こんなときこそ Lv3
フェイランの手にした提灯から放たれる赤色の光が暗い街の中で俺たちの顔を浮かび上がらせている。ゆらゆらと揺れる明かりに照らされながら犬の獣人は不敵に笑みを漏らす。
「随分と硬いじゃないか。互いに刃を交えた仲だろう」
「こんな時間まで俺たちを待ってたなんて、もしかして暇なんですか?」
「ほざけ。夜間の見回りも立派な職務だ」
ここまで来てまた邪魔される訳にはいかない。揉め事は勘弁願いたいが、場合によっては止む終えないか。
言葉を交わしながらも警戒を解かない俺たちに、続けて言葉を放る。
「ところで、『秘宝』は手に入れたのか?」
やはりまだ諦めていないのか。
「ええ。これから仲間を助けに行くところです」
「落ち着け、早まるな」
腰の得物に手を置いたのを見てフェイランが咎める。
いい加減に敬語は止せ、とため息を吐いてから台詞を次ぐ。
「こちらとしても、街の中でわざわざ騒ぎを起こすつもりはない」
「あなたに取って俺たちはこの国の敵、だったんじゃないんですか?」
「確かにな。俺も、そう思っていたよ」
小さく息を吐き出しながら笑みを零した。語られる言葉が夜の静寂の中に混ざっていく。
「お前と刀を打ち合ってその考えも少し変わった。その剣に込められた想いと覚悟の強さは伝わってきた。己の甘さも思い知った」
「……甘さ?」
「ひたすらに己の『正義』の正しさを信じていた。それに背く相手の『信念』など取るに足らないと侮っていた。剣を取らせた上で完膚なきまでに叩き折ってやろうと高を括っていたんだ」
それを甘さと言うのであれば、俺だって同じだ。これまで俺は、立ちふさがる相手を『悪』だと断じていた。相手にもそこに至るまでの経緯や、そうして戦う覚悟、負けた後に歩む道がある。向こうだって自分と同じであると言うことに目を瞑って、その相手と真の意味で向き合うこともせずに自分の都合で他者の想いを挫いてきた。
そのことに気付かせてくれた男は言葉を続ける。
「だが、お前は……お前らは折れなかった」
そう述べて、俺とカエデを順に見やる。その瞳には彼の言葉通り敵意は感じられなかった。
相手の意を汲み取って、肩の力を抜くことにする。
「本当に真っ直ぐな、強い想いだ。殿がお前を信用した理由がわかった気がするよ」
「だから信じるって?」
「俺は言葉よりも刀を信じることにしてるんだ。そして、自分の感覚を何より信じてるんだ」
あまりにも自信満々な言い様に思わず吹き出した俺に、相手も声を出して笑った。
「それに、『秘宝』を手に入れたと言うことはあの山の神さえ認めさせたという事。もはや信じるしか無いだろう」
冗談めかして言った後に、ただし、と真顔に戻って、
「お前と俺の信念が再び相反すると判断したときには……次は必ず勝つ」
文言の最後でニヤリと歯を見せる。
「そんときゃ、俺だって負けてやるつもりは無いぜ?」
「当然だ。互いに全力でぶつかり合うからこそ意味がある。それで分かり合えることもある」
「敵でもか?」
「確かにお前は敵だった。だが正面から信念を交えて、敵になった」
「敵、ね」
俺にだって、友達くらいはいた。けれど、こんな風に本音をぶつけ合って、互いに認め合えたと思える相手は初めてだ。
今日会ったばかりの、ましてやさっきまでいがみ合っていた相手を『友』なんて言えるかは分からないが。
『敵』と言うのならば悪くないかもしれない。
「ちょっとカッコつけ過ぎだけどな」
茶化すように苦笑いを返した俺に、フェイランは顔を少し背けて「うるさい」とぶっきらぼうに返した。
「けど、全力でぶつかったって言うならカエデもだろ?」
「え。私……?」
俺一人じゃ勝てなかった。俺が本気を出し切ることが出来たのは、後ろに彼女がいてくれたからだ。完ぺきなフォローをしてくれると信じられたからだ。
急な指名で戸惑った様子の彼女の言葉をフェイランが肯定する。
「もちろん、わかっているさ。お前らの間にある信頼は並大抵のものじゃない。尊敬に値する程にな」
「そんな、大げさ……です」
俯いた彼女の表情は暗くて見えないが、きっと頬を赤く染めているに違いない。
「大袈裟なんかじゃないさ。カエデの中にも強い信念がある。だから、俺達は一緒に戦える。信じ合えるんだよ」
「あ、ありがとう……ソウタ」
それに、とカエデは正面へ視線を向けた。
「フェイランさんも、ありがとう…ございました」
「俺はお前の敵だぞ?」
「敵……なんでしょう?」
言葉を返して、少し恥ずかしそうにはにかむ。
「確かに……あなたは私達の、進む先に立ちふさがった。けど、そのおかげで……自分たちの歩く道を、見つめ直すことが出来ました」
「……そうか」
小さく鼻を鳴らして呟いた彼の、揺らめく炎に照らされた口元は笑みを浮かべているように見えた。
*
フェイランと別れた後、俺達はコトリを預けている医師の居城へと向かった。こんな時間まで俺たちのことを待ってくれていたらしく、まだ明かりの灯っているのが木製の戸の隙間から漏れ見える。
戸を叩くと、家主が中から顔を覗かせる。彼は俺達の顔を確認すると僅かに頬を緩ませた。
「やっと帰ってきたね。少し心配していたところだよ」
「遅くなってしまって、すみません」
「今はそんな事は良い。とにかく中へ」
ジージャン先生に招かれるままに、武装を解除して靴を脱ぐ。そして、行燈の明かりで薄ぼんやりと満たされた室内に上がった。
「コトリの容態は?」
「うん、今朝と変わりないよ。良くも悪くもね」
彼女の目を覚まさせる鍵は、俺達が手に入れてきた。悪化していないならそれで構わない。
布団に横たわるコトリの枕元で膝を折り、ロウソクの明かりに照らされた眠り姫の顔を覗き込む。静かに寝息を立てる彼女からは、寝相の悪さなど欠片も感じ取れない。
「待ってろ、すぐに元気にしてやるからな」
前髪をかきあげて、少女の大人しい表情を確認する。
「……コトリ」
隣に腰を下ろしたカエデも心配そうにその面持ちを眺める。
「大丈夫」
大丈夫なはずだ。横に座る少女と自分に言い聞かせながら、件の石ころを取り出す。
「それが、『秘宝』?」
「そうです」
「使い方は、分かってるのかい?」
その質問には黙って苦笑いを返す。
俺自身、本当にコトリを助けることが出来るのか自信がない。この『秘宝』の能力は身を以て知っている。霊山に脚を踏み入れた時、核の動きを止められて死ぬかと思った。彼女の場合、停止するのは魔力粒子。体内を巡る循環粒子の動きが止まればどうなるかは考えるまでもなく明らかだ。
心臓を圧迫する不安感を表すように、石を握る手の力が無意識に強くなる。その手に、カエデの指が触れた。
「そうた」
顔を上げた先で目に入った彼女の顔には微笑みが浮かんでいる。
「大丈夫だよ、ソウタ」
「カエデ……」
「ほら…ソウタ」
俺の手を包み込んでいた両手を移動させて、頬に触れると口角を引き上げるように指を動かす。
「笑って」
「え……?」
突然の言葉に、思わず声が漏れる。
「ソウタも、コトリも……いつも大変なときに、楽しそうに笑ってるよね」
コトリはともかく、俺自身は自分を奮い立たせるためだが。
「そんな二人に…ちょっと、憧れてたんだ。困難に笑って立ち向かえる二人が……強くて、格好いいって思ってた。私も……そんな風になりたいって」
「カエデ……」
「だから、笑って?強くて格好いい、私のヒーローは……こんな時こそ笑うんでしょ?」
予想外の台詞に、しばし言葉を失った。
出会った頃の彼女の口からなら、そんな言葉は出てこなかったに違いない。
「本当に、強くなったんだな」
「何……それ?」
笑顔を浮かべた俺の言葉に、手を離したカエデはクスリと笑う。それから、
「助けられてばかりなのは、嫌だって思ったから。……守られてばっかりじゃ駄目だって、気付いたから」
「ありがとう、カエデ」
今日はずっとカエデに助けられてるな。
少し心が軽くなるのを感じながら、眠り姫へ視線を戻す。
「もう、本当に大丈夫だ」