交渉 Lv2
自信満々の台詞に、女王は続きを促す。
「お聞かせ願えますか」
あまり期待されると、言い辛くなってくる。とは言え、ここまで来て言い渋る訳にはいかない。
端的に結論を口にする。
「多種族同盟に加盟してください」
自分でもとんだことを言っている自覚はあるが、コトリ以外のその場の全員にポカンとされると流石に少々不安になる。
その憂い振り払うように、更に言葉を紡ぐ。
「ゼナさんはヤマトへの圧力をやめた後、他の海棲種から敵意を向けられることを恐れているんですよね?組合を組織して『同盟』の庇護下に入ればその心配はなくなるはずです」
「しかし、『同盟』がそれを受け入れるでしょうか?」
ごもっともな疑問だ。『同盟』に参加するということは魔法技術の提供も意味する。土精種の前例もあるし、信頼の置けない相手をそう簡単に加盟はさせないだろう。
「だから、獣人種組合として加盟するんです」
「どういう……?」
「この国で組合を作り、それを獣人種組合の支部にするんですよ」
獣人種、少なくともヤマトに住む者たちにとっては、断る理由はないはずだ。海洋の自由をある程度取戻し、それどころか海棲種が味方に付くというのだから。
組合の方も可能性がゼロなわけではない。渡航許可なんてものは片方だけが出したところで意味などないわけだし、町に入った俺たちに干渉してこなかった。協力こそはなかったが、防衛の任を負うはずの彼らが全く対応してこないということは、歓迎こそされていないが容認はされているということだろう。
新たな種族を同盟に受け入れるとなるとハードルは高いかも知れないが、支部を一つ増やすというだけなら幾分簡単なのではないかという安直な発想ではあるが。
「そんなことができるのか?」
口を開いたのはカティアさん。
そう。問題はそれだ。他種族を自種族の組合に加盟させるなんてことが認められるのか。組合や『同盟』のそういったルールみたいなものにはあまり詳しくはない。
俺に代わってコトリが口を開いた。
「不可能じゃないと思うよ。前例もいくつかあるし」
「そうなのか」
「分布が散らばってる種族も結構いて、その種族内でも『同盟』につくか『連合』につくか、それとも無所属かで対応がバラバラなところもあるんだよ」
そう言えば『同盟』は組合を構成する5つの種族に『いくつかの種族を加えたもの』、だったな。
『同盟』に協力する種族には魔法技術を提供する代わりに資源などの見返りを要求しているらしい。
「不可能じゃないなら、あとは交渉次第で何とかなるはずです」
この要求を呑めばヤマトは海棲種からの搾取を受けずに済むようになる。説得材料としては大きいはずだ。王女にそう伝えると、渋い表情を浮かべた。
気持ちはわかる。今まで嫌々とは言え、脅しをかけてきた立場だ。今さらそれを盾に交渉するというのは気が進まないのだろう。
「どちらにしても、圧力を止める、というだけでは獣人種全体を納得させるのは難しいでしょう。『同盟』に海棲種が加わることのメリットを提示できるようなものを提示しなければ、突っぱねられる可能性もあります」
魔法技術の提供にはどうしても『流出』のリスクが伴う。危険を冒すに値するだけの利点と、裏切らないという説得力が必要だ。
「あ、そうだ」
思わず声を出した俺に視線が集まる。「物品取出」と唱えて、取り出した物を見せる。
「これなんかどうですか?」
眉を顰めたのは正面の三人。
「お前、それは」
王女に渡すために俺が預かっていたものだが、すっかり忘れていた。
「はい。水流原石です」
頷いて、それをゼナさんの前に置く。
「あなた、国の秘宝を差し出せというの?」
続いて突っかかったのはサフィラさん。口下手なせいで無駄に場をかき乱してしまった。
慌てて弁明する。
「もちろん、そんなつもりはありません。これは、多分、特別強い力のあるものだと思いますが、水流原石自体は他にもありますよね?」
イカを閉じ込めていた結界もその石を使っていたし、国自体や、この城を守っている結界も水流原石によるものだろう。
俺の真意を理解した女王が言葉を発した。
「つまり、水流原石の輸出を条件にする、と?」
彼女の達した結論に、首を縦に振る。
「確かに水流原石はこの辺りではそう珍しいものでもありません。他種族へ輸出などもしたことがないので陸地での希少価値は高いかと思われます」
「それなら交渉材料として問題は無さそうですね」
「陸の奴らは変わったものを欲しがるんだな」
「海に住んでいる私たちならともかく、あまり使い道はないと思うけど」
双子の言葉に反論したのはカエデだ。
「そんなこと、ないと思いますよ」
「「?」」
「今は、船を動かすのに…人力で漕ぐか、スクリューや水を魔法で動かすか……そんな方法で動かしています」
「なるほど。より効率的に船を運用できるようになるわけね」
「それに、この石を使えばある程度、水中での自由を得られます。仮に裏切っても、水中戦において海棲種の一方的な有利にはならない」
補足した俺にカティアさんが食い下がる。
「陸を這う奴らがこんな石ころを使ったところで私たちと対等な立場に立てるとでも?」
「そう思わせることができればそれで良いんですよ」
俺たちは彼女たちを目の当たりにして、ついでに剣も交えているからわかるが、陸にいる殆どは彼らの実態を知らない。これで対等だと思い込ませられればそれでいい。
「あとっ」
コトリが少し身を乗り出して、
「人間の技術力をあんまり甘く見ない方がいいよっ」
彼女は嬉しそうに綺麗な緋色の目を輝かせている。
「アガサちゃんは凄いんだからっ!」
「誰だ、そいつは?」
「知り合いの……発明家、です」
他の種族の事は知らないが、人間は持つものが少ない代わりに今あるものを活用するのは得意分野だ。アガサに限らず優秀な研究者も多いだろう。
「それなら、私たちも超えられないように鍛錬をしなければなりませんね」
こちらの様子を見て、ゼナさんは失笑交じりにそう返した。
彼女はふっと王女の顔に返ると、話を本筋へ戻す。
「あとは交渉の方法についてですが」
「あ……」
完全に頭から抜け落ちていた。彼女たちはもちろん水から出ることは出来ないし、だからと言って海中に獣人種組合の人間を呼んでもおいそれとは来てくれないだろう。
「……えっと、獣人種との話し合いは何度かあったんですよね?」
「あまり気は遣わなくて構いませんよ。私のしてきたことは事実ですので」
俺の言葉をそう受けて、
「獣人種への圧力交渉の際には書簡でのやり取りを行っていました」
「書簡、ですか」
「海棲種の中にも少しの間なら陸上で呼吸が可能な者もおります。ですから、その者に書簡を届けさせていたのです」
「わかりました。それなら俺たちがその書簡を持って行きます」
「あなた方が?」
彼女はわずかに表情を曇らせる。まだ完全にこちらを信用しているわけではないのだろう。まあ、当たり前ではあるし、国を束ねる王としては正しい姿勢だと思う。
「書簡があれば向こうも俺たちの話を聞いてくれるはずです。それで何とか直接交渉を出来るように取り付けたいと思うんです」
それでも不安げな様子の彼女を正面から見据えて、
「俺たちに託してみてくれませんか?」
柄でもない上にかなり大きく出たことを言ってしまった。少し後悔したが、王女の心を動かすことには成功したらしい。
彼女は頷くと、
「わかりました。私たちの『未来』、あなた方に委ねたいと思います」
何だかいつの間にか、随分重たいものを背負うことになってしまったな。
でも、これが。
俺自身の選択で進んできた道だ。なら、迷う必要なんてどこにもない。