五章 決戦 Lv1
辛うじて僅かな日差しの届く海底に、わずかな陽の光と少女を取り込んだ触手が揺れる。
周りはすっかり静かになってしまい、薄明るい中にいるのは俺たち三人とそれに対峙する少女のみ。
「コトリ、俺があいつを地面まで引き付ける」
言うと、彼女は頷く。
「おっけーっ」
「カエデも援護を頼む!」
「りょう、かい!」
自己犠牲でタコメデューサの気を惹き、海の底へ向かう。追い付かれそうになるとカエデが魔法を掠めさせて触手を防いでくれた。海底に達したところで魔物の腕が伸びる。
「凍結束縛っ!」
俺が転身し、地面を叩いた触手をコトリが縛りつける。
「一閃重撃!!」
放った攻撃は咄嗟に弾力のある腕に防がれるが、続こうとしていた攻撃をキャンセルした。そこへ同時攻撃で畳みかける。
「一石多鳥……流星射撃っ!」
「転移反動っ!!」
「強力斬撃!!」
ラッシュが途切れたところへ、
「衝撃魔弾!」
気絶攻撃を与え、俺とコトリで追加ダメージを叩き込む。
「氷柱射出!」
「一点突破っ!!」
目を見開いた少女は剣を突き立てた俺ごと氷の塊を薙ぎ払うと浮かび上がって、頭を抱えながら金属をこすり合わせるような甲高い声を響かせる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああっ!」
海底の岩に叩きつけられた俺は、耳を塞ぐことも出来ず直接叫びを聞いたせいで少しの間、意識を失っていたらしい。気が付くとコトリに腕を取られていた。目の前には魔物が迫っている。
「空間移動っ!」
岩を割らんばかりに打ち付けた腕を再びコトリが凍らせる。空間移動で少女の真横に移動した俺だが、今度は敢え無く弾き飛ばされてしまった。
読まれていた。何度も同じ手は食わないってことか。
水中を回転しながら流れる俺の背中を誰かが受け止める。当たるのは柔らかい感触。コトリじゃないな。動揺を悟られないように毅然と声を掛ける。
「あ、ありがとう、カエ……ッ」
言いながら振り返ると、それはカエデでもなかった。抑えきれなかった動揺が暴発し、相手を思わず突き飛ばした。
「か、カティアさん!?」
「失礼ね。私はサフィラよ」
「カティアはこっちだ」
もう一人の声が正面からしたかと思うと、投げた銛をモンスターの腕に突き刺しているもう一人の女性がいた。本当にそっくりだな、この二人は。
「すみません。でも、どうしてここに?」
謝罪の後に尋ねると、
「あなた達が出て行ったあと、長老だけがお戻りになったから不審に思って探しに来たのよ」
「このあたりを通りがかったときに妙な音が聞こえてな。来てみたらお前らがいた訳だ」
互いに言いたいことは色々あるだろうが、今はそれが許される状況でもない。
「協力してくれるんだと思って良いんですか?」
魔物と距離を保ちながら答える。
一度は不意打ちで食らわせることが出来たが相手もすぐに対応して、銛も防がれるようになっている。
「ああ、さっさと撤退するぞ」
「それじゃ駄目なんです」
「何を言っているのかしら?」
「こんな得体のしれない奴を相手するメリットはないぞ」
ここで、コトリが口を挟む。
「それでも、助けてあげたいんですっ。……すごく、苦しんでるから」
カティアさんとサフィラさんは顔を見合わせると短くため息を吐いた。
「まったく。人間の考えることはよくわからん」
「でも、いつまでもあんなのがいても困るものね」
姉妹は同時に口を開く。
「「仕方ないから、協力してやる」」
二人に礼を述べると、さっそく指示を出す。
「俺が彼女の気を引くので、攻撃をお願いします」
初めて戦った時の様子から察するに、彼女らは銛を操っている最中は移動が出来ない。
「コトリ、カエデ、二人を頼むぞ!自己犠牲!!」
翼で飛び出した俺の後ろから同時に二本の銛が海中を進む。
こちらを追ってきたタコ少女に背中から迫った得物は、まるで後ろが見えているかのように防がれる。役目を果たせなかった武器はふらふらと手元へ帰ってく。
『カエデ、頼めるか?』
『わ、わかったっ』
先に戻った方の銛をもう一度投げ出す前に、カエデがそれに触れて唱える。
「流星射撃……っ」
カティアさんは少し驚いた様子だったが、武器は光の尾を引きながら彼女の手を離れた。それは銛を防ごうと伸ばされた触手をも貫いて反対側の俺の元へ。
飛んできた銛は俺の横をすり抜けて反転するともう一度向かってくる。
「一点突破っ!!」
タコ少女に刺さる直前、その銛と剣を持ち換え叫ぶとすぐに手放す。魔法の込められた獲物は魔物の胸元を貫通して持ち主に戻る。手近の敵、俺に対して向けられた触手を転移してきたコトリが魔法で弾いた。その防御の背後から隙をついて、再び掴んだ剣を突き立てる。
「一刀両断っ!!」
悲痛に顔を歪めた彼女の背中に、カエデの一石多鳥で複製された銛がいくつも刺さった。
俺が剣を引き抜くと、もう声にもならない悲鳴を上げる少女にコトリが優しく語り掛ける。
「辛かったね。もう、大丈夫だよ」
そして最後に、魔法を発動した。
「落雷魔法」
タコ少女の頭上で発生した電撃の大部分が背中に刺さった銛に引き寄せられて少女に流れ込む。
淡い光の粒へと変わっていく少女の顔には、最期に小さく笑みが浮かんだ気がした。
「よか……った……」
気が抜けてふらついたコトリの身体を支える。
コトリにもカエデにも、今日は随分と無理をさせてしまった。
「大丈夫か?」
「うん。ありがと」
少女の遺したいくつかのアイテムを拾っていると、向こうから三人が近づいてきた。
「さて、一度戻るとしよう」
「戻るって?」
「私たちの国に決まってるでしょう?」
「良いんですか?」
そりゃあ俺たちだって戻るつもりではあったが、彼女たちには歓迎されないと思っていた。
「その為にわざわざ探しに来たんだ」
「私たちじゃ出来ないことを、あなたなら、あの子にしてあげられるみたいだから」
ほら、行くぞ、と俺たちを先行しながらカティアさんが言葉を発する。
「ところで、さっきのは何だったんだ?」
「それはこっちが聞きたいくらいです」
返してから、俺はミミックオクトパスの群れに襲われたことや、そのうちの一体が豹変するまでの経緯を説明した。
「ミミックオクトパスか。あれは相手の記憶を読み取り、最も攻撃を躊躇うであろう相手に姿を変える」
「そのうえ舌には麻痺毒を持っているし、触手は魔力を吸収する。本当に性質が悪いわ」
「魔力を吸収するという性質上、魔王の魔力の影響を受けやすかったんだろう。唐突に変質したのもそのせいだろうな」
魔王の魔力はどこに行っても悪影響を及ぼしてるみたいだ。
「それにしても、不意打ちとは言えコトリやカエデが遅れを取るなんてな」
変質する前のオクトパスは数こそ多かったが、動きはそう早くはなかったはずだ。彼女たちに対処が難しかったとは思えない。
二人は、ばつが悪そうに顔を見合わせると、
「そりゃあ、だって……」
「……ね、ねぇ?」
曖昧に呟いた。
「あれらは見た目は人に近いが、本質はタコだ。あんなものに惑わされるな」
「『腰』から『お腹』の辺りが頭で、それより上は全部胴体よ」
初めは私も躊躇ったけれどね、と過去を思い出す様にしながら付け足した。
「ソ、ウタの時は……誰に擬態してたの?」
「ん?コトリだったな」
「ふ、ふ~ん……」
「そーなんだっ。やったー!」
そこ、喜ぶとこか?
彼女も俺と同じ考えに至ったらしく、首をかしげる。
「あれ、その割に容赦なく斬り捨ててなかった?」
その言葉に苦笑して答える。
「本物じゃ無かったしな」
キョトンとした様子の少女に、もう一言加える。
「『あの子』の笑顔はコトリにそっくりだったけど、似ても似つかなかったよ」