決戦 Lv3
やっと帰ってきた城門の前で、再び門番に止められた。
「お前ら、それは?」
この場合、『お前ら』というのはカティアさんとサフィラさんを指していて、『それ』が俺たちを示している。
「外に連れ出すところは見ていないが」
それはそうだろう。バシルは秘密裏に俺たちを『処理』するために城壁を乗り越えてここを出たのだから。
「色々と事情があってね」
「悪いが急ぐんだ。通してもらうぞ」
女王の傍に置かれていることもあってかそれなりの立場と権限を得ているようだ。門番は釈然としない表情を拭いきれないままに門を開けて俺たちを通した。
城の建物に正面玄関から入ると、入口を見渡すようにする廊下のある広間に迎えられる。広場の中ではウェディングケーキのような巨大シャンデリアが光を放っている。本来ならば中央あたりに二階へ続く階段でもあるのだろうが、水の中に沈むこの建物においては無用の長物だ。階段が存在すれば、それを上った先辺りであろう場所に長老が立っていた。
「やはり、あなた達でしたか」
俺たちが来るのを分かっていたかのように言葉を投げおろす。
「長老さん。こっちも来ると思ってたぜ」
だからこそ、わざわざ正門から堂々と入ってきたんだ。きっと何らかの形で敷地内への出入りを監視していたんだろう。
「何故あなた方がここに居るのかわかりませんが」
「おいおい、俺たちがあんな軟体動物にやられる訳ねーだろ?」
怒りを纏った二人の海棲種が前に出てバシルに言葉を放つ。
「くそジジィ。お前のしたことは全部わかっている。私たちの邪魔をするな」
「これ以上、ゼナを縛り続けることは許さないわ」
老人は俯いて口を閉ざす。
観念したのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
「ふむ……」
小さく息を漏らすと顔を上げて言い放つ。
「その言葉、『反逆』と捉えても良いのですかな?」
彼はこちらの返答を待たずに続けて高らかに声を発した。
「者ども、反逆者を捕えよ!抵抗する場合は殺しても構わん」
号令と同時に通路の向こうから槍を持った魚人が何人も現れる。あっという間にこちらを取り囲むと、得物の切っ先をこちらに向けた。バシルの息がかかった兵士たちか。
「……これは、良くないな」
「さて、どうするのかしら?」
俺は隣のコトリと目配せをし、頷く。
「行くぞ」
その言葉を合図にコトリが動き、同時に相手の兵隊が襲い掛かる。カティアとサフィラの背後に回ったコトリが彼女らの背中に触れて唱えた。
「空間移動っ!」
そして、銛が届く前に俺は背中の機械を起動させて二人の少女の手を取ると天井に向かって浮かび上がる。カエデはいきなり吊り上げられて驚いた様子だったが、コトリは相手が次の動きを見せる前に杖を下に向けて魔法を発動させる。
「雷撃射撃!!」
バチィッ!
激しい音と光。視界が開けた時には全身に軽く火傷を負った海棲種たちが水中に浮かんでいた。
「ちゃんと手加減したんだろうな?」
床に降りながらコトリに問いかける。
「大丈夫……多分っ。死んではないはず」
ほんとに大丈夫なんだろうな。
「生きては、いるみたい。心臓は……ちゃんと動いてるよ」
この距離から心音を聞き取っているのか、カエデがそう述べた。適当なことを言う奴ではないし、彼女がそう言うなら問題はないんだろう。
「なら、先に進もう。……構わねーな?」
輝翼でそのまま進み、目の高さを合わせると、行く手で身を硬直させている老害を睨み付ける。まだ邪魔をする気なら実力を行使する必要性もあるだろうが、流石に老体に電流を流すのは気が引ける。
「ぐ……」
悔しそうに歯を噛み締めるバシルの背後から二本の武器が覗く。そんな所に転移させられていたのか。
絞り出すように、長老は言葉を紡ぐ。
「ワシの行動は独断ではない。これは査問委員会の総意だ」
「査問委員会に、女王の客人をどうこうする権限はないだろう」
「確かに、委員会の査問対象は王族だ。しかし、その女王が国を揺るがすテロリストを抱えているとしたら懲罰の理由として充分だろう?」
「彼らと私たちが、そのテロリストだとでも言いたいのかしら?」
「いいや。それが『事実』だ」
あまりにも押しつけがましい主張に、二人は言葉を失った。
「まだ俺たちとやる気かよ、爺さん?」
呆れ交じりに溜め息を吐きだし、台詞を口にする。
「ここまでやられっぱなしの癖にまだ勝てるつもりでいるのか?」
俺の言葉を受けて彼はキッと目を剥く。その瞳の奥からは未だ意志の光が消え去ってはいない。
怒りか、あるいは使命感にも似た何かに震える声でバシルは告げる。
「……だとしても」
水がわずかに揺らめいた。
「お前たちを通すわけにはいかんのだよ」
「ソウ……ッ」
飛び出したコトリの声をかき消して、バシルを中心に大きな渦が巻き起こる。自分の油断を呪う間もなく奔流に呑み込まれ身体が宙を舞う。途中までは、共に流れに捕まったコトリやカエデ、気を失った海棲種兵たちが見えていたが、目が回るような動きの中で見失ってしまった。結局洗濯機の中で回される服の気持ちを味わうことになったな、などと思っていると二階の廊下にある、落下防止と言うよりは装飾のためであろう手すりに、背中から『これでもか』と言う勢いで衝突した。
「が……ッ。あああぁ……!?」
肺の中の空気をすべて吐き出したような頃合いで海流の暴力が収まり、手すりに押さえつけられていた肉体が解放される。
フラフラと水底に降りた俺に、カティアさんが近づく。
「おい、無事か?」
「ええ、ありがとうございます」
手を差し伸べてくれたカティアさんに礼を述べて、エントランスに降り立った俺達は二階の老人に視線を移す。
「あの爺さん、やってくれやがる」
輝翼を起動し、そちらに向かおうとする俺を彼女の声が引き留める。
「待て」
こちらを視界の端で捕らえたバシルは近寄ろうとする者を寄せ付けまいとして更なる攻撃に及ぶ。
驚いたことに、
視覚と聴覚を埋め尽くさんばかりの閃光と轟音。
長老は俺に向かって電撃を放ったのだ。今回はカティアさんの投げた銛に誘導されて床を焼いたが、腕を引っ張られていなかったら今頃あの光の渦中に飛び込んでいたところだ。
「な……っ!?」
「バシルは体内で電気を作り、それを操ることが出来る。下手に近寄らない方が良い」
水流を操り、電流まで使うなんて。思ったより厄介な相手のようだ。その特異体質ではおそらく雷撃もあまり効果はないだろうな。
警戒して足を止めたこちらに、今度は腕を振るう。
再びカティアさんに腕を引かれ真横に回避したが、自分が受けた攻撃が俺には見えていなかった。
「水流の攻撃ですか?」
「ああ。私たちは水の流れを感じることが出来るが、人間では躱せないか」
確かに目に見えない攻撃を避けるのは簡単なことではない。ただ、あちらも全くの予備動作無しと言う訳でもなさそうだし、よく見ていれば不可能という事はないだろう。それでも出来れば彼女たちの援護が欲しいな。離れたところにコトリとカエデ、サフィラさんも見える。広間の隅にはぐったりとした兵卒たちの身体が転がっている。
人差し指で水中で円を描き、その中心に点を打つ。
『コトリ、海棲種の兵士たちを頼めるか?』
『わかったっ』
『カエデは電撃を防いでくれ』
『了解……!』
二人に指示を出して、今度はカティアさんに声を掛ける。
「すみません、水流の攻撃を防ぐことはできますか?」
「いや、それなら私が突っ込んだ方が速い」
水の中でなら、彼女の言う通りだろう。
だが。
「あいつは雷撃を使います。もし当たればただでは済まない。ここは俺に任せて、後方から援護してもらえませんか?」
たとえここで勝つことが出来ても、彼女たちが傷ついていたのではきっとゼナさんは悲しむだろう。
「……わかった。引き受けよう」
同じ人物を思い浮かべたのか、彼女は渋々ながらに頷いた。
「必ず勝てよ」
「当たり前です。この数の差ですしね」
こちらは5人、向こうは1人。負ける道理はない。
「悪役がどちらか分からないな」
「それは、自分でもちょっと思いましたけど」
とは言え、もう油断はしない。
俺としてもここまで来て何もせずに帰る訳にはいかない。何としても、押し通る。