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俺の人生今日からニューゲーム  作者: やわか
俺の人生次は海底をマッピング
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三章 黒幕 Lv1

 縄をほどかれた俺は、二人に連れられて、応接間まで通された。やはり信頼はされていないらしく、ソファーに腰かけた後ろで、サフィラさんとカティアさんがもりを持って警戒している。コトリとカエデもあの狭苦しい部屋に残したままだ。

 そこに、一人の女性が入室してくる。あまり動く必要もないからか見張りの二人と比べれば身に着けた装飾が多く、ひらひらしたものも目立つ。この人が、女王か。

 彼女はテーブルを挟んだ向かいに座ると、重々し気に口を開いた。


 「単刀直入に聞きましょう。あなたの握っている海棲種マーフォルクの秘密とは、何ですか?」


 俺をここに連れてくる前に、女王を呼び出すと言って二人が彼女の元に向かったのだが、そんな口実を使っていたのか。確かに、いきなりやってきた他種族と女王が会うほどの理由なんてそうそう無いとは思うけど。せめて前もって伝えておいてくれれば、もう少し何か考えておいたのに。

 無い頭を必死で回転させて言葉をひねり出す。


 「その秘密は、他の種族は知っていて、ここに住んでいる海棲種たちの知らないことです」

 「まさか……」

 「察しがいいですね。獣人種ワービーストの事ですよ」


 女王はしばし目を閉じると、


 「サフィラ、カティア。下がっていてください」

 「「はっ。何かございましたらお呼びください」」


 護衛達は一礼をすると部屋の外へ出て行った。


 「自己紹介が遅れましたね。わたくしはこの国の王、ゼナです」


 居住まいを正すと、彼女は名乗った。こちらもそれにならって身の上を語る。


 「俺はソウタ。見ての通り人間です。組合ギルドの人間ではありますが、今日は個人的な交渉に来ました」

 「私を脅迫しに来た、という事ですか」

 「違います。これは、『お願い』です」

 「…………」

 「こちらに海棲種を脅すことが出来るほどの材料はありません。先ほどの『秘密』を国民に暴露ばくろしたところで大きなダメージになるとは考え辛いですし、異邦人の言葉にここの人たちが耳を貸すとも思えませんから」


 わずかな沈黙ののちに女王ゼナが口を開く。


 「あなたの言う『お願い』とは何ですか?」


 聞くだけは聞いてくれるという事だろうか。何にせよ、言わせてくれると言うのなら甘えさせてもらう。


 「海棲種は、その能力ちからを使って海洋国へ圧力をかけていますよね?それは、この国でも同じ。俺は、ヤマトに対する圧力をやめて欲しくて、ここまで来ました」

 「どうして人間であるあなたが、獣人種などに手を貸すのですか?ここまで潜り込むのもそう簡単ではないはずですが」

 「俺にも、目的があるので。そのためになら、何だってしますよ」


 そうですか、と呟いて、彼女は再び目を閉じるとどこか痛みを堪えるように間を取る。意を決したように目を開けると、


 「申し訳ありませんが、あなたの申し出を受けることはできません」

 「何故ですか?海で生活をしている種族は、海棲種だけ。海は陸よりはるかに広いはずです。わざわざ陸上に住む者と関わらずとも、充分に成り立つんじゃないですか?」

 「確かに、そうですね」


 一度は俺の言葉を肯定したゼナさんだが、続く台詞で真っ向からそれを否定する。


 「しかし、これは長い間海棲種(わたしたち)が続けてきたことです。このやり方で海棲種マーフォルクは莫大な財力を築き、世界全体に大きな影響力を持つまでに成長して来ました。今更、私がやめる訳にもいかないのですよ」


 諦めにも似た表情を浮かべてそう述べる。

 その顔には心当たりがあった。いつかの誰かと同じような顔。自分ではどうしようも無い物を前に、諦めるしかないと思い込まされている。

 俺は口を開く。



 「それは、あなたの意思なんですか?」



 「ッ……!」


 小さく息を飲む王女。俺は言葉を続ける。


 「『みんなが笑って暮らせる世界』……それがあなたの願いだったんじゃないですか」

 「…………なるほど。あの子たち、ですか」


 どうやら何か腑に落ちたらしい。


 「他国への圧力を国民に伏せていることをどうして知ったのか、不思議に思いましたが、サフィラとカティアに聞いたのでしょう?」

 「はい」


 ここに来る途中、サフィラさんとカティアさん、それとゼナさんの関係を聞いた。あの姉妹と、ここにいる女王は幼馴染なんだそうだ。城を抜け出し身分を隠したゼナさんと、よく遊んでいたんだとか。今は女王の近衛このえとしてこの城に身を置いていると聞いた。


 「国民に対して私が隠し事をしている。……それがあの子たちの反感を買ったという事ですかね。ここへあなたを連れてきたのも、その意志の表れ」


 言いかけたゼナさんに割り込むように、言葉が口をいた。


 「それは、違います」


 面食らったように目をぱちくりさせる少女。


 「あの人たち、言っていましたよ。『あの子は、小さな時から隠し事ばかりしている』」

 「ええ。だから」

 「()()()()、です」

 「え?」

 「彼女たちはあなたが何かを隠しているのを薄々感じていた。それでも、あの二人はこうしてあなたのそばにいるんです。いつかあなたが打ち明けてくれると信じて。その時、あなたの力になりたいと願って」


 ゼナさんが言葉を失う。

 彼女はかつての俺とは違う。辛くても悲しくても、ちゃんと見てくれている人がいる。いや、多分俺にもいた。気づけていなかっただけで。

 だから、彼女にはきちんと気付いてもらいたい。


 「頼ってみても、良いんじゃないですか?」

 「……そんな、事」


 絞り出すように呟いたのが聞こえた。


 「そんな事言ったって、どうしようもないのよ。あなたにはわからないでしょう?私の気持ちは!」


 徐々に語気を強めながらまくし立てるように吐き出す。

 その通りだ。俺には彼女の心情を完全に理解することなんかできるはずがない。


 「子供の時から王としての宿命を背負ってた!自由に遊ぶこともできなかった。でも、国民のためになれるならそれでも良いと思ってた!…だけど、王になって、海棲種が長い間続けてきたことを知って!!国民の期待も受けて!!」


 感情が高まったのか、テーブルを叩きつけて立ち上がる。


 「それでも、今まで何とかやってきたわよっ!長老たちの言うことも聞いて!みんなの憧れる女王を演じて!少しでも国民の暮らしが良くなるように色んな事をしてきた!!一生懸命やって来たの!上手くやって来たじゃないっ!」


 目には、涙の粒が浮かんでいる。



 「これ以上、私に何を望むって言うのよぉっ!!」



 部屋中に声が響き渡り、残響が俺たちを包み込んだ。

 俺と彼女はあまりにも違いすぎる。生まれも育ちも、背負うものの大きさも。

 けど。


 「……ちゃんと、言えるじゃないですか」


 俺が微笑んでそう漏らすと、ゼナさんはふと我に返ったのか口をつぐむ。

 全てに共感することは出来なくとも、彼女の苦しみを窺い知ることくらいは出来る。誰かの思惑に自分の意志が上書きされる痛みやそれを打ち明けることの出来ない辛さには多少覚えがある。

 心配をかけたくない。弱い人間だと思われたくない。口に出してしまったら後戻りはできない。

 そんな思いから溢れ出しそうになる情動を抑え込み、心の軋む音に耳を塞ぐうちに胸の傷すら認識できなくなる。


 「不安も不満も、辛さも悲しさも、全部ちゃんと言えるじゃないですか。あの二人が、ずっと聞きたかった言葉です」


 隠した感情は消えてなくなる訳じゃない。忘れたはずの痛みは心と体を蝕み続ける。

 壊れてしまわぬように、時には腹の内を吐き出すことだって必要なんだ。


 「こんなこと言ってもあの子たちは困るでしょう?」

 「困りませんよ。サフィラさんも、カティアさんも、ずっと待ってたんですよ。あなたが相談してくれるのを。悩みを告白してくれるのを」


 座り込んだ彼女は顔を俯ける。


 「もうめませんか?一人で抱え込むのは」

 「でも……私は、女王だから」

 「女王の仕事は誰かの期待に応えることじゃ無いんじゃないですか?あなたにも、憧れた女王の姿が、いだいた願いが……あったんでしょう?」

 「そんなの、ただの我儘わがままじゃないの」

 「良いじゃないですか。たまには我儘を言ったって。望んだものを手に入れるための重荷になるものは、全部、投げ出したって。あなたを雁字搦めにするもの、全て忘れたって」


 ゆっくりと、女王は顔を上げた。まっすぐに目を見つめて、伝える。


 「あなたが本当にすべきことは何ですか?本当にしたいことは、何ですか?この国を、どうしたいんですか?」

 「『わたし』、は……」

 「今、ここの女王はあなたなんです。……あなたしか、いないんですよ」


 音もなく少女の瞳から涙が溢れては海水に溶けて行った。

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