華殿!」

 趣味の良い紺藍の袍を着た旺諒が、いつものように、(あずまや)の作業室へと入っていく。

 「朝食はまだですよね。一緒に食べませんか?」

 「ん……」

 「今朝は月麗宮から、先日ご注文なさった神具の材料が届いていますから、あとでご確認ください」

 「ん……」

 「じゃあ朝食前に、今朝こそは洗顔をお願いします」

 「………………」

 今日も世話焼きばあやさながらの旺諒に、神具を作成中だったおっさん服姿の月華が、(うわ)(そら)のまま黙々としたがう。

 ここ三月近くつづいている、いつもの光景だ。

 玉皇から言いわたされた『罰』は、なんと「今後三月のあいだ、月華の助手として働くこと」だった。

 「それでは罰にならない」と(いきどお)る重臣たちの非難の嵐を、みごとに押し切った月華の手腕には舌をまいたが、陰で彼らに「たいした鉄面皮だ」と皮肉られているのを耳にしてしまうと、旺諒にはどうしてもこの状況を、玉皇のように笑い飛ばしてしまうことが出来ないでいた。

 彼女がそんな『罰』を、批判を覚悟でむりやり押し通したのは、他でもない彼自身を守るためだったに違いないのだから。

 月華は決して、自分のために必死に何かを望むことはない。

 これまで彼女が無茶をしたのはいつも、旺諒が絡んだ時だ。

 今ではそれがわかっているだけに、よけいに彼女に対して愛しさがつのる。

 けれども、彼の命を救うために夜伯と婚姻までしかけた彼女が、だからといって旺諒を愛しているかと問われれば……これに関してだけは、女性の扱いにはそれなりに自負がある彼にも、まったくの謎だった。

 (もうすぐ月華ともお別れか…………)

 楽しい毎日だったが、いっこうに進展させられなかった二人の関係を思うと、旺諒は情けなくて涙が出そうになる。

 少なくとも月華は、彼に心から気を許してくれてはいるらしい。

 今では「旺諒」と敬称なしで呼ばれ、時には「疲れた」と言って寄りかかってきたかと思えば、そのまま彼の背中で眠りこけていたりするくらいなのだから。

 昨日など彼女は、彼の膝枕で気持ちよさそうに昼寝をしていた。

 嫌いな男にならばもちろん、こんな風には振る舞わないだろう。

 とはいえ……。

 (なんだかもう、男というよりもはや、保護者としてみなされているような……?)

 先日など、勇気をふりしぼって求愛した彼女から「大丈夫ですか? お父様」とけげんな顔で返された悪夢を見てしまい、しばらくのあいだ立ち直れなかった。

 (本当は、俺の方がずっと年下なに…………!)

 顔を洗いおわった月華が、白い貝殻の形をした物体を手に、食卓へとやってきた。

 以前夜伯との会話を録音した、あの神具だ。

 「あれ、また今日も俺の声を録音するんですか?」

 「ん……」

 「いいかげん、何を作っているのか教えてくださいよ~。もうずっと毎日俺の声を録音しているじゃないですか」

 「……もう少しで完成するから……」

 「完成するって、何がですか?」

 「秘密。それより旺諒、ダジャレを録音したい」

 「またですか? じゃあ、『牛が笑った、うっしっし』」

 月華の口の端が、ぴくりと動く。

 「あっ、月華殿、今ちょっと笑いましたね! そうだ、今日こそは月華殿もまたダジャレをつくってください!」

 「…………」

 しばらく無言で通した月華だったが、彼女の返事を期待のまなざしで待ちつづける彼に、とうとう降参して応答する。

 「……では、『石が笑った、いっしっし』」

 「あーっ、ずるいですよ月華殿! それじゃあ俺のまねっこじゃないですか!」

 ちゃんと自分の頭で考えてつくってくださいね、やり直しです。厳しくそう返した旺諒に、彼女はしばし考えた後、ふたたび口を開いた。

 「『現金は元気? ん』」

 「…………月華殿、もしかするとお金が好きなんですか?」

 前のオリジナルのダジャレも、お金がらみの物だった。

 月華がこくりと頷いてつぶやく。

 「一度も使ったことがないので……」

 (一度も?!)

旺諒の目が、丸くなった。

 「そうか、月華殿の欲しい物は、なんでも月麗宮で手配してくれるから、お金を使う必要がないんでしたね……じゃあ今度また、俺と一緒に人界へ行きましょうよ!」

 月華の瞳がほんのりと、嬉しそうに輝きを増す。

 「そのかわり、月華殿がつくっている秘密の神具を見せてください」

 「……ずるい、旺諒」

 「いいじゃないですか、ちょっとくらい」

 朝食が終わった後。彼女がしぶしぶ彼を、『立ち入り禁止』の札が掛けられている方の作業室へと招きいれた。


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