夜伯の記憶2
(完全な『天界の記憶持ち』だって……?!)
旺諒がひときわ騒然となった宴の間で、夜伯を凝視する。
『記憶持ち』とは、死後にふたたび生を受ける時に、前世の記憶を引きついだまま転生してしまう者のことだ。
転生のさいには、白紙の記憶で生まれ変わることが絶対条件だ。
たまに前世の記憶の欠片を持ったまま転生してしまう者もいるが、記憶がわずかである場合には、そのまま様子を見守る程度ですまされる。
だがごくまれに、前世の記憶がまったく消されずに転生してしまうという事件も起きる。
そのような転生が起こったさいには、発見されしだい速やかに誕生のやり直しをさせるのが天界の基本方針だが、それでも害が少ないと判断された場合には、今生への配慮から黙認されることも多い。
ところが、そのような温情が許されない唯一の例外がある。
それが、完全な『天界の記憶持ち』だ。
天界にはすべての存在の統治者として、各界を公正に扱うことが求められている。ところが、完全な『天界の記憶持ち』は、各界との癒着や諍を引き起こす原因となりやすい。
そのうえ、天界における神具や玉璽などの保管場所、さらにはその他の機密情報までもが外にもれる可能性があるため、『天界の記憶持ち』に関しては、見つかりしだい例外なく再転生が強制される。
そしてそれは冥界の王たりとも、逃れることの出来ない絶対の規則なのである。
つまり、もしも夜伯が完全な記憶持ちだと証明されれば、彼は冥王として君臨して権力をふるうどころか、もう一度はじめからその生をやり直さなければならないのだ。
ことの重大さに、玉皇が慎重に質問の言葉を選ぶ。
「……何故、彼が『天界の記憶持ち』だと思うのじゃ」
「昔飼っていた羽根ウサギ……飛翔が、生前に夜伯殿が訪ねてきた時にそう疑っていました。巧妙に隠してはいるけれども、おそらくはと。ご存知の通り羽根ウサギは、『記憶持ち』に関する診断に使役されている、感応能力がきわめて高い神獣です。先日殺された羽根ウサギは昔、飛翔が顔を隠した『何者か』に襲われて殺されかけた時に、それを近くで目撃していたのですが、やはり犯人は『天界の記憶持ち』の男だったと当時証言していました」
(じゃあ、もしかして月華が飼っていた飛翔に大怪我を負わせたというのも……!)
じつは、夜伯だったのではないだろうか。
だが、またしても証拠がない。
旺諒はもどかしさに拳を握りしめる。
それにしても、あの無惨な死体の主が月華の知り合いだったとは。
ならば亡骸を目のあたりにした当時の彼女は、おそらく彼が思っていた以上に動揺していたのだろう。
――――今さらながら、自分の鈍さ加減に腹がたつ。
「このたび、その羽根ウサギの死体が私に届けられた時、初めは単なる嫌がらせかと思いました。けれども今では私は、犯人は最近おそらくは偶然にその羽根ウサギに遭遇し、自分が昔飛翔を襲った犯人であると気づかれたと同時に、『天界の記憶持ち』であることを見抜かれたと知ったために彼を殺したのではと思っています。つまり殺害の真の目的は、今度こそ顔を見られた犯人が、周囲に『天界の記憶持ち』である事実を隠し通すことであり、それをごまかすために、私への嫌がらせに見せかけようとしていたのではないかと」
そして月華が、夜伯は神鐘の使い方も、天宮の者しか知らないはずの人界への抜け道も知っていたとつけ足すと、玉皇の表情はさらにけわしくなった。
「夜伯、そなたは真に『天界の記憶持ち』なのかえ?」
「いいえ。根も葉もない言いがかりです」
「そうか。だが念のために調べさせてはもらうが、よいな」
「…………ご自由に」
玉皇が宴の間の要所に配備されていた、華やかな白の兵服を身に着けた衛士たちに合図をすると、彼らが夜伯に向ってまっすぐに歩いてきた。
それを目にした夜伯が、まるで愛する未来の王妃に今いちど寄り添おうとするかのごとくに、ゆっくりと月華の傍へと進みでる。
「まったく、貴女もお人が悪い。婚約者である私に、羽根ウサギの殺害どころか、天界の記憶持ちなどという疑惑までお持ちだったとは」
もっと早く打ち明けてくださっていれば、誤解を解くことが出来ましたのに、残念です。そう苦笑いした彼が、いかにも愛おしげに彼女の肩を抱きよせた後。
突然、彼が月華の喉元を片手でわしづかみにすると、間近にせまる衛士たちに向って叫んだ。
「止まれ! それ以上近づけば、この女の命はない!」




