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月華の爆弾

 「夜伯……?!」

玉座の上で、天界の主が息を飲む。

 夜伯が今や煮え(たぎ)る殺気を隠そうともせずに、月華に向って唸っていた。

 「あと少し……あと少しだったのに、きさまのせいで…………!」

 憎々しげに顔を歪めた夜伯の手に力がこもり、月華の細い首が締めあげられる。

 彼女の(おもて)から血色が消え、花顔がみるまに青ざめていった。

 「月華!」

  駆け寄ろうとした旺諒と、玉座から腰を浮かせた玉皇が、同時に叫んだ。

 「動くな! 動けばこのまま殺す!」

 静止した旺諒が歯噛みをして、夜伯をにらみつける。

 夜伯が月華の首をつかんだまま、衆目のなか、彼女を引きずるようにして宴の間の出口へと向かって歩きはじめた。

 手も足も出せないでいる旺諒の傍らを、二人が通りすぎていく。

 人々が引き潮の如くに彼らのゆく手に道をあけ、周囲から悲鳴が上がった。

 衛士たちが数拍遅れで追いかけてはいるが、月華の命を盾に脅されているのでは、夜伯が逃げ(おお)せるのも時間の問題だ。

そうなってしまえば、最悪の場合彼女は殺されるだろうし、よくても一生人質のままにちがいない――――。

 (くそっ、何とかならないのか?!)

 月華とて龍ではあるが、何といっても夜伯は強い。

 いったん連れ去られてしまったら、下手をすればこの先一生、彼女には会えなくなってしまうだろう。

 そうなれば、ふたたび彼女の美しい微笑みを目にする機会は、永遠に訪れることはない。

 (――――そんなのは、絶対に嫌だ!)

 彼は、彼女に幸せな笑顔を取り戻すと心に誓ったのだ。

 ――――今ここで、何とかしなければ。

 焦燥に駆られて、胸もとできつく拳を握りしめた旺諒の腕に、ふと懐に入っている何かが触れた。

 機会があったら月華に返そうと思い、壊さないように大事に持ち歩いていたそれに気づくと、弾かれたように彼が夜伯にふり返る。

 意を決した旺諒はそれをつかむと、猛烈な勢いで二人を追いかけ始めた。

「どいて下さい!」

 遠巻きに見守る人混みを大声で蹴散らしながら。宴の間の出口に近づきつつある彼らにたちまち迫ると、旺諒がすぐ後ろからわざと大声で怒鳴りつけた。

 「夜伯!」

 己の名を大声で呼ばれ、反射的に夜伯がふり返った時。

彼の足もとに向って旺諒が、どぎつい桃色の塗装が施された玉のようなそれを、力まかせに投げつけた。

 夜伯のすぐ近くで玉が炸裂したのを見届けるや否や、旺諒は急いで(きびす)を返すと、なぜか月華を残したまま、一目散に宴の間の奥へと向かって逃げ出した。

 濃い桃色の煙が、夜伯と月華をみるまに覆い隠していく。

まもなく鼻と口もとを衣装の端で覆った夜伯が、月華をつれて煙の中からあらわれたが、すでにかなり煙を吸ってしまったことは間違いないだろう。

 旺諒が彼だけにではなく、月華にもこの煙を吸わせたことが理解できなかった夜伯は、戸惑いのせいでわずかに防衛が遅れたからだ。

 煙が漂っていたのは束の間のことで、すぐに視界はもとに戻った。

けれども心なしか彼の歩みは鈍りはじめ、彼がどこか疲れたような表情で舌打ちをする。

 それでもなお月華の首を離さずに、急いで出口へと歩を進めていた夜伯の足が、ふいに止まった。

 彼が、異様に血走った、驚愕のまなざしで月華を凝視している。

 あの爆弾は彼女の発明物だということにでも、ようやく気づいたのだろうか。

 旺諒が走り去った方向を、憎悪もあらわに睨んだ彼が、体を震わせながら(うめ)いた。

 「私にいったい……何をした……?!」

 いつのまにか彼の顔は赤く染まり、吐く息も妙に荒くなっている。

 「うっ…………あ…………!」

 夜伯が苦しそうに身悶(みもだ)え体を折ると、月華の首をつかんでいた彼の手が、するりと外れた。

 その隙に、離れた所で待機していた衛士たちが、すばやく彼女を救出する。

 「やった! 月華殿!」

 離れて見守っていた旺諒が、彼女に向って駆けだした。

周囲からも歓声が上がるが、一方で夜伯を捕らえようと向っていった兵士たちは、相手にすらならずに次々と彼になぎ倒されていた。

「やめろ……これ以上私に近づくな……!」

息も絶え絶えに出口に向って逃げる夜伯に、若い衛士の一人が勢いよく躍りかかった。

「私に……近づくなと言ったのに!」

今や肩で息をしている夜伯が、そう吐き出すなり衛士を床へと投げ倒した。

 「ぐあっ……!」

 痛みでしばし身動きがとれなくなった彼の上に、夜伯が馬乗りになる。

 死すら覚悟した勇猛な兵士たちがこれを見て、仲間を救うべく果敢に夜伯に向っていった。

けれども、彼らの勇気はこの後すぐに、羽毛のように軽く吹き飛ばされることになる――――。

まもなく衛士たちは次々に悲鳴を上げると、引き裂かれた純白の兵服を大事そうに押さえながら、慄然(りつぜん)とした形相で冥王からあとずさりはじめた。

「うわあああああ、やめろおおおおおおお!」

 とり残された衛士だけが、死よりも恐ろしい運命に抗い絶叫しながら、涙をうかべて助けを求めている。

 月華の救出を見とどけて安堵の息を漏らしていた玉皇が、あまりの光景に扇で己の視界をさえぎった。

やがて旺諒が銀色の友人を連れて戻ってくると、天界の主が苦々しい顔で彼につぶやく。

 「……妾のせっかくの宴を、二度も台無しにしてくれるとはの」

 「すみません。非常時でしたので」

 「この貸しは高くつくぞえ。まったく、他の使者たちに被害がなかったのが、不幸中の幸いじゃ。それにしても……」

 (気の毒にの……)

 誰もが同じことを思い、犠牲になった衛士に向って、胸の中で合掌した。

 旺諒が夜伯に投げつけた、あの桃色の玉の正体は。

 月華が強度を百倍に上げて試作し、旺諒が「絶対に嫌です」と実験台になるのを固辞しつづけていた、改良型の『(りゅう)(よう)爆弾(ばくだん)』だった。



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