しんぴのまもり Lv3
心臓を直接撫でられるような悪寒。
「いや……っ」
座り込んだままのカエデの手を引いて立ち上がらせながら身構える。
「カエデ、耳を貸すな!!」
イザナキさんは『願いを喰らう』と言った。とは言え、心を閉ざせばこちらに干渉は出来ないはず。
だが。
聞こえないはずの声が響く。
「無駄だ。すぐに楽にしてやる」
先程までとは違い、空気を震わせての伝声。喋っているのは、社の左右に鎮座する狛犬。
二頭の石像がオーラを放つ。目には光が宿り、無機質な印象だった毛並みが生命の色を帯びる。口を利いた角のある狛犬が蒼い炎を纏い、もう一方が赤い炎を侍らせる。
角のない獅子からも言葉が発せられた。
「ごめん。でも、これが最善なのよ」
赤い方が俺の側面に、蒼い方がカエデの横に、台座を離れた魔獣はそれぞれ駆け出す。
背中を合わせた状態でカエデに声を放る。
「カエデ、大丈夫か?」
「……うん。負けるわけには、いかないから」
涙を振り払うような声が力強く答えた。強がりで笑顔を作って彼女に同意する。
「そうだな」
狛犬が姿を変えたのはイザナキさんの『願い』の力だろうが、彼の神力の範疇は人の願いのみのはず。生ける石像を動かしているのはイザナミさんの力か。
俺の目の前までやってきた獅子が、その周囲に炎の壁を作り上げる。これでは近づくに近づけない。カエデの相手を買って出た狛犬の周りには衛星のように複数の火の玉が周回している。一対の神獣は覇気と咆哮で大地を揺るがせる。
「さあ。お前らの願い、どれほどのものか――」
「――味わわせてもらうわ!」
敵が二体いる以上、各自眼の前の敵を相手するのが現実的か。カエデを信じて、俺はこちらに集中することにする。
預けた背中を離して、境内の開けた場所へ駆け出した。
獅子は大きく開かれた口から炎を吐き出す。横に回避して距離を詰めるが、炎の壁に阻まれて二の足を踏む。その隙を見逃さず、続けて火炎が襲いかかる。連続で吐き出される火炎球をバックステップで躱す。剣を武器とする俺が、相手に近づけないのでは分が悪いどころではない。仲間の方にも目を向けるが、放つ矢は火の玉に撃ち落とされて、更には角による突進攻撃に翻弄されている。
しかし、この程度で為す術を失う俺達でもない。
「一閃重撃!!」
遠目から振りかぶった剣に魔力を込めて、魔獣へ向けて放る。炎の壁を突き抜ける時に少しHPを削られるが、勢いを殺されることはなく獅子の肩口へ突き刺さる。『怯み』効果を受けて壁が消えた間隙を縫って肉薄。剣の柄を取って立て続けに唱える。
「強力斬撃ッ!」
赤い神獣は苦しげな呻きを上げながら飛び退って間隔を取った。
*
ここから矢を撃っても火の玉に弾かれて、攻撃は届かない。それどころか、弓を構える時間を与えないとばかりに距離を詰めて攻撃を繰り返してくる。このままじゃ、まずい。
……でも、私はソウタと出会って…現実と立ち向かう方法を知った。目的に達するための方法は……一つじゃ、ない。
青い炎を放つ猛獣が頭を低く構えて地面を蹴る。突進が来る。
「爆裂射撃……!」
弓を構え、召喚された矢に魔力を込める。でも……撃つわけじゃない。弓から矢を外し、地面に突き刺しながら転がって横に逃れる。一直線に私に向かってきた、魔獣。突き刺した矢の上を通過するタイミングで……爆発した。勢い余って転倒した魔物に、衝撃魔弾を打ち込み、火の玉が消えた所に……流星射撃と一石多鳥の複合魔法で追い打ちをかける。
「く……やるじゃないか」
気絶から回復した『イザナキ』さんが悔しそうに言葉を漏らした。私は、油断なく弓を構える。
「だが、同じ手を二度は食わんぞ」
そんなことは、分かっている。再び襲い来る突進を自分の武器でいなしながら、思考を巡らせる。一度は……相手の意表を突けても、それでトドメを刺せなければ次は対策を立てられる。次の手を……考えないと。
ソウタの方も一撃は与えたみたいだけど、やっぱり相手が遠距離で攻撃してくるんじゃ不利すぎる。
あっちと私が入れ替われれば、まだ少しは有利に戦えると思うけど。神様たちはそれを許してくれそうも無い。向こうも、わざとこっちが戦いにくいようにお互いを当てている。
……そうか……!
境内の反対側で戦うソウタの位置を確認する。もう少し……こっちへ来て。
「どうせ叶わぬ願いなのなら、無いほうが幸せではないのか……ッ?」
確かに、そうだ。
全ての願いが叶うわけじゃ、ない。私だって……今までにたくさん諦めてきた。
……けど。
「どうしても、諦められない願いだって……あるんですよ」
「だから、俺が喰らってやると言っているんだ」
「必要……ありません」
赤い神獣はソウタの正面、そしてソウタは私に背を向けた状態で立っている。
弓を真上に向けて構える。
「諦められないなら、何があっても叶えるだけ……ですから!」
私の行動を止めようと狛犬が駆け寄ってくる。
それより早く、唱える。
「一石多鳥、爆裂射撃……!!」
上空に放たれた複数の矢。あちらも私の意図に気づいたらしく、足を止める。
「そんなものに当たるとでも?」
それで良い。
敵が距離を取っている間に、ソウタに少しでも走って近づきながら声を投げる。
「そうた……っ!」
振り向いた彼に、自分の手にしていてる弓を放る。ソウタも、きっと分かってくれる。そう信じて。
落ちてきた矢が私の周りで爆発する。爆風の中、蒼い獣が飛び込んでくる。
そして、もう一つ。
ソウタが私に向けて投げた剣。石畳を跳ねるそれを掴んで、叫んだ。
「誘導射撃……強化斬撃……ッ!!」
全身全霊を込めて振るった剣は、魔法に乗っかって…吸い込まれるように魔獣の額へ。
*
「そうた……っ!」
背後からカエデの声が飛び込んでくる。振り返ると、目に入ったのは宙を舞う弓。迷ったのは一瞬だ。
彼女がそうしたのなら、俺は信じるだけ。
「強力斬撃!」
魔法で遠心力を加えた剣をカエデの起こした爆発の方へ放り投げる。それと入れ替えに手の中に転がり込んだ獲物を掴み取った。
なるほど、そういうことか。
二体の魔獣は俺たちが互いに戦い辛い相手だ。入れ替わろうにも邪魔が入る。だから、武器だけを交換して攻撃手段を変える、というのがカエデの案だろう。もちろん、俺はカエデの使う魔法は扱えないし、カエデだってそうだ。ただ一つの例外を除いては。
「物品取出!」
俺は矢の代わりになりそうな物を倉庫から取り出す。ここへ来る途中で拾い集めた『案山子の骨』。簡単に言えば、ちょっと長い木の枝だ。それを弓へセットして、
「一閃重撃!……強化射撃っ」
他の職業の魔法は使えない。なぜなら、俺の魔法刻印には剣士の魔法しか書き込まれていないからだ。ただ、何事にも例外はある。今回の場合は、そう。
0次魔法。
冒険家として初めて手に入れた戦闘魔法で、対象の装備を身につけることで発動が可能になる。一閃重撃の効果を上乗せされた基本魔法は不意を撃たれた『イザナミ』へ直進し、眉間へ直撃。そうして出来た僅かな間隙に飛び込み、
「「武器呼出!!」」
俺の持っていた弓はカエデの元へ、そしてカエデの手にあった剣も持ち主の手元へ戻った。
「やあああああああっ!!」
使い慣れた獲物に魔力を込めて、魔法を放つ。
相手のHPは残りわずか。このまま押し切る……!
と、焦ったのが良くなかった。
「がぁ……ッ!!」
攻撃の隙間を見計らって神獣が反撃に出る。肩に押さえつけるように飛びかかって、そのまま境内へねじ伏せられた。
「そろそろ、諦めどきよ」
「悪いな。諦め方なんて、とっくに忘れたよ」
その言葉を無視して、口元へ熱が集まり始める。まともに喰らえば、その次の機会なんてものは与えられないだろう。泣いても笑っても、これが最後ってわけだ。左手の盾を横合いに投げ捨てて、剣へ魔力を集中。
火炎が、放たれる。
「攻撃分散……ッ、一矢報復!!」
一矢報復は受けた攻撃の一部ダメージを無効化し、相手に攻撃として返す。そのため、受けた攻撃の大きさに比例して攻撃力が上がる。もちろん、受けた攻撃で死ななければの話だが。
灼熱によるダメージをできるだけ軽減した上で、その一部を無効化し、その分を相手へ返す。
HPがみるみる削られていく中、攻撃を真正面から受けていた剣を傾けてダメージ損傷を減らす。
「おああああああああああああッ!!」
横へ逸らされた炎が石畳を焼き、俺の剣撃は石像に宿った魔力を叩き出した。
しかし、相手は無限とも思える魔力を持った『神様』。イザナミさんの戦意が失われていない限り、この神獣は何度でも立ち上がるだろう。それは、避けなければいけない。
境内に倒れた石像に駆け寄る。
「強力斬撃っ!!」
得物を横に放り、獅子の頭に触れながら全力で叫んだ。イザナミさんの魔力が石像に戻ってくる前に、俺の魔力で満たしてしまえばもう干渉はできない。
「はあああっ!」
流石にこの大きさの石像に魔力を注ぐとなると消費する魔力量も相当なものだ。MPの半量くらいは持っていかれた。だが、これで終わりではない。魔法の効果は一時的な物であり、一定時間で魔力のコントロールは失われる。
俺は跳び箱のように獅子を乗り越える。走ってきた勢いと、強力斬撃で生まれたエネルギーを利用して宙に浮いた体はそのまま奥に構える建物へ。
「武器呼出!!」
自分の手にさっき放り出した剣を呼び戻して、続けて魔法を発動する。
「一閃重撃……ッ!」
社の中にあるものを守ろうとする木製の戸を目掛けて振り下ろす。
その一撃は引き戸を直撃するが、魔法に守られた建物の一部を破壊するには至らない。
「ッ……!」
駄目か、と思った次の瞬間に、
「流星射撃っ」
飛来した光の矢が目の前の障害を吹き飛ばした。その隙間を抜けて更に奥へ。再びイザナミさんの魔力を得た石像が後ろから迫ってくる。
頼むから、ここにあってくれよ!?
ひんやりと冷たい部屋の中。その中央に置かれた台座の上に、座布団に座らされた丸い石が目に入る。
「これが『秘宝』か…?」
迷っている暇はない。それを手に取り語りかける。
「なぁ『秘宝』!お前がこの山を守るための物なのは分かってる!!けど、今だけはっ!俺たちに力を貸してくれないか!?」
手の中で石ころが鼓動を打つような感覚。一瞬だけあの心臓を掴まれるような悪寒に襲われるが、それもすぐに消え去った。
「な……ッ!?」
すぐ背後まで迫っていた赤い猛獣が短く声を上げ、弾けるように纏った炎が消え去った。