決戦 Lv2
海棲種の国へと帰る道すがら、サフィラさんが口を開く。
「ところで、唐突に敬語になったのは何か理由があるのかしら?」
その点に関しては、理由はあると言えばあるが、特にないと言えばない。俺は素直な言葉を口にする。
「さっきまでは敵対してましたけど、今は少なくともそうじゃないでしょう?」
「それはそうね」
「だからと言って仲間になったわけではないがな」
カティアさんの言葉に「分かってますよ」と苦笑交じりに返してから続ける。
「それに、大切なもののために真っ直ぐなあなたたちの姿勢は尊敬できると思ったんです」
「散々痛めつけられた相手を尊敬、とはな」
「もしかして、ああ言うのがお好みだったりするのかしら?」
「断じて違います」
誤解を生むような発言はやめていただきたい。
「もちろん…少しも恨みに思ってないかと聞かれれば、そんなことも無いですけど。あなた達のしたことも、ゼナさんを思うが故だったんでしょう?」
それに、と俺は言葉を次ぐ。
「拷問のとき、コトリやカエデには手を出さないでいてくれましたから」
「そうか」
彼女は苦笑いと共に小さく応えて、
「でも、そんな事で敬語を使う必要はない」
「真っ直ぐな信念を持ってるのはあなたも同じじゃない」
「……ありがとうございます」
とは言われたが、これは俺の性分だ。今までお行儀よく育っていたせいで根は小心者。学校でだって、尊敬もしていない先輩や先生にも無意識に敬語を使っていた。
「二人とも俺より年上ですよね?」
「そんなことを気にしていたの?」
「くだらないな」
そこまで言われると返す言葉もないが。
「大体、私たちはまだ19歳よ。一つ二つくらいしか変わらないでしょ?」
「人間はどうでもいいことを気にするものだな。長く生きていれば偉いというものでもないだろうに」
海棲種は割と見た目と年齢が一致しているようだな。実際には三歳年上なのだが。
「そうかもしれませんね」
技術がいくら進歩しても、世界に及ぼす影響が大きくなっても、人間そのものは小さいままなのかもしれない。
「俺たちも、もっと大きな視点で物事を見ないと駄目ですね」
「目の前のことでいっぱいになっているだけで、細かいことを気にしている余裕がないだけよ」
「そう長くは生きられないからな、私たちは」
彼女らが言うには海棲種の中にもいくつかの系統があるようで、二人は寿命の短いものに属しているらしい。海棲種の王族を査問する、通称『長老会』のメンバーは寿命の長い種族で構成されているんだとか。
「昔を知る彼らは伝統や過去の栄光に捕らわれているの」
「そして、ゼナまでもを縛りつけている」
二人はここに居ない誰かを睨み付けるようにしながら言葉を零す。
「それを、今からぶっ壊しに行きましょう」
俺の吐いたセリフに、
「何か考えでもあるのかしら?」
「まあ、一応は」
答えてから、今度は自分の疑問をぶつけてみる。
「長老さんに連れらた先で大きなイカと戦いました。結界も張ってあったみたいですが、信仰の対象だったりしたんでしょうか?」
だとしたら、成り行きとは言え倒してしまったのは不味い気もするが。
「まさか。あそこは確かに我々の宝を収めた聖殿ではあるが、あの化物は勝手に住み着いていただけだ」
「祠の一番奥に陣取っていたはずだけど、入口まで出てきていたのね」
ボスキャラがエントランスで待ち構えてるダンジョンとか完全に設計ミスだろう。
「じゃあ、あの結界は聖殿を守るためにあったんですね」
「どちらかと言うと、中からあの魔物が出てこられない様にするための結界だったんだけどね」
「倒そうとはしなかったんですか?」
「もちろん、何度かそう言う話もあった」
「実際に倒したこともあるわ」
倒したことがあるのに、俺たちが行ったときはいた。それはつまり……。
「それって、復活するってことですか?」
コトリの質問に二人は首肯した。
「あそこには海棲種の秘宝が安置されているんだけど、どうやらそれを『核』としているみたいなのよね。何度倒してもキリがないし、魔王の魔力のせいで近頃は手に負えなくて、閉じ込めることにしてたの」
「そうなんですね……って」
サフィラさんの言葉を聞いてあることに思考が行きついた。
「それ、もしかして『これ』ですか?」
俺が取り出したのはさっき倒した烏賊からドロップした『水流原石』。
「お前、持ってきたのか」
「すみません。そんな大層な物とは知らなかったもので」
「そんな物持ってきて、ここであの魔物になったらどうするの?」
「大丈夫っ。さっき倒したばかりだから必要な魔力が集まるまでには時間がかかるはずだよ」
もういきなりタメ口になっているあたり、さすがコトリだな。
彼女が加えて言うには聖殿や遺跡といった場所には魔力が集中しやすいらしく、核を持ってきたからと言って所構わず魔物になる訳でもないそうだ。
魔力が集中しやすい場所にそういった物を作っているのか、『聖域』という『記号』が魔力を集めているのか、詳しいことはわかっていないようだが。
ひとまずコトリの言葉を聞いて納得したらしいサフィラさんが、呆れたように息を吐きながら、
「それなら、まあ……良いわ。それも取り敢えず城に持って帰りましょう」
アガサへの土産にしようと思っていたのだが、種族の宝と言われてはそういう訳にも行かなくなったな。
彼女に渡そうとしたところ、荷物になるからと断られてしまったので取り合えずもう一度個人倉庫にしまった。
「残念だね、ソウタ」
心中を察したらしいコトリが囁きかける。
「良いさ。旅はしばらく続くわけだし、そのうちなんか見つかるだろ」
「そう…だね」
カエデも両手を握りしめて何やら励ますような目を向けてくるが、別に落ち込んでいるわけではない。
「そう言えば、長老さんは今どうしているんですか?」
「さあ、な」
答えたのはカティアさん。
「分からないんですか?」
「ジジィが一人で帰って来たのを不審には思った。だが、何の確証もなかったからな」
「あなた達は帰った、とバシルさんからは聞いたけど、あれほど強情だったのにあっさりと帰るなんて妙じゃない?」
「だから、ひとまずお前らを探しに来た。拘束などはしていないし、今頃はお前らが『死んだ』と思ってどこかで余裕をかましてるんじゃないか?」
「なるほど。そうですか」
俺たちが目の前に現れたらどんな顔するんだろうな、あの爺さん。