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天界の宴

百華国の番外編で、史明のパパとママの恋愛物語です。独立したストーリーなので、百華国を読まずに単独でもお楽しみ頂けます。

(ようやく今日、あのかたのお姿を拝見できる!)

別名『水晶の宮』とも呼ばれる、曇りなき玻璃でつくられた天界の宮城で。

龍界の華麗なる第二王子・旺諒(おうりょう)は、まるで初恋にときめく少年のように、心を躍らせていた。

(ぎょく)(こう)大帝(たいてい)の六百年ぶりの『還暦』を寿(ことほ)ぐために、ここ『(うたげ)の間』につどった各界の使者たち。彼らの色とりどりの衣装が、この日はきらめく宮城を、ひときわ華やかに彩っている。

天宮では皆、本来の姿ではなく人形(ひとがた)をとるのが慣例だ。(はく)(りゅう)である旺諒もまた、長身の青年姿で彼らと親交を深めていた。

少しくせのある黒髪に、白皙の整った容貌。純白に金糸の龍紋をほどこした美々しい袍が似合う旺諒は、彼自身がまるで天宮の装飾のようでもあったが、当人は周囲からの熱い視線など、まるで案山子(かかし)のラブコールぐらいにしか感じてはいないらしい。

今の彼にとって最大の関心は、同じ龍でありながら天界に住み、俗世からは隔絶された憧れの佳人を、ひと目見ることなのだから。

紅水晶や翡翠などでできた眩い宝玉の花々。月光を織りこんだ()()をひるがえす舞姫たち。虹と甘露の美しいデザート。

感覚をこのうえなく楽しませてくれる天界のもてなしに、すべての賓客たちが夢心地となっている最中。

旺諒はそれらに目もくれないまま、緞帳(どんちょう)で閉ざされた部屋の一角(いっかく)に向って、ひたすら期待のまなざしを注いでいた。

「みなの者。(わらわ)のために遠路はるばるご苦労であった。宴は一月ほどつづくゆえ、ぞんぶんに楽しんでゆくがよい」

玉皇大帝が、彼女の『?度目の還暦祝い』につどった使者たちを労うために、玉座の周囲を覆う天の川のように輝く緞帳をあけさせて、その(りゅう)(がん)をあらわにした。

玉皇は一見、二十代後半ぐらいにしか見えない、真紅の薔薇(そうび)を連想させる麗人だ。

(てん)(けん)と呼ばれる輝く絹で織られ、(ずい)(じゅう)の刺繍が散りばめられた紫の袍に、真珠をあしらった鈿子(でんす)

それらに負けぬみごとな黒髪を結い上げた、(あで)やかな彼女が姿をあらわすと、たちまち宴の間が華やぎを増す。

だが今回にかぎっては、旺諒もふくめた使者たちのお目あては他にあった。

緞帳がさらに大きくひらかれると、彼らの視線がいっせいに、玉皇大帝の横にひかえている、銀色の傾城に釘づけになる。

玉皇の装いとは対照的な、純白に水晶をちりばめたシンプルな袍を身にまとう、これまでほとんど公式の場に姿をあらわすことがなかったその女性の名は、(げっ)()

その本性は龍でありながら、唯一天界に()ることを許された、最も貴い龍として尊崇される白銀(はくぎん)(りゅう)の、最後の生きのこりである。

すべての物を浄化し癒すという、白銀龍の化身――――伝説にも等しいその麗姿に見惚(みと)れた旺諒が、しばし馬鹿みたいにポカンと口をあけたまま、心のなかでつぶやいた。

(噂には聞いていたが……まさかこれほどの美女だったとは!)

兄である王太子の(おう)(りゅう)にむりやり龍界の使者を代わってもらって、この宴に参加した甲斐があったというものだ。

月光を紡いだような長い銀の髪と、芙蓉の花弁のごとくに(すべ)らかな雪肌。長いまつ毛に(ふち)どられた印象的な銀灰色の双眸……。

白銀龍である彼女が人形をとった時の、まさに『月華』の名にふさわしいその容色に、居並ぶ使者たちが息をのむ。

賓客達に向って彼女が微笑をうかべると、周囲のそこここから悩ましげなため息が聞こえてきた。

(あの微笑みの美しさといったら……!)

まるで冴えわたる月光のようだと、使者たちが口々にささやきあう。

玉皇は、挨拶がすむとすぐに緞帳を閉めさせてしまったので、実際に月華の麗姿を()のあたりにしたのは、ほんのわずかの間だった。

それなのに、彼女の(はかな)げな銀細工のごとき(かんばせ)を思いだすだけで、なぜだか胸が高鳴り呼吸が苦しくなる。

(せめてもうひと目、あのかたの花顔を近くで見られたら……!)

(ハン)男子(サム)で遊び人、そしてちょっぴりおバカでお調子者として知られる白龍の王子様は、早くも重篤(じゅうとく)な恋の病に罹っていた。




   *******




(いない……月華がどこにも姿をあらわさない!)

彼女にひと目惚れしてから、はや数日。

ふたたび月華に会えることだけを楽しみに、毎日宴の間に入り浸っていた旺諒であったが、お目あての佳麗はいつまでたってもやってはこなかった。

(はや)る気持ちがとうとう抑えきれなくなり、衝動的に月華の住まいである月麗宮を訪れた彼だったが――――。

白亜の美しい宮殿で、さっそく大きな肩すかしをくらった。

「月華様はただいま、実験棟として使っていらっしゃる離れの(あずまや)におられます」

若緑の襦裙(じゅくん)をまとった、楚々とした若い女官が、丁寧にそう彼に告げる。

「離れの? ああ、あの隅にある亭か。では、そちらにうかがうとするよ。ありがとう」

実は訪問の約束をしていない旺諒は、深く追求されないうちにと笑顔でごまかし、そそくさと立ち去ろうとした。

けれども、彼の思惑などバレバレだったのだろうか。

彼女が何やら謎めいた笑みを返すと、一言つけたした。

「どうぞ道に迷われませんよう、お気をつけくださいませ」

(道に迷う、だって? 亭はここから目と鼻の先じゃないか)

悪意はなさそうだが、いったいどういう意味なのだろう。

ほんの少しだけ、いやな予感が胸をよぎる。

それでも心を躍らせながら、スキップしたくなる気持ちをおさえて、まっすぐに亭に歩いて向った旺諒だったが……。

それから、半時ほどがたった後。

(……たどり着けない……! こんな目と鼻の先にあるのに、いつまでたっても亭に着かない!)

あいかわらず亭は、すぐそこに佇んでいる。

だが、向う角度を変えようが、走って近づこうとしようが、後ろ向きに歩いてみようが、ちっとも距離は縮まない。

それどころか、気がつけば彼は、見たこともない景色のなかに放りこまれていた。

いつのまにか周囲には霧がたちこめ、おどろおどろしい怪獣でも住んでいそうな雰囲気の、巨大な謎の湖まで出現している。

(ダメだ、このままでは本当に遭難してしまう!)

もしやこれらはみな、月華が見せる幻影なのだろうか。

そういえば、と今さらながらに彼は思いだした。

月華はただ見目麗しいだけの龍ではなく、天界に不可侵の結界を張り神具をも創造する、(たぐい)なき天才でもあったのだと。

「……俺があの亭に近づけないということは、もしかして彼女から歓迎されてないっていうことなのだろうか?」

思わずひとりごとを口にすると、ふいに湖上の霧のなかに、巨大な赤い文字がもわりと浮かびあがってきた。

『正解』

(……なんだ、これ?!)

まさか。いや、やはり。先ほどからのこれは彼女のしわざなのか?!

(なんだかずいぶんイメージと違う気がするんだが……?)

だが旺諒は、そこであっさり諦めてしまうほど、賢くはなかった。

霧のなかの文字に向って、彼が挑むように大声で叫ぶ。

「突然の訪問で怒ってるのか?! でも明日もまた来るからな! 今度はちゃんと予告したぞ!」

この時。言うだけ言って、さっさと踵を返して戻りはじめた彼の目には、次に浮かんできた『来るな』の文字は、映ってなどいなかった。



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