おや!?モンスターの様子が…! Lv2
こうもあちこちから攻撃されては本体に近づくことも出来ない。操作の精密性と本体の動きを犠牲にしても数を増やしただけの効果は出ているようだ。
「くっそっ!」
闇雲に剣を振り回しても当たりはしない。もがく頭上から白い腕が振り下ろされる。
「起動っ!」
背中の装置を呼び起こして真横に避ける。逃げた先ではまた黒い烏賊に囲まれ、顎にクリーンヒットで体当たりを貰った。
「が……ッ!?」
投石のような勢いで先の尖った黒い物体が体中に叩きつけられる。
「落雷魔法っ」
発生した電流が一帯の黒い影を飲み込んで打ち砕く。今度は先ほど見たように元の形に戻る様子はない。
「どうして戻らないんだ?」
「魔力を使い切ったんだよっ」
コトリの言うには、分身は吐き出した墨に魔力を与えて操作しているとのこと。何度か攻撃を受けたり、分裂、再構成を繰り返す内に元に戻る魔力を使い切ったということらしい。
だが、分身の数を減らせばその分、本体に能力が還元されるということだ。あまり黒い方を倒さないままで動きを止める方法があればいいんだが。
「一瞬でもいい!分身の動きを止められないか?」
『私…が』
『わかった。頼む!』
カエデがコトリに連れられて分身の集まっているあたりから少し離れる。
「精神集中……っ」
魔法を付与して、弓を引き絞る。
俺は彼女の行動が終わるまで本体と分身からの攻撃に集中して何とか躱す。感覚を分散しているせいか攻撃が粗い。避けながら少しずつ本体に近づいていく。
「一石多鳥…一石、多鳥。……衝撃魔弾っ」
放たれた矢は分裂し、黒い烏賊の集団に降りかかる。分身の体を打ったそれは、一瞬、意識を奪う。
「今……っ!」
「ああ!」
羽の推進力を目いっぱい上げて本体の頭に飛ぶ。打ち漏らした分身はコトリが凍結束縛で動きを止める。
のんびりと振るわれる腕を腕を防いで、躱してさらに近づく。
「転移反動っ!」
コトリの魔法が防ぎ漏らした腕を吹き飛ばしダメージを与える。
「一矢報復!!」
放たれた触腕を防ぎながらその反作用で飛び出し、敵は目の前。
「一閃重撃!!」
その一撃は硬い装甲に阻まれるが、相手に『怯み』効果を与える。その隙に続けてもう一撃。
「強力斬撃っ!!」
「流星射撃……っ」
俺の攻撃の間を埋めるようにカエデが攻撃を重ねる。
怯んだところに続ける。
「空気振動ぁあ!」
「氷柱射出っ!」
「衝撃魔弾……!」
魔物のHPがゼロを目前にし、猛烈な連撃の締めくくり。
「一点突破!!!!!!」
硬い装甲に剣が深々とと突き刺さる。
ゆっくりと怪物が動きを止め、パン、と弾けると光の粒へと還っていった。
それに伴って分身たちも形を失って海中へ溶けた。
「ふう…………」
ほっと一息。
「やったね、ソウタっ」
「……っ!」
コトリとカエデが笑顔を浮かべて泳ぎ寄ってくる。
「おう!」
俺は少女たちと手を打ち合わせた。
一安心したところでカエデがふらりとバランスを崩す。
「カエデッ!?」
「だ、大丈夫。……少し、疲れちゃっただけ」
魔法を重ね掛けするというのは普通より集中力を使うんだそうだ。詠唱から発動までの時間を意図的に引き延ばす必要があるためだとか。
「あんまり無理はすんなよ?」
「うん。……あ、ありがとう……」
カエデに声をかけてから、烏賊の消えた跡に視線を投げる。
「……ん、何だこれ?」
巨大海底生物が遺したアイテムの中に、輝く石を見つけ、手に取る。
それには洒落たワイングラスのような足を持った台座に掴まれている。
「情報を見てみたら?」
「あ、うん」
拾ったアイテムを『所持』してその情報を参照する。
「……『水流原石』。『水との接続を高める宝石。海流を生み出す源とされる』……か」
「あ、それなら聞いたことあるかも」
「そうなのか?」
「多分、その石の力で海流を操ってたんじゃないかな?あのイカも」
「海棲種……みたいに?」
カエデの質問に頷きで応えて続ける。
「彼らは水の因子と『接続』する器官を持ってて、それのおかげで水流を操れるんだよ」
「エレメント?魔法とは違うのか?」
「言語種族は詠唱無しで魔法を使えないからね」
「手足を動かす、のと、似た感じなのかも」
「どっちかと言うとそうかもね。土精種も土を使ってたでしょ?あれも同じで、地面の魔力と同調して動かしてるの。魔法で作った、例えば火の玉とかはある程度自由に動かせるのと似てるかな」
本来、土や水と言ったものを動かすためには魔法粒子を物理エネルギーに変換して物体に干渉しなければいけない。物理エネルギーへの変換はひどく効率が悪いという話だったと思うが、これを使えばそれを解消できるってわけか。
「あとは……竜人種も、そうだね」
「わかった。空気だな?」
「正解っ!竜人種は風の因子と接続して空を飛んでるんだ」
改めて手の上の石を眺めて、
「これがあれば海棲種みたいに泳げるのか?」
「そこまでは無理だけど、使いこなせば多少は自由に動けるはずだよ」
「アガサちゃんに……持って行ってあげたら、喜ぶかも」
「そうだな」
珍しいものなのかは分からないけど、良いお土産になるかもしれない。
「また会った時に渡してやるか」
アイテムを倉庫にしまったところでコトリが声を上げる。
「あ!そういえばあの人はっ?」
あの人、とはもちろん俺たちをここに連れてきた長老の事だろう。……なんて名前だったかな。
それはともかく、周りを見渡しても姿は見えない。俺たちを囲んでいた水流の壁はまだ残っているようだが。逃げ足の速い爺さんだな。
「ソ、ソウタ。……これ」
カエデの呼ぶ方に行ってみると、岩の影に灯篭のような石造りの彫像があった。そこには形は少し違うが、先ほどの水流原石が設置されている。水流の壁を作っていたのはこれか。ひょっとすると、あの魔物もこの場所に閉じ込められていたのかもしれない。はめ込まれた石を外すと水の流れが生み出した壁の一部がその役目を失った。
「ソウタ、この洞窟には入っていかないの?」
コトリが指さしたのはさっきまで巨大イカが陣取っていた大穴。
「そこってあの烏賊の住処なんじゃねーの?」
「ううん……その割には、結構、下の方まで続いてるみたい」
奥は暗くて見えないが、洞窟の奥から聞こえてくる音か何かで判断しているんだろうか。
そう言われると確かに気にはなるが。
「ま。とりあえず帰るか」
「えー」
「カエデも大分疲れてるみたいだし、あまり無理はさせられない。それに……」
「それに?」
カエデはきっと、こういうことを好まない。
彼女は今まで、『面白そうなこと』を優先させる俺たちに根気よく付き合ってくれているが、本当の所はどう思っているんだろうか。親の反対を押し切ってまで家を飛び出してきた。そうまでして成し遂げると決めた目標。
魔王を倒す。
それを思えば俺たちの進んでいる道はお世辞にもまっすぐとは言えない。寄り道ばかりしていることに辟易しているのかもしれない。
先を口にしなかった俺を見て、コトリは小さく笑う。洞窟から離れて俺の横を通り過ぎながら囁く。
「そっか。それは、カエデに直接聞いてみたらいいと思うよ?」
柄にもなく意味ありげなことを口にしたかと思うと、
「さ、帰ろうかっ」
あっさり方向転換した。
「え、いいのか?」
「ソウタが帰るって言ったんだよ?」
戸惑う俺を無視して彼女は洞窟に背を向けて泳ぎだす。疲れているのは俺も同じだし、コトリが納得しているのならそれで構わないか。
「じゃあ、カエデも行こうか」
「あ……う、うん」
俺は方向音痴なので、コトリとカエデに海底都市までの道案内を任せることにする。
しかし、どうやら簡単に帰らせてはくれないらしい。
数分泳いだ先。揺らぐ視界の向こう。
複数の人影が行く先に浮かんでいた。