決戦 Lv4
「起動っ!」
背中に背負った機械を再度起動し、二階から見下ろすバシルに向かって進む。
老人が腕を振るう。水流を使った攻撃は目には見えないが躱す気もない。俺の後ろからカティアさんの放った水流がそれを相殺する。構わず進む敵に対して今度は蓄えた電気を放つが、横合いから飛んできた複数の矢に誘導されて海中に散る。バシルを直接狙った射撃は後方に下がることで避けられてしまったが、問題はない。
「強力斬撃ッ!」
放った本命の攻撃はもう少しのところで横に回避されてしまう。水中ではかなり動き辛そうな格好の割に、思ったより素早い動きをする。彼は俺の横腹付近に手を伸ばす。流石にこの近距離では避けようもないし、援護攻撃による相殺など言うべくもない。体に衝撃が走り、二階の床を転がされる。装置も衝撃で切断された。
長老に向かって放たれた援護射撃も生み出された水流によって防がれてしまった。
「まずは、あなたから始末させてもらいましょうか」
泳ぎよってくるその手には倒れた兵士から奪ったと思しき槍が握られている。水の防壁で飛び攻撃を防ぎながら迫る男に対処するために体勢を立て直しながら距離をとる。このまま通路に駆け込んでしまう手もあるにはあるが、こいつをどうにかしないことには結局根本的な解決にはならない。きっぱりと諦めてもらわなければいけない。
「何でお前はそこまでする?」
意味のない質問かも知れないが、聞いてみたくなった。策を弄し、部下たちまでも巻き込んで戦おうとする理由を。これだけの力を持ちながらに今まで使わなかったからには、これは最終手段。彼自身にも、それなりのリスクを伴っているはずだ。
「この国の、いや、海棲種が築いてきた『伝統』とやらがそんなに大事か?」
彼は答えないままに迫る。あまり近寄られるのも不利だが、攻撃をしない時間を与えるのも得策ではない。
突っ込む。
腕を振るい水流を生み出すが、俺も考え無しに飛び込んだりはしない。この距離ならまっすぐ俺を狙ってくるはずだ。それなら対処のしようもある。
「空気振動!!」
本来ならば空気を、この場合は海水を振動させる攻撃を、タイミングを見計らって振るう。撃ち出された水流を拡散させることには成功したようだ。続けて長老が電気を発生しようとしたところに矢が飛来し、彼はその攻撃を喰らわないために跳び退った。さらにサフィラさんも攻撃に参加して銛を投擲する。さらに後退。俺を睨んで大きく腕を振ると、水が揺らぎ次の瞬間には壁に叩きつけられていた。
バシルはその好機を見逃さずにこちらに迫ってくる。さっき撃とうとした電流もまだ蓄積されている。守ってくれたカエデには悪いが、あまり溜められる前に放出させたい。水流も、大技を放つにはそれなりに振りが必要と見える。ここは『攻撃は最大の防御』の理屈で攻めよう。輝翼を叩き起こして近づいてくるバシルへ距離を詰める。下手に攻撃をしない方が良いと踏んだか、俺を間合いまで向かい入れ、槍で攻撃を受ける。
「……海棲種の『伝統』ははるか遠く昔から続いてきたものだ」
絞り出すように呟く。
「ワシがこの国に生まれ育ち、王に仕え、長老となって、尚。それだけの時を経ても変わらなかったものだ。それを、よそ者が簡単に変えられると思うな!」
攻め急ぎすぎた、と思った時にはもう遅い。
ゼロ距離での電撃。来ると分かっていても回避できるものではない。まともに直撃を貰い、声を上げる暇も与えられず意識を失った。
後頭部への衝撃で目を覚まし、すぐに飛んできた銛で殴られたのだと気付く。容赦はないがありがたい。
しかしその僅かな隙で生み出された水流に押し流されて壁に背を押し付けられる。間髪を入れずに飛び込んできたバシルの槍を身を捻って、間一髪。
「一閃重撃っ!」
壁を叩いて、反動でバシルの横をすり抜ける。背後に回り込み攻撃に転じようとしたところに水の渦を押し込まれ床に背を打つ。
「翔躍!」
真横に逃れた俺にバシルの槍が追いすがる。電流を使わないのは、防御のために水流を操っているからか。水流操作を他の動作と並行できないのは彼も同様らしい。二階から飛び降り、水中を逃れながら俺は槍を弾いて言葉を返す。
「あんたがどれだけこの国のために尽くして何をしてきたのか、俺は知らない。その行いが何人を傷つけ、何人を救ったのかは知らないし、知ったことじゃない」
要するにあれか。自分が守ってきた国の歴史を、生きてきた証を壊されるのが気に食わないのか。
「でもな。過去は過去だ。そんなものに捕らわれて、現在を、未来を生きようとする奴を縛りつける権利は誰にもねぇんだよ!」
「そんなもの、だと?」
怒りと、覇気を纏った言葉を放った。
「ワシの……『彼』の……やってきたことを。『過去』などと言う簡単な言葉で片付けてくれるな」
『彼』。誰だろうか。
バシルは怒気を水中に迸らせる。
うねる水流が両肩に咬みつき、入り口のロビーに叩きつけられた。
「『あのお方』はッ!自らを犠牲にまでしたんだ!!それでも変わらなかったっ!!」
……変わらなかった?
バシルは勢いよくこちらに迫る。
「それをッ!!!」
バチリと空間が閃く。次を喰らうのはいくら何でもマズい。飛び退こうとするが間に合わない。
「貴様らなどに変えられて堪るかぁああああああ!」
自らに向かう攻撃すらも呑み込みながら雷撃が俺に食らいつかんとする。
が。
その牙は直前で止まった。
いや、止められた。
「断層防壁っ」
やっと全ての兵士を避難させて戻ってきた少女によって。
霧散した光の向こうでバシルは驚きに表情を歪める。
「な……ッ」
「私の事、忘れないでよねっ」
どちらかと言うと忘れてもらう目的で俺が派手に動いてたわけだが。
「まだ、邪魔をするか!?」
「あなただって、それを望んでるくせにっ」
コトリの言葉に図星を突かれ黙り込む。
そうか。……そう言う事か。さっきの妙な発言の意味を理解する。
「あんたも、立ち向かったんだな」
きっと、『あのお方』とやらと一緒に。でも失敗した。そして『彼』は『犠牲』となった。そこまでしても変えられなかったものを、急にやってきたどこの馬の骨とも知れない異邦人に変えられるなんて許せない。……そんな所か。
「そうだ。変えようとした……だが!決して変わらないものがあるという事を知っただけだった。この国の伝統を変えるのは『彼』でなければ、『彼』とワシでなければいけないんだ!!」
「本気で言ってんのか?」
「うるさいッ!」
飛んでくる槍や矢を、意図的に俺に向けて弾く。
「転移反動っ!」
衝撃が飛来物を打ち落とす。水流を操作して衝撃を殺しているのか、バシルは煽りを受けることなく平然と立っている。
「くだんねぇ意地、張ってんじゃねえ!!」
装置を起動し、長老の周囲を覆う水流の壁を空気振動で払い除け肉迫。さらに魔法を発動する。
「一閃重撃!」
受け止めようとした槍を力ずくで弾き飛ばし、手元に手繰り寄せられる前に、槍の飛んだ先にいたコトリがキャッチして空間移動でどこかへと転移ばした。
「流星射撃……っ」
電撃を発しようとしたバシルをカエデが牽制。万策尽き、続く俺の攻撃を躱そうとした足元をコトリが凍り付かせる。
「かぁッ!」
あと一歩のところで老人の手が腹に触れる。水流の爆発。後方へ大きく吹き飛ばされる。
「くッ……あああ!!」
ここで態勢を立て直させるわけにはいかない。
「起動!!」
背負った機械に命令を飛ばして無理矢理に進行方向を前へ戻す。
「あんたや『あの方』とやらの理想がいくら立派でも、それで他者を縛り付けていい理由にはなれねぇんだよ!全部ひとりで背負おうとしてんじゃねぇよ!!独りで何でも出来るとでも思ってんのか!!!」
「ふ……ざけ……ッ」
バシルの周囲が歪む。渾身の力で海流の壁を生み出しているのだ。全ての攻撃を弾き、足元の氷も引き剥がす。
「空気振動っ!」
分厚い壁に刃を立てて削りながら前進。バシルが迫る俺にゆっくりと腕を向ける。また水流で吹き飛ばす気か。
そこに、水流の壁を貫いて槍が飛来した。放ったのはカティアさん。それを後退して避ける長老だが、こちらを阻む壁と、俺に撃とうとした攻撃は消される。
このまま押し込む。
バシルの額のあたりがバチリと閃き電光が奔る。しかし、それも虚しく、今度はサフィラさんが長老の足元に放って突き刺した銛に吸われた。
「行け!!」
双子の声を背に受けて、長老は目の前。
「認めろよ。…お前には無理だ」
「まだだ……ッ」
バチンッ――!
電撃が体を撃つ。体を内側から引き裂かれるような痛み。
さっきのは電撃を使い切ったと思わせるためのダミーだったってのか……!?
バシルは傍らに突き立つ銛を水流で持ち上げると感電で動けない俺を貫き、仰向けの状態で部屋の中央に縫い止める。
「ぐ……っあああああああ!」
「残念だったな」
遠距離攻撃は水流で弾かれ、電撃は効かない。サフィラさんやカティアさんも水流の操作でバシルを上回ることが出来るかは怪しい上に、電撃を一度でも喰らえば危険だ。俺を無力化すればほぼ長老に負けはないだろう。
「……確かに、残念だよ」
胸を貫かれた痛みに歯を食いしばりながらバシルを睨みつける。
「この程度で勝利を確信できるお前がな」
「強がるな。死にかけは黙って死んでろ」
遠ざかりながら老人が腕を振り上げ、天井からぶら下がっているシャンデリアが揺れる。そして、鎖が切れたそれは俺に向かって一直線。
轟音と衝撃。
鋭利な鉱石を装飾された重量物が俺を押しつぶした。体を突き刺す無数の苦痛が感覚を支配し、巨大な照明の影と舞い上がった砂埃が視界すら埋める。
「そ……ソウタっ……!」
微かにカエデの悲鳴めいた声が耳に届く。彼女には心配をかけてばかりだな。
一番の脅威と言える相手を始末した長老は続いてコトリの方へと向かって躙り寄っていく。決して油断する事無く、僅かに残った敗北の可能性をゆっくり握り潰しながら前に進む。
俺は痛みに耐えながら体貫く銛から体を引き抜き、シャンデリアの破片を押し退ける。
骨組みの影を静かに擦り抜けながら、コトリへ近付こうとしているバシルの背中を捉えた。一度剣を手放し、光を乱反射する鉱石を掴むと魔法を発動。
「強力斬撃!!」
魔力を変換した運動エネルギーを受けて加速した破片を手放すと、勢いのままに長老へ飛来する。俺の声に驚いたように振り返る彼の左肩へ突き刺さり、靄のように赤い液体が海水に広がる。
「な……ぜ……!!」
それには答えず、置いていた剣をもう一度握りなおす。
飛行装置を起動して照明装置の残骸を蹴る。
「安心しろよ。あんたらの願いは、俺たちが継いでやる」
老人に、そう言葉を手向け、
「強力斬撃!」
剣を振るう。
使うのは刃ではなく、持ち手。切っ先を『先端』と呼ぶなら、『末端』とでも呼ぶべき場所を彼の顎に叩き込む。
海水に優しく抱かれながら、彼はゆっくりと床に倒れた。