わずかなきぼう Lv2
「『霊山』……ですか」
そう言えば虎のお殿様も、魔王を倒すためのヒントがそこにあるかも知れないと言っていたな。
「確か、魔王の魔力の影響を受けないとか」
「よく知っているね。あくまで噂だけれど、あそこにいる魔物たちは狂暴化していないって話だ」
「まさか、その『霊山』の能力でコトリの特殊魔力を無効化出来るんですか?」
魔物たちを狂暴化させる『魔王の魔力』というのもがどのような物なのかはよく分からないが、仮に特殊魔力の類なのであれば、それを無効化している『霊山』の能力でコトリの中の特殊魔力を無効化することも可能な可能性がある。
山羊の医者は俺の言葉を肯定した。
「断言は出来ないけど、その可能性はあると思うよ」
「じゃあ……そこに、コトリを連れて行けば……!」
「それはあまりお勧め出来ないな」
カエデの希望混じりな台詞を、今度は首を横に振って否定する。
「な、なんで……ですか?」
「魔力を無効化する、その詳細が分からないからさ。もしも魔王の魔力だけを無効化するのならコトリくんには全く影響を与えないし、特殊魔力の『特殊性』のみを無効化する効果なら彼女を救えるかも知れない。けれど、特殊魔力を排斥するような物であれば『霊山』に入ること自体が命に危険を及ぼしかねないんだよ」
ジーヂャンさんの言う通り、コトリを連れて行くにはリスクが大きすぎるか。イチかバチかでコトリの身の安全を保証できない方法を取るわけには行かない。
「なら……どうして、『霊山』の話を……したんですか?」
「彼女を直接連れて行くのは危険があるにしても、あそこに解決の糸口があるかも知れないのは事実だからね。調査をしてみる価値はあるんじゃないかと思うんだ」
「わかりました。行ってみます」
二つ返事をした俺を見やって、医師は驚いたように目を瞬かせる。
「少しは迷ったりしないのかい?」
「コトリを助けられるかも知れない可能性が少しでもそこにあるんなら、迷ってる時間なんかありませんよ」
もう充分に待った。これ以上、じっとしてはいられない。
少し呆れたように笑みを零して、ジーヂャンさんは言った。
「僕はこの話をするの、結構迷ったんだけどなぁ」
「危ない場所だってことは、わかってるつもりです」
「その上で、決意は変わらないんだね?」
俺は頷き、医者が言葉を続ける。
「わかった、そこまで言うなら止めはしないよ。魔王の魔力を無効化しているのは、結界によるものだと言われている。その発生源を探ってみると良い」
ジーヂャンさんに見送られて街を出た俺たちは、ついでに受けてきたいくつかの依頼のために魔物を討伐しながら『霊山』を目指して畦道を進んでいた。空を飛ぶにもMPを使うし、歩いていても戦闘で魔力を消費する。移動時間とコストを考えた時に、通り道にいる魔物を倒すことで達成できる依頼をいくつか受けて、その区間にいる魔物の依頼の条件を満たしたら次の標的がいるエリアまでは飛んでいくというのが一番効率がいいんじゃないかという結論になったのだ。
ジージャンさんの話では、山の頂上に祀られた『秘宝』が結界を維持するのに用いられているとされているらしい。だが、獣人種の信仰する神の聖域に土足で足を踏み入れ、剰え『秘宝』に手を出そうとしているなどと知れれば獣人種を敵に回すことにもなりかねないとも話していた。
だが、そんな事は関係ない。望むものを手に入れるためには、大切な物を守るためには、手段を選ばない覚悟は出来ている。
「なんかこいつら、防御力高くないか?」
人間大ほどのカエルを相手取りながらカエデに問いかける。
ここ数日、町人の依頼をこなしている時も薄々感じていたが、霊山に近づき魔物のレベルが上がるにつれて余計にそう感じるようになった。
「確かに……レベルのわりに……っ。流星射撃っ!」
レベルで言えば空や海の中で戦って来たモンスターの方が高いくらいだ。それなのにHPは思った以上に減らすことが出来ないし、攻撃をもらうと想定より多くの体力を削られる。
今の一体を倒して依頼を達成したので一度背中の機械を起動して空中で会話を続ける。
「もしかして、コトリの……?」
「特殊魔力、か」
医者は彼女が特殊魔力を持っていると言っていたが、それがどんな効果を齎すものかまではわからないようだった。水面に浮かんだのは少なくとも今まで目にしたことのない波紋だったとのことだ。
或いはコトリのソウルは俺たちの能力値を強化するような効果を持っているのかもしれない。
「でも、味方だけを強化するなんて出来るのか?」
俺の特殊魔力は『他の特殊魔力に干渉して変質させる』ものだという推測だが、コトリの特殊魔力が『周囲の能力を底上げする』ものであるなら、カエデも強化されていたのだから、対象は『特殊魔力』に限らないはず。それなら敵も同様に強化されて然るべきではないだろうか。
「うーん……。コトリが無意識のうちに、私たちだけに対して…力を使ってたか……もしくは『核』じゃ、なのかもしれない」
「核じゃない?」
「コトリの……特殊魔力。ソウタのやつは、多分、魔力中核が……特殊になってる。じゃなきゃ、他の魔力因子の『性質』を……変えられないはず、だから。けど」
「あいつの場合は、魔力粒子や魔力媒体が特殊だってことか?」
俺の言葉にカエデは頷く。
「パーティーを組むと、魔力粒子の一部が……共有されるの。そうすることで……自防術や他の魔法に使う魔力を、節約することが出来るの。仲間の攻撃を……防ぐのに、その余剰魔力を使ったりしてるんだけど」
「つまり、コトリの魔力を共有していることで効果が発揮されていた可能性もあるってことか」
「そういう、こと。一定以上の距離が離れると…魔力の共有が出来ないから、効果が出てないのかも」
取り合えず全体的な能力値が下がっていることはきちんと認識した上で戦闘に臨まないと、いつも通りの攻撃力や防御力を期待していると肝心なところで足を掬われかねないってことはわかった。
「停止」
頃合いを見てMPを回復してからもう一度地上へ降り立つ。
「一閃重撃っ!」
魔法を使って、跳ねる案山子を攻撃するが相手もまだ倒れる気は無いようだ。いつもなら自分と同じくらいのレベルの魔物なら一撃魔法を当てるくらいで倒せることも多かったんだが。
「衝撃魔弾……っ」
カエデの矢を受けて怯んだモンスターに剣を突き刺し光へ帰す。
モンスターのドロップした麦わら帽子を回収する。俺たちが欲しいのはこれではなくて『案山子の骨』なのだが。ただの木の枝じゃあ駄目なんだろうか。
数体の魔物を退治して、目的のアイテムを八割方集めたところで背後から声がぶつけられる。
「おい」
威圧的な呼びかけに思わず振り返ると、数人の獣人種がこちらを睨みつけていた。
「……なんでしょうか?」
他人から敵意を向けられると言うのは何度やってもなれるものではないな。
腰に刀を携えた犬の獣人が台詞を続ける。
「貴様らがここ最近好き勝手してくれている人間種だな?」
好き勝手、というのは多少反論したいところだが人間種であるという部分に関しては否定できない。
「まあ、そうですけど」
「聞いていた話では三人組ということだったが、一人足りていないようだな」
「色々と事情がありまして」
「……それは良い。近頃、貴様らは町の者が出している依頼を遂行しているそうじゃないか。彼らも感謝していたぞ」
どこか的を射ない武士の発言に眉を顰める。意味も分からないままひとまず礼を口にする。
「ありがとうございます」
「それで。町民の信頼を得て、何が狙いだ?」
「狙いだなんて、そんな」
彼らの仕事は街の人々を守ることだ。疑ってかかるのは仕方のないことなんだとは思うが。
「海棲種にまでちょっかいを出しに行ったと聞いたが?」
たかが噂話だからどこまで信頼できるかはわからんが、と付け加える。
言い方には語弊があるが、内容的には残念ながら間違いはない。
「そして今はどこに向かっている?こちらは霊山の方角だと思うが」
妙な発言をする。魔物と戦闘しているところだけを切り取って、そんな風には見えないと思うが。
ただ、目的が割れているというのなら下手に隠し立てをするだけ状況を悪くするか。ここは正直に答えることにする。
「確かに、俺たちは霊山に向かっています」
「あそこには獣人種の『秘宝』が納められていることを知っていての事か?」
なるほど。そこまでわかっていて俺たちをつけてきたと言うところか。
「入山の許可なら貰ってます」
俺は殿さまの直筆で書かれた許可証を取り出して見せる。
「貴様ら……!」
どうやら逆効果だったらしい。
「既に殿にまで取り入っているとはな。この国の転覆でも狙っているか?」
「そんな、誤解です」
取り繕おうとする俺を「とにかく」と断じ、
「今までは上の命令もあって貴様らを放置してきたが、『秘宝』にまで手を出すというのであれば、俺たちとしてもこれ以上看過はできん」
「……だったら、どうするんですか?」
「本当ならこの警告で街に帰って欲しいんだが。何ならヤマトから出て行ってもらいたい。……が、その様子だと無理か」
相手も冷静さを失っている。話の通じる状況じゃないか。
「すみません。俺たちも、曲げられないので」
「……仕方ない、か」
嘆息した彼の言葉に反応して、相手側の他のメンバーも身構える。
獣人種の戦闘能力が如何ほどの物かはわからないが、人間よりも上であることは確かだろう。数の不利もある。レベルも俺たちより10くらい高いようだし、コトリの欠けた今、可能ならバトルは避けるのが賢明だ。
いくら身体能力が高いと言っても、空を飛んでいる相手を追っては来られないはず。
「――――
口を開いた俺が、
「させないにゃ☆」
起動キーを口にする前に目の前で声がして、バフッと言う音とともに視界を奪われる。息を吸い込んだ口の中に刺激性の粒子が舞い込み、呪文になり損ねた声が吐き出される。
読まれていた、か。
「ゲホゲホッ」
「何……っこ……!クシュンっ!」
涙目で抗議を試みる俺たちに、いつの間にか背後に移動していた声が答える。
「胡椒爆弾にゃん♡」
「ッ……!」
胡椒、とは……また古典的な。
とはいえ。
後ろからの攻撃を辛うじて受け流しながら考えるが、この状況はあまり、というか、かなりよろしくない。このままでは何も見えないどころか、一切の魔法を発動できない。
挟み撃ちにされる形で、振り返った俺の背中に向かって攻撃が迫る。
反応の遅れた俺の代わりにカエデが弓で逸らしてくれたらしい。体の真横に煙の中で鈍く光る槍の切っ先が現れた。
さらに、遅れて振り返った俺の斜め正面から光を帯びた刀が振り下ろされる。
俺はそれを受け止めながら息を止めて、目の前の敵を押し返すと肺に残った空気を使って目いっぱい叫ぶ。
「火炎斬撃っ」
自分を中心に円を描くように放ったそれが煙幕を焼き払う。
咄嗟の事だったからカエデに伝えるのも忘れていたけど、しっかり伏せて躱していた。もちろん炎に焼かれた分のダメージは負っているが。
巻き起こった爆発から敵が距離を置いているうちに背中の機械を動かそうと思ったのだが、酸素が足りない。遠のきかけた俺の意識を、鳩尾に叩き込まれたカエデの弓に繋ぎとめられる。
今度こそ息を吸い込んで再度呪文を詠唱しようとした目の前に、今度は狐の青年が複雑に手の指を組みながら走りこむ。
「遅いっ!」
彼の目が淡く光り、
「ッ……!」
気付いた時には腰のあたりに纏わりつく闇色の腕。何をおいてもこいつをどうにかしないと。
腕を引きはがすために自分の体もろとも剣で突き刺すと腕は霧散した。
「が、あ……!?」
痛みに耐えながら自らを貫いた獲物を引き抜く。
「ソウタ!」
声に反応して横を見ると、さっきの腕と同じ闇色の『何か』がこちらに手を伸ばしていた。
「うあああっ!」
反射的に武器を振るうが、ゆらりと避けられ距離を詰めてくる。次の瞬間、後頭部に鈍い痛み。
「しっかりして、ソウタ……っ」
傍らに立つ『それ』の姿を確認すると、弓を振り下ろしたカエデだった。
彼女は背中の装置を起動すると、俺の体を持ち上げようと腕をつかむ。しかし、やはりカエデの力では男の俺は浮かび上がらない。
「カエ、デ?」
さっきのは幻か何かを見せられていたということか。
敵の術中に嵌っていたとはいえ、カエデに斬りかかるなんて。
「起動!」
俺も惨めさを噛みしめながら輝翼に呼び掛けて羽を顕現させる。
「逃がさない!横一閃撃!!」
驚異的なジャンプ力で迫った獣人が薙刀を振るう。
剣で何とかいなすと、続けてくないが飛んでくる。カエデの矢で弾かれたそれは空中で爆発し、爆風に煽られながら攻撃の届かない範囲まで高度を上げる。
さっきまでは途中で何度か降り立って魔物を討伐しながら進んでいたから追い付かれたが、このまま霊山まで直行すれば逃げ切れるはずだ。
身体能力の高さを納得させる速度で走る獣人種たちを尻目に、俺たちは翼への出力を上げた。