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俺の人生今日からニューゲーム  作者: やわか
俺の人生疲れたらクールタイム
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    しんぴのまもり Lv2

 陽の光は届いているのに、どこか冷ややかに俺たちを包み込む空気。

 真後ろには広場への本来の入り口があり、大きな赤鳥居が毅然と立っている。そして正面ではいかにも古そうな黒ずんだ木製の建物が腰を据えている。古びた外見とは裏腹に、崩れそうなどという印象を全く持たせないその様は、このやしろの生きてきたながい時の流れを感じさせる。建物の中には重たそうな賽銭箱が据えられている。

 そんな中、空気の振動を介さない肉声が語りかけてきた。


 『わざわざ上から入ってこないでください』


 こいつ、直接脳内に……!


 『正確には脳ではなく、魂に直接語りかけてます』


 冷静に返答されてしまった。

 この声はカエデにも聞こえているらしく、不安げな表情を浮かべている。境内を見回しながら姿の見えない相手へ言葉を投げかける。


 「えっと、あなたは?」

 『相手に尋ねる前にまずは自分が名乗るべきではありませんか?』


 姿も見せないままにいきなり話しかけてきた奴に言われたくはないが、一応ごもっともではある。


 「すみません。俺はソウタ、こっちはカエデです。ちょっと事情があって、ここに来ました」

 『そうですか』


 本当に話聞いてたのか?

 適当な相槌のあとに適当な自己紹介を続ける。


 『私はイザナミです。ここで神をやってます』


 声とともに賽銭箱の上辺りが眩しく閃き、光の中からその姿を目の前に出現した。

 社の前に浮かぶ、俺の二倍はありそうな大きな人影。まとっているのは作務衣をワンピースにしたような麻布の服で、勾玉のような装飾を要所に身に着けている。足元は裸足だ。風もないのにふわふわと揺らめく羽衣を体に引っ掛け、顔にはその表情を隠すように幾何学な模様の描かれた紙を貼り付けている。邪馬台国でも治めてるんだろうか。


 「神様……ですか」


 釈然としない俺の返答に、機嫌を損ねたような自称『神』。


 『信じてないでしょ?と言うか私は心を読むことが出来ます。その取ってつけたような敬語、余計にムカつくから止めなさい。あとそっちの小娘もうるさいです』


 魂に干渉して話しかけることが出来るように、その逆で心の内を覗くことも可能ってことか。

 カエデも心の中では思うことがあるらしい。早くコトリを助けたいと言う気持ちは、もちろん彼女だって俺と同じなのだ。

 それと、神の能力。どこまで読めるのかはわからないが、俺の出自についてバレると少々厄介か。

 少し考えて、意識を前方に戻すとイザナミの姿が消えていた。


 「あれ?」


 再び周囲に視線を投げると、


 『ちょっと、急に心を閉ざさないの』


 先程までと同様に、正面に彼女の姿があった。


 『魂に直接干渉するにはある程度、心を開いている必要があるの。本人が知られたくないようなことまで覗ける訳じゃないから安心しなさい』


 腰に手を当てて呆れた様子の『女神』。つか、ちょっとキャラぶれてないか?

 そんな心の声を代弁したのは、俺ではない男の声。


 『イザナミ、本性が出てきてるぞ』


 彼女の登場よりもいささか控えめに空間を光で濡らしながら姿を表した男性。

 イザナミさんよりも少し高い身長で、格好は似たようなデザインの作務衣。彼の顔の前にも紙がぶら下がっており、背中には後光の代替だいたい品のような金色こんじきの光輪を背負っている。


 『ちょっと、出てこないでって言ってるでしょ?あんた全然「神」っぽくないのよ』

 『そういうお前にも神らしさは欠片もないだろう』


 隣の『女神』の苦言に反論して、こちらに向き直る。


 『うちのがすまなかったな。俺はイザナキ。あまりそんな感じはしないかもしれないが、一応この霊山の「神」だ』


 一瞬疑っていたが、どうやらその点は真実らしい。

 今まで、土精種ドワーフのロウヒや聖職者プリーストの信仰する超聖霊ハイスピリットの話は聞いたことがあったが、こうして実際に姿を見て対話をするのは初めてだ。何か思ってたより『普通』だな。


 『あんたがそんな感じだから信仰が集まらないんでしょうが!』

 『後からボロが出るくらいなら初めから素で接したほうが良いだろう』

 『私はボロなんか出さないわよっ』

 『既に大分だいぶ出てたけどな』

 『うるさい!!』


 夫婦喧嘩なら後でやってほしいものだ。


 『ああ、悪かった。久しぶりな客人なもので緊張してるんだ』


 そう言えば心の声が聞こえてるんだったな。

 あまり緊張しているようには見えないし、仮にも『神様』が人間相手に緊張なんてしないでもらいたい。


 『イーディオの偉い人たちがこの山への一般入山を禁止してるせいで、街の人達からは意味もなく恐れられるし、信仰もどんどん薄まってるのよ』

 「あんたらが人を拒んでる訳じゃないのか」

 『そんなことする訳無いでしょ。信仰がないと困るのは私達なんだから』


 超聖霊かれらに取って信仰というのは結構重要なもののようだ。が、今の所それを掘り下げている暇は俺たちには無い。少しでも時間が惜しいのだ。


 『わかってるわよ。仲間を助けるために私達の「秘宝」が欲しいんでしょ?』


 どうしてそれを、と思ったが、カエデか。さっきからずっと黙ってると思っていたが、心中ではそうでもなかったらしい。


 「そこまで分かってるなら話が早い。秘宝をください」

 『そう簡単にあげられる訳無いでしょ』


 ですよね。


 『あれはかつてあった俺たちへの信仰の証でもあるからな。信仰が弱まっている今、手放すわけには行かないんだよ』

 「信仰の……証?」


 久しぶりに隣の少女が口を開いた。俺にはカエデの心の中は読めないから、その方が助かる。


 『そう。あれは私達がここの「神様」になったばかりの頃、一番初めに用意してくれた「御神体」なの』


 どこか遠くの思い出を見つめるように視線を投げるイザナミさん。


 「え、その話長くなる?」


 思わず口をいた言葉に、女神が俺をめつける。いや、目は見えないけど。


 『まあ、手短に済ませるから聞いてやってくれ。ここ、一応大事な伏線だから』


 そう言うメタい発言は謹んでくれないかな。

 男二人を無視してイザナミさんは続ける。


 『あれは最初はただの石ころだったの。だけど、今では山を覆う結界を作るまでの特殊魔力ソウルになった』

 「ただの石が、特殊魔力に?」


 そんなことがあるんだろうか。


 『それが俺の「神力しんりき」なんだ』

 「しん、りき……?」

 『少なくとも俺たちはそう呼んでいる。超聖霊の持つ固有の能力のことだ』


 超聖霊は魂だけの存在であるが故に、現実世界に関わるには肉体に代わる何かが必要となる。例えばそれは土であり、例えばそれは風であったりする。特定のモノの持つ魔力を自らの魔力のように扱うことが出来る。それが彼らの言う『神力』なんだそうだ。因子エレメントと似たようなものだろうか。


 『そして、俺が操ることが出来たのは「想う力」だったってわけだ。石ころに宿ったその力は、今や全ての特殊魔力動きを強制的に止める力に変わった』


 言いたいことは色々あるが、突っかかると長引きそうなので放っておこう。


 「なるほど、話はわかったよ」

 『本当にちゃんと聞いてた?聞いてないわね』


 バレてた。


 「いや、ちゃんと理解はしてるつもりさ。信仰が大事なのも、『秘宝』が想いの込もった思い入れのある物だってことも」

 「でも……どうしてもっ……必要、なんです……!」


 俺たちの懇願にイザナミさんがため息をき、それも嫌というほど伝わってるわよ、と呟く。


 「イザナキ、さん……っ!あなたが、人の願いを……力に変える…神様だっていうなら。……私達の願いも、汲んでくれませんか……ッ?」


 カエデの心からの声が神聖な空気を震わせる。


 「コトリは……私の、幼馴染で……!ずっと一緒に、いたんですっ。私から、コトリを……奪わないでぇ……っ!」


 ポロポロと涙を零しながら膝から崩れ落ちた少女。

 その横で俺も頭を下げる。


 「俺にとっても、コトリは大切な仲間だ。あいつのおかげで俺は変われた。俺を救ってくれたコトリを、今度は俺が助けてやりたい。お願いします!」

 「お前とて分かっているんだろう?ここにある『秘宝』では仲間は救えない。アレの効果は『全ての特殊魔力の動きを止める』ものだ。コトリとやらが特殊魔力持ちならば、助かるどころか命が危うい」

 「大丈夫さ」


 頭を上げた俺の、あまりにも自信満々の断言に相手も一瞬言葉を失う。


 「……」


 その隙に言いたいことは全部言わせてもらおう。


 「そっちこそ気づいてんだろ?俺も特殊魔力持ちだ。けど、こうして生きてる。俺の特殊魔力と『秘宝』があれば、きっとコトリを助けられる」


 違う。そうじゃない。

 自分の言葉を自分で否定する。


 「……いや、絶対に俺が助ける!!」


 広い境内を冷たい風が吹き抜け、周囲を取り囲む木々の葉を静かに鳴らす。

 シャラシャラという葉鳴りが止んだのを聞いて顔を上げると、重い沈黙が降りる。その沈黙を、イザナキさんの言葉が破った。


 「願う力。それは人々に平等に与えられた不思議な力だ。それは時に奇跡をも引き起こすのかも知れない」

 「ああ、そうだ」

 「だけど」


 イザナキさんは肯定した俺のセリフを両断する。


 「その力は人を苦しめる事もある。到底届かぬ願いを抱いてしまった者は、有りもしない希望を信じて……そして絶望する」


 遠い誰かをいたむような言葉。願いを諦めさせようとするのも、多くの願いを知る彼なりの優しさなのかもしれない。

 噛みしめるように、神は続ける。


 「その願いがお前たちを苦しめるというのなら、仕方がない」


 霊山を守る神がまるで別人のように雰囲気を変える。


 「せめて、この俺がその願いを喰らってやろう」


 身の毛もよだつ程の禍々しい空気が、二人の人間を呑み込んだ。

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