ストーリーモード Lv2
「ふざけないでっ!」
まぁ、そうなるよな。
カエデの家にて、事情を説明した俺たちはカエデの母親に怒声を浴びせられていた。
「コトリちゃん、『魔王を倒す』だか何だか知らないけど、お願いだから危険なことにうちの娘を巻き込むのはやめて」
「でも」
「カエデは私たちの大切な、たった一人の娘なの。だから、お願いよ」
反論しようとしたコトリを振り切って彼女は続ける。そして俺を指さして、
「冒険ならそこの男の子と行けばいいでしょ?そのために遠い村から連れてきたんじゃないの?カエデの代わりに連れていくために」
カエデの母親にはほかの人に説明したのと同様、『遠い村の知り合い』と紹介をされている。
コトリは彼女の主張に異議を唱える。
「違います。私は、この三人で冒険に行きたいんです。勝手に冒険者登録をしてしまったことはごめんなさい。でも……っ」
「いい加減にしてっ!!」
さらに続けようとするコトリをカエデの母親が遮る。
そして今度はわが娘へと語りかける。
「カエデ、あなたももう、こんなことはやめて?魔王を倒すなんて、そんな馬鹿げたこと」
「馬鹿げたことなんかじゃ、ないよ」
「ねぇ、聞いて?私たちはあなたに危険な目に遭ってほしくないのよ」
「それでも私は魔王を倒すために冒険に出たいの」
「どうしてわかってくれないの、カエデ!?」
思わず声を荒げた母親を睨み付けてカエデも叫び声をあげる。
「わかってくれないのはママの方じゃないっ」
彼女は立ち上がり、
「もう、知らないっ!」
「カエデっ!」
母親が止めるのも聞かずに家を出て行ってしまった。
「あ、まって、カエデっ」
コトリも後を追って出ていく。俺も立ち上がってカエデの母親に頭を下げると、後を追った。
カエデの家の外に出ると、家の横、道の脇にある芝生の上にカエデは三角座りしていた。コトリもその横に立っている。
「ごめんね、カエデ。私がうまく説明できなくて」
申し訳なさそうに言うコトリに、カエデは首を振る。
「ううん。コトリは悪くないよ。ママが、わからずやなだけ」
そうは言うが、カエデの両親が心配するのも無理はないのではないだろうか。そう伝えると、
「ソウタさんの、ご家族も……心配、してるんじゃ、ないですか……?」
ソウタ『さん』という呼び方と敬語に少し距離を感じながら、俺は『向こうの世界』に残してきた未練の一つを思い出す。
「どうだろな。俺には弟が一人いるし、食い扶持は少ない方がいいんじゃないか?」
「そんなこと、ないです。きっと……すごく、心配してます」
俺たちが会話を始めたのを見てか、コトリは「ごめん、私カエデのお母さんのところに戻るね」と家の中に戻っていった。
確かに急に出ててしまったし、彼女を一人にしておくわけにもいかないだろう。
カエデの横に腰をおろして彼女に語り掛ける。
「そう思うなら、カエデの親の気持ちもわかるんじゃないか?」
俺の台詞に、カエデは顔を伏せて返す。
「でも、それでも、私は……魔王を倒したいんです。倒さなきゃ、ダメなんです」
「どうして、そこまでこだわるんだ?」
彼女の必死な様子に思わず問いかけると、カエデはポツリポツリと話し始めた。
「……私のパパは、行商をしてたの」
行商を……していた?
「でも、魔王が現れてから、魔物が狂暴になって……」
「そいつらが村を襲ってる、とかか?」
「いいえ。村や、街には、ギルドが結界を張ってて……魔物は、中に、入っては来れないんです」
ただ、とカエデは続ける。
「村の外に、なかなか出れなくなって。組合の冒険家さんに、警護の依頼を出したりも、してたんですけど……冒険家の人員不足も、深刻で……」
いよいよ商売が成り立たなくなった、というわけか。
「今は、村のはずれで、小さな仕事をしたりして、何とか……稼いでるんですけど、生活が厳しいのは、どこも同じで……そろそろ、ママも、仕事を探そうとしてるみたいで。村の人たちもみんな、明るくふるまって舞いますが、生活に……不安を抱えて、いるんです。」
村の外との取引は組合によるわずかなもので何とか成り立っている現状らしい。物価も上がってきているとか。
「だから魔王を倒してみんなを助けたい?」
「……そう、です。ママやパパを、村のみんなを……助けたいんです」
わずかな沈黙が下りる。再びカエデが口を開く。
「コトリも、さっきは、あんなことを言ってましたけど……きっと、そういう理由も、あると、思います」
『あんなこと』――「面白そうだから」ってやつか。あいつも無理をしているのかもしれない。
「理由を、どうして冒険家になりたいのかを、ママに言ったことはあるのか?」
「言えるわけ、ないじゃないですか……」
俺の質問に、彼女はまた顔を下に向けて呟くように言った。
「どうして?」
「だって、余計に心配されます。余計に、苦しませます。自分たちのせいで、私が、危険を冒そうとしてる……なんて、知ったら」
そんな発想、思いつきもしなかった。カエデは俺なんかよりずっと、物事を深く考えられるんだろう。だからこそ、ちゃんと彼女の両親を納得させられる方法を考えないとな。
そのあと、家から出てきたコトリに促され、カエデは中に入っていった。
「こりゃ、大変そうだな」
パタン、と閉じた扉を見つめて、俺はため息交じりに呟く。
「そうだね。でも、あきらめないよ」
だって、と。
彼女はどんな困難も弾き飛ばすような笑顔で告げる。
「私は、ソウタと、カエデと三人で冒険に出たいから!」
そんな彼女を見て、俺も思わず口許が緩む。
「そうか」
*
「ソウタ、私と一緒に寝ようよ」
「……いや、それはダメだろっ」
コトリの家に戻り、晩御飯をもらった後にコトリが発したセリフを俺は慌てて打ち消す。
「えー、いいじゃん」
女の子の部屋で一晩を過ごすなんて、いいわけがない。
「でも、うちには空いてる部屋なんかないし」
「リビングで寝るよ」
『この世界』の気候がどんな感じかは知らないが、俺がいた『向こうの世界』と同じくらいに感じたから大して寒いというようなこともないだろう。
「いいじゃない。コトリの部屋で寝たら」
夕食のかたずけをしていたコトリの母親が口を挟んでくる。
「お母さんまで、そんなこと言わないで下さいよ」
「言ったでしょ?コトリにはいろんな経験をしてほしいって」
「どんな経験ですかっ!?」
*
結局、風呂に入らせてもらった後、もう一度制服を纏った俺はコトリの母親に『コトリ』と言う札がかけられた扉の向こうに押し込まれた。
「ちょ、ちょっと……っ」
意外に力の強い彼女にあらがうこともできず、部屋の中に入らされてしまった。
「あ、ソウタ。やっぱり私と寝ることにしたんだ」
「ああ、まぁな。って、おい!」
呼びかけられた方に視線をやると、ベッドの上でパンツ一枚だけを身に着けたコトリの姿が目に入った。あまりに自然に話しかけてくるから気付くのが遅れた。
慌てて部屋を出ようとするが、ドアノブが回らない。お母さんの仕業だろう。何考えてんだ、あの人!?
「コトリ、とりあえず服を着てくれっ」
仕方なくコトリから目をそらしながらそう声を上げる。
「ごめんごめん。今着替えてるところだったからさ。すぐに着るから」
なんでもいいけど少しは隠したらどうなんだ?ていうかなんで『上』着けてないんだよっ?
「だって私、まだ着けるほど大きくないもん」
何も口にしていないつもりだったが、コトリから返事があった。うっかり漏れていたのかもしれない。気を付けないと。
着替えをしている女の子をまじまじ見るわけにもいかないので、部屋を眺めることにする。……部屋をまじまじと見るのにもかなり問題がある気もするが。
入口から向かって正面に窓が一つ着いた部屋には大してものもなく、壁に埋め込まれたクローゼットに、机、後はベッドくらいのものだ。床にはピンク色の柔らかな絨毯が敷かれている。
「いいよ、ソウタ」
やっと着替えを終えたコトリは絨毯と同じようなピンク色のパジャマを着たコトリがこちらに呼びかける。
「ソウタは着替えないの?」
「ほかに服なんか持ってないからな」
通学中にいきなり『召び喚された』んだ。着替えなんか用意しているわけがない。
「そっか……。じゃ、寝ようか、ソウタ」
ベッドに寝転がったコトリが掛け布団をまくり上げて、空いたスペースをトントンと手で示している。
……ええと。同じ布団で寝ろと……?
「いや、それは流石にまずいって!」
「えー、なんで?」
なんでって……。どこまで無頓着なんだ。育てた人の性格がおおらかすぎるのが問題なんだろうか……?
「とにかく!俺はカーペットで寝るから。暖かそうだし」
「え、でも……」
まだ食い下がろうとするコトリを無視して俺は部屋の明かりを消す。
「じゃ、おやすみ」
「……うん。おやすみ、ソウタ」
街灯などの明かりの少ないこの村では、電気を消すと窓から差す光もあまりなく、ほとんど真っ暗になった。
暗闇の中、少し不満げなコトリの声を聴いてから、俺は床に横になった。
*
バタバタという物音で、俺は目を覚ました。
大勢の足音。
何かがぶつかりあうような音。
叫びあう声。
悲鳴。
真っ暗なはずの部屋の中には窓からわずかな光が差し込んでいる。
……何か、あったのか?
「何かあったのかな?」
俺と同じく目を覚ましていたらしいコトリが、俺の心情を代弁する。
窓の外の喧噪、その一部が耳に入ってくる。
「盗賊だ!……くそ、組合の奴らは何をしてるんだっ?」
「とにかく、村の人たちを避難させるんだ!」
窓の外からそんな声が響いてくる。
盗賊……?
その言葉を聞いたコトリがクローゼットから紺色のパーカーをパジャマの上に取り出して羽織ると、部屋を飛び出していった。
「おい、待てよ、コトリ!」
俺もそのあとを追って部屋を出る。
靴を履いて家の外に出たコトリはそのままどこかへ走っていこうとする。
「待てって!どこに行くんだよっ?」
「組合の倉庫に行くの!武器を借りるんだよ!村を守らないと!!」
言うが早いか、コトリはもう一度走り始めた。
盗賊があちこちの家に押し入ろうとしているのを尻目に俺たちは組合の倉庫にひた走る。どうやら建物にも何らかの魔法がかかっているらしく、簡単に入ることはできそうにない。もうしばらくは持ってくれるといいのだが。