黒幕 Lv3
上から叩きつけるように、振り上げられた腕が襲い来る。
水をかき分けて辛くもそれを躱すも、続けざまに別の腕が次から次へと振り回される。剣で弾いたり盾で防いだり岩の後ろに逃れたり、動き回って触手から逃れようとするが動きづらい海中では相手の速さに追い付けない。
スパイクのようなものが並んだ足に体を打ち付けられ上方に飛ばされる。
「流星射撃っ」
「氷柱射出!」
見かねた後方の二人が烏賊に向かって魔法を放つ。
魔物の意識がそちらに向きかけたのを見て、海流に揉まれながら自己犠牲を発動する。
飛んできた腕を受け流し、問いかける。
『コトリ、雷撃系の魔法は使えないのか?』
『やってみるっ』
俺の質問に応えて、コトリが唱える。
「雷撃射撃っ!」
バチリ、と閃光が発生して消える。
「駄目みたーいっ!!」
やっぱり電撃を使うと海水を媒介してあらぬ方向に威力が漏れてしまうらしい。さっきの光は俺自身の防護術式が発動したせいだろう。水の中では火炎系の魔法も効果が薄れそうだし、この戦場はコトリには少し分が悪いな。泳ぎながら巨大烏賊に近づこうとするが、やはり為す術もなく岩の上を転がることになる。
どうにかしてもう少し自由に動ければ良いんだが。
「そうだ、コトリ」
最後まで言い切る前にコトリが俺の横に転移してきて、鎧に触れる。
「行くよ!空間移動っ」
目の前に、装甲で覆われた怪物の頭部が現れる。
「一刀両断っ!!」
詠唱と同時に、頭上からの攻撃に強か殴りつけられる。その一撃だけでHPを半分ほど持っていかれ、そのまま他の腕まで使って締め付けられる。
「が、ああああっ!?」
ゴリゴリと体力を奪われていく中、コトリがまた俺の傍に現れて、空間移動で救い出した。
「たす、かったよ」
「大丈夫?」
「ああ、何とか」
コトリとカエデがヘイトを集めてくれている間に岩陰で失った魔力を回復する。
空間移動で近づいても魔法を発動する間に攻撃を受けてしまう。単純に懐に潜り込むだけでは勝ち目がないな。やはり、どうにかしてあの腕を避けられるだけの機動力を確保したいところだ。
そこで、一つの可能性が頭の端を掠める。背中に背負っている機械だ。海の中では使うこともないだろうと思っていたが、これが使えればまだマシな動きもできるだろう。
前線を交代して、未だ休みなく降りかかるゲソをもがく様に地面を転がって回避しながら思考を巡らせる。
…本来、背中の機械『輝翼』は重力と反対向きの力、『反重力』を生み出し、空中に浮かぶものだ。普段はその反重力の力と、体重移動を組み合わせることで飛行を可能にしているが、水の抵抗と浮力がある中では充分な機動力を生み出す事は出来ない。
しかし、その力を水中での推進力として扱うことが出来れば……。
「――頼む、力を貸してくれ」
輝翼を意識して呟くと、マシンを起動する。
「起動!」
光の羽が海中に揺れ、反重力石によって生み出された力が、俺を前方へ推し出し頭上からの攻撃をすり抜ける。この調子ならいけそうだ。
操作感を慣らしながらヌルヌル迫る触手を掻い潜る。
「強力斬撃っ!」
隙を見て足を斬りつけたり、後方の二人もターゲットを取られない程度に攻撃を加えたりしているが、やはり致命的なダメージにはならない。斬り落とすことが出来れば一本ずつ減らしていくような戦術も有効かもしれないが、HPで保護されている以上その手は使えない。
このまま近づいて本体を狙う。
上下から振るわれる足を右に左に避けて胴体へ。
「よし、このまま……!」
こちらを睨みつける瞳を目前にしたところで真上から降ってきた腕に叩き落とされる。
「が……っ!?」
くそ、届かないか……!
「回復魔法っ」
隣に現れたコトリの魔法でHPが少量回復する。
絡めとられる前に腕を剣で斬りつけて牽制してから、二人の少女に伝える。
『くそっ。コトリ、カエデ、少し任せた!』
推進力に魔法を使っていることもあってMPの消費が激しい。一度、二人に敵の相手を任せて浮上するとHPとMPを回復する。
今は地道に足に攻撃を入れてHPを削るのが最善の手だが、このままじゃジリ貧だな。
水中とは言えあの巨体を持ち上げるのは難儀なのか海底から離れる様子はないが、後ろを岩に守られているのは攻撃し辛い。
烏賊の意識がコトリとカエデに向いている間に、上から胴体に降りていくが、すぐに気付かれて狙いが俺に代わる。
「ッ……!一矢報復!!」
咄嗟に反撃して飛び退る。
何とかして足の動きを止められないだろうか。
『そうだ、カエデ!麻痺だっ』
麻痺は一定時間相手の動きを鈍らせることが出来る状態異常。行動や魔法の発動を阻害することもある。これなら一瞬でも隙が生まれるはずだ。
「麻痺付与っ」
脚の一本にヒットした攻撃がその動きを止めるが、他の脚は問題なく動き続けている。
「一本ずつにしか効果が無いのか?」
……それなら。
『本体を狙ってみてくれ!』
『おっけ……っ』
答えると、再び弓を構えて矢を放つ。
「麻痺付与……流星射撃っ」
貫通効果を付与された麻痺矢がいくつかの腕を貫いて烏賊の胴体に迫るが、そこに至る前に他の腕に防がれてしまう。
『ごめ……んっ』
『いや、十分だ!』
今のカエデの攻撃のおかげで三本の腕が痺れてゆっくりとしか動けなくなった。その前の一発も合わせて四本。岩を背にしているせいで残りの腕は使えない。今なら届くはずだ。
俺は一度切っていた背中の装置を再度動かす。
「起動っ!」
ゆっくりとしか動かなくなった前4腕の合間を縫って、今度こそ。
「一点突破!!」
忌々し気にこちらを見つめる魔物の眉間に。
「しまッ……!」
息を飲んでももう遅い。
痺れた腕の間から、もう二本。
「く……っそ」
先端に吸盤の集中した触腕に締め上げられる。吸盤を覆う輪の、鉤爪のような棘が鎧に食い込む。そのままもう一度腕を縮めて、自由を取り戻した四本の腕で俺を雁字搦めにした。
みるみるうちに体力ゲージが0に向かっていく。
「爆裂射撃……っ」
烏賊が目の前の敵に集中しているところに矢が飛び込んでくる。見事に額を撃ち抜いたそれが爆発を巻き起こし、続けてコトリも魔法を放つ。
「転移反動っ!」
今度も直撃。
モンスターが怯んで拘束が弱まったところで何とか抜け出す。
「助かった、ありがとう!」
礼もそこそこにとりあえず相手から距離を取る。
薬でHPを回復した後、ヘイトを自分に戻して魔物の前に出る。
「カエデ、コトリ。もう一回突っ込む。援護頼めるか?」
「まかせてっ」
「りょう、かい……っ」
今度は正面を避けて相手の右前方から向かう。この方向からなら触腕は出しにくいはずだ。
二本の腕が襲い来る。
カエデの放った麻痺攻撃で動きを止めようとするが、二度目で効果が出にくくなっているのか、片方には効いていない様子だ。それを横に躱し、地面に叩きつけられたところでコトリが凍結束縛で縛りつける。
そのまま烏賊の頭に刃を振りかざす。
苦し紛れに触腕が放たれるが、来るとわかっていれば問題ない。それを盾で弾いて今度こそ硬い装甲を魔法で貫く。
「一点突破っ!!」
続けて、
「強力斬撃!」
真横に剣を振り抜いて駄目押しでダメージを与えた。
一瞬の怯みを見逃さずカエデが間を開けずに攻撃を撃ち出す。
「一石多鳥。衝撃、魔弾……っ」
気を失って動きを止めた魔物にコトリも追い打ちをかける。
「氷柱射出っ」
HPが半分近くになり焦ったのか、動かせる腕を力いっぱいに岩に叩きつけるとその隙間から抜け出して、いよいよ水中へ泳ぎ出る。逃げるつもりなのかとも思ったが、まだ戦闘の意思は残っているらしい。
俺の周りを旋回すると、こちらを向いて触腕を伸ばす。思わず盾を構えると、それを掴んで俺を引き寄せる。だが、俺とて何度も同じ手は食わない。他の腕に縛られる前に盾を放して勢いを活かして、魔物のくちばしに剣を突っ込む。
「一刀両断っ!」
苦し気に足掻きながら、引きはがそうとしてるのか絞め殺そうとしてるのか、腕を絡みつかせる。
「ソウタっ。空間移動っ」
近くまで来てくれたコトリが俺に触れて、モンスターの魔手から解き放つ。
彼女が後方に下がり、俺も相手から距離を取ると、烏賊は口から墨を吐き出した。黒い塊を横に避けてもう一度目の前の怪物に向き直ると、コトリの叫ぶような声が聞こえた。
「後ろっ!!」
しかし、反応の遅れた俺は何か大きな力で叩き伏せられ海底にぶつかる。なんとか意識を繋ぎ留めながら攻撃のあったほうを見上げると、白い烏賊の正面にもう一体。
まるで鏡写しのように、真っ黒な影が触手を揺らしていた。