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俺の人生今日からニューゲーム  作者: やわか
俺の人生疲れたらクールタイム
88/120

    わずかなきぼう Lv3

 「カエデ、さっきは助かった。ありがとう」


 敵の姿が見えなくなって落ち着いたあたりで、隣をぶ少女に礼を述べる。

 獣人種ワービーストとの戦闘では気絶スタンからも幻術からも回復させてもらった。彼女の咄嗟とっさの判断がなければどうなっていたことか。


 「本当にごめん。カエデに、剣を向けるなんて」

 「私は、大丈夫。ソウタが……あんな事するわけないって分かってるから」


 そんなセリフに柄にもなく照れてしまった。

 大切な仲間に剣を向けてしまった自分が情けなかったし、不甲斐ふがいなかった。けれど、カエデがあんな風に思ってくれていた事が嬉しかった。一方的に信じるだけでなく、信じてもらえているということが。


 「……私の方こそ、ごめんね。結構思いっきり……殴っちゃって」

 「気にすんなよ。おかげで逃げられたんだし」

 「だ……大丈夫?」


 ……弓って近接武器としても使えるんだなって思いました。

 馬鹿正直にそんなことを言うわけにも行かないので、首を横に振って答える。


 「全然。それに、あの攻撃が当たったってことは俺は攻撃それを受け入れてるって事だろ?」

 「そ、それは…違うよ」


 首を横に振った彼女は続けて説明する。


 「ソウタの受けた、混乱コンフューズド……っていう状態異常バッドステータスには、パーティー機能を一部無効化する効果もあるから」


 確かに、さっきのように相手を同士討ちさせるのが目的の内ならば当然パーティーメンバーにも攻撃が通らないと意味が無いもんな。


 「だとしても、俺は全然気にしてないから」


 それに、と少し恥ずかしくなって視線を隣の少女から、前方に移す。


 「カエデが俺に対して遠慮しなくなってくれたって事が、嬉しくもあったんだぜ?」


 最初のころは敬語に『さん』付けだったもんな。

 まだまだ距離を感じることも多いけれど、あの時に比べてかなり心を許してくれているんだと改めて感じられた。


 「……そっか」


 彼女は少し考えるように顎に手を当てて俯いてから俺を見て、


 「ソウタって……『まぞ』、なんだね?」


 恐らくどこかで聞きかじったのであろう、あまり意味を理解していなさそうな単語を投げかける。


 「全くもって違う」

 「無理、しなくて……良いんだよ?」

 「本当に違うんだって!」

 「でも……私に、叩かれて…うれしかった、んだよね?」


 間の重要な部分が抜けている気がする。


 「わ、私は……ソウタ、が。踏まれてよろこぶ……変態さん、でも…大丈夫、だからっ!」


 大丈夫って何がっ!?


 「俺にそんな趣味は無いし、今後もM属性を付加するつもりもないぞ」

 「踏んで欲しいときとか、私で、よかったら……頑張るから。いつでも、言って」

 「話を聞いてくれぇ……」


 そんな不毛なやり取りをしながら1時間ほど空を飛んで辿り着いた山のふもと。入山するものを見定めるように大きな鳥居がこちらを見下ろし、その向こうには緑茂る山の中の方へ石を積んで作られた階段が伸びている。

 本当は『秘宝』のある頂上まで飛んで行きたかったのだけど、何故か霊山が近づくにつれて輝翼フェアリーウィングの調子が悪くなってついには動かなくなってしまった。ひみつ道具じゃないんだから、こんなタイミングで都合よく故障しないで貰いたいものだが。

 とにかく、こうなった以上は歩いて頂上を目指すほかに仕方がない。

 ピリリと気を引き締める。

 俺には霊感は無いし、信心深い方でもなく無宗教だから特に何か神聖なものを感じたりはしないけれど。滲み出るひんやりと湿った空気、何となく心の平穏をかき乱す静寂が神的な何かだというならそうなのかもしれない。


 「さ、行くか」

 「ま……待って」

 「?」


 足を踏み入れようとした俺を、カエデの声が制止する。


 「お医者さんが、言ってたでしょ?もしも、『結界』が特殊魔力ソウルに…悪影響を与えるようなものだったら……」


 そういうことか。

 カエデの不安はわかった。コトリは俺に特殊魔力が宿っているのではないか、と言っていた。ジーヂャンさんがコトリをここへ連れてくるのを止めたのと同様の理由で、カエデは俺がこの山へ入ることを止めようとしているのだろう。


 「大丈夫だよ」


 心臓に纏わりついてくる不安を払いけるように笑顔を作って、心配そうな表情の少女に声を掛ける。


 「もしかしたらコトリを治すことの出来る、安全な効果かもだし。それに、『結界』が特殊魔力に干渉する物だとしたら……何かに似てないか?」

 「なに、か?それって……っ」

 「そう。俺の特殊魔力も、他の特殊魔力に対して効果を持つ」


 コトリの推測に過ぎないものではあるが。


 「『秘宝』が本当に他の魔力に干渉する力を持つって言うなら、それも特殊魔力である可能性が高い。だったら、仮に危険な能力ちからだったとしても俺の『共鳴』の能力でどうにか出来るだろ」

 「だ、駄目だよ……そんなの……っ!」


 彼女は俺の前に立ちふさがって、両手を広げて必死に言葉をつむぐ。


 「全部…全部推測ばっかり、じゃない。ソウタの能力も、結界の能力も……特殊魔力と決まったわけじゃ、ない」

 「けど、『共鳴』や『無効化』するみたいに、他の魔力因子の『性質』にまで干渉することが出来るのは特殊魔力でしかあり得ないんだろ?」

 「それは、そう……だけどっ」


 少し俯いて、悔しそうに歯噛みしたカエデだが、すぐに顔を上げて台詞セリフを続けた。


 「私達が知っているものだけが、全てじゃないでしょ?ソウタの能力だって……効果を発揮できる対象が、はっきりしてる訳じゃない」


 どちらの主張が正しいかなんて議論するまでもなく明白だ。カエデの言っていることは完全に正論。俺の並べた理論なんて、自分の都合の良い推測を組み立てて作り上げた張りぼてでしかない。

 だけど、世の中は良くも悪くも理屈が全てじゃない。不条理で、理不尽なことばかりだ。正論が必ずしも『正しい』訳じゃない。


 「たとえ俺自身が危険な目に遭うとしても、カエデを一人で行かせる事は出来ないよ」

 「ねぇ……ソウタ。私って、そんなに頼りなく…見えるかな?一人じゃ……何も出来ないって思われてるのかな?」

 「そんな事は言ってないだろ?」


 俺はただ、コトリを助けたいだけだ。カエデを守りたいだけなんだ。

 カエデは痛みをこらえるような顔で首を横に振る。


 「ソウタは結局、大事なときは自分が居ないと駄目だって……思ってるんだよ。全部……自分が痛みを請け負って、責任を背負っていかないといけないって……思ってるんでしょ……っ?」


 潤んだ瞳の少女から放たれた言葉がひどく胸に突き刺さった。

 何か言い返したかったが、言葉が喉につっかえて出てこない。色々な感情が混じり合って発するべき言葉がまとまらない。

 気弱なカエデが、面と向かってこんなにはっきりと批判してきたことに驚いた。

 彼女にこんな風に思われていたという事実が、何かに裏切られたようで悲しかった。

 今まで、コトリやカエデのために頑張ってきただけなのに。徐々に怒りが込み上げてくる。

 それなのに、カエデの論のどうしようもない『正しさ』に何も言い返せないことが悔しくて。

 俺は……彼女から目を逸らした。


 「退いてくれ、カエデ」


 立ちふさがる少女の腕を押し退けて、強引にその横を通り抜ける。


 「待って、ソウタ……!!」


 そして、『霊山』に一歩を踏み入れた途端。


 「ッ……!」


 体感温度がスッと下がった。心臓に直接手を掛けられるような圧迫感。さっきまでの曖昧な感覚ではない確かな実感。


 「ソウタ……?」


 いきなり立ち止まった俺に、後ろから心配するように少女が声を掛ける。そこへ畳み掛けるように、心臓への圧力が増す。


 「が……ッ?」


 死、ぬ……!?

 HPが削られて行くのとは違った感覚。実感したのはそんな生ぬるい物じゃない、本物の『死』。


 「ソウタ!そうたぁ……っ!!」


 これは、マジで不味い。

 ついには耐えきれず膝を付く。嫌な汗が全身から溢れてくる。


 「こん……なッ」


 こんなところで、まだ死ぬわけには行かない。


 「あ……」


 コトリを助けるまでは、死んでも死ねねぇんだよ――――ッ!!


 「ぁアアアアアアアあああああああああああああああああ!!」


 天を仰いでの咆哮にいくらかの効果があったのかわからないが、胸を締め付けていた重圧がフッと軽くなる。

 何回か息を吸って、吐く。残っていた圧迫感が体の中に溶けるように消えていった。


 「そ、ソウタ……?」


 肩で息をする俺に、恐る恐る近づきながらカエデが声を掛ける。我知らず、口の端がいびつに釣り上がるのを感じる。


 「……言ったろ?大丈夫だって」


 ジーヂャンさんの悪い予想通り、『結界』の効果は特殊魔力を『殺す』ような危険なものだったのかも知れない。だが、俺の『共鳴』の能力はやはり有効だった。俺は間違っていなかった。これで、コトリを助けることが出来る。俺が……コトリを助けるんだ。


 「本当に……大丈夫、なの?」

 「そう言ってるだろ?良いから早く行こう。コトリが待ってるんだ」


 心配する彼女を他所よそに、俺は先を進む。背後にいる少女は少し逡巡した後に、迷いをはたへ放るようにかぶりを振ってから俺について階段を駆け登ってきた。

 しばらく階段を上っていくと、開けた場所に出た。恐らく地形の問題か何かでまっすぐ階段を作れなくなったんだろう。左右に迂回路らしき道が伸びている。

 そして。

 俺たちが広場の中央辺りにたどり着いた瞬間に周囲で青い火が燃え上がる。

 光と熱が収束した後に姿を現したのは真っ白な体毛に覆われた狐。体の一部にメッシュのように入った青い模様にそれと同じ色のあおい瞳。彼らが地面に足をつけずに浮かんでいる事も合わさって青白い火の玉のような印象を受ける。


 「こんなところにも魔物がいるんだな」

 「でも……何か違う、ような」


 彼女の言いたいことはわかる。

 魔物たちは確かに広場を囲んではいるが、俺たちが上ってきた階段の方面には陣取っていない。つまり退路を断っていない。ここで待ち受けていたこともそうだが、ただ単に動くものを攻撃しているような他の魔物とは、何かが違う。ここの魔物たちが魔王の魔力に影響を受けていない、という情報は本当ということか。


 「俺たちを追い返そうとしてるみたいだな」


 言葉に出しながら、油断せず剣を抜く。

 俺たちを囲んでいた敵意が、わずかに殺意を帯びる。


 「邪魔をするな。俺たちはこの先に用があるだよ!自己犠牲アーンヘイト!!」


 足を踏み出した俺を狙って狐の口元から一斉に炎が吐き出される。正面からの攻撃を横にかわして走り続ける俺の背後を蒼い灼熱が舐める。


 「強力斬撃メガスラッシュ!」


 たどり着いた一匹の狐に向かって魔法を当てるが、やはり思ったようにダメージを与えられない。攻撃のすきを突いて、魔物の集団が俺を取り囲む。


 「爆裂射撃ダイナマイトショット……一石多鳥マルチキリングっ」


 後ろへ退いてキツネたちの意識から逃れた少女が打ち込んだ矢が爆発を起こす。相手の怯んでいる間に続けて魔法を発動。


 「連続斬撃シバイタルっ!!」


 段階的に威力が高まっていく魔法のため、瞬発力は出し辛いが、それも工夫次第だ。


 「強力斬撃!一閃重撃ブランディッシュっ!一点突破ブレイクスルー!!」


 スキルを重ねながら徐々に威力を増して周囲の獣に少しずつ攻撃を加えていき、最後の十連撃目に一刀両断バスターブレードを乗せて一気に薙ぎ払う。今ので5体程は倒したが、まだ10以上は残っている上に、いなくなった分を補充するように新たに魔物が炎の中から現れる。全てを相手していてはキリがない。無理にでも突っ切るしかないか。周りを見渡し、左右の内近い方の通路へ足を向ける。

 それを止めるように狐が生み出した火の玉が飛んでくる。


 「起動ブート!!」


 背中の装置に呼びかけるが反応は無い。

 くそ、やっぱりこっちは駄目か……!

 咄嗟に転がって避けたつもりが追尾してきた火炎が辛うじて構えた盾を打つ。


 「が……はッ!」


 地面をのたうちながらも這うように前を目指す。横合いからの火炎放射を盾に込めた魔法で防ぎながら立ち上がる。


 「ソウタ、無理しちゃだめ……っ」

 「一矢報復カウンターエッジ!!」


 進行方向に立ち塞がった狐が放った炎を斬り返して、間髪を入れず魔法を続けて魔物を光へ帰す。そのガラ空きの背中へ灼熱が降り注いだ。


 「がぁあああ……ッ!!」


 無様に吹き飛ばされ地面に叩き伏せられた。HPは既に半分を切っている。


 「聞いてってば、ソウタぁ……!!」


 声が聞こえて、直後に彼女がパーティーを脱退したことをしらせる通知がポップアップする。

 思考が追いつかないうちに四つん這いになって立ち上がろうとする俺の体の下の石畳に、飛来した矢が突き刺さった。直後、俺の体は宙を舞っていた。爆発した飛翔体によって打ち上げられたのだ。


 「誘導射撃イネビタブル流星射撃アーカスレイ……っ!」


 回転しながら浮いていた俺の背後から飛んできた魔法は、光を放ちながら体の横を通過。そしてそれは楕円を描くようにこちらを向き直して再び俺を狙う。


 「ッ……攻撃分散プロテクション!!」


 勢いよく俺を貫かんとした矢に押されるようにして地面へ引き寄せられる。その着地点にいた少女に受け止められた俺は、そのまま手を引かれる。


 「逃げるよ、ソウタ……!」


 そして俺たちは、来た道を戻るように階段を駆け下りた。

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