捕縛 Lv3
何回、何十回と銛を刺されては抜かれ、激痛に繰り返し耐える。もう、何度刺されたのかも、どのくらいの時間が経ったのかもわからない。痛みが脳の許容範囲を超えて気絶することもあったが、その都度、間髪を入れない攻撃で意識を回復させられた。
コトリが心配そうな顔をしてこちらの様子を窺っている。カエデなんかは、見ていられないのかさっきから顔を伏せてしまっている。……辛い想いをさせてしまっているようだ。
「く……そ……ッ」
大きな叫び声をあげる気力もなく、うめき声が口から零れる。
「……強情な奴だな」
「これじゃあ、埒が明かないわね」
カティアさんが不快そうに顔を歪めて、サフィラさんは呆れた表情でため息を吐いた。
「そろそろ、こいつを拷問するのは意味がないんじゃない?」
……諦めるのか?
そう思ったが、彼女の視線の先にあるもの。それが意味することを確信する。
「や、め…ろ……!」
胸に刺さった武器の痛みを振り切って、『彼女ら』に迫るサフィラさんを睨み付け精一杯叫ぶ。
俺自身にダメージを与えても口を割らないと判断し、今度はコトリたちを人質にして目的を吐かせようという腹だろう。それだけは、絶対に許さない。
「が、あああッ」
穂先に貫かれるのも無視して壁を突き飛ばし、今まさに振るわれんとする暴力に迫る。
しかし、俺の体は銛の中ほどまで進んだところで止まってしまう。彼女らには、届かない。
サフィラさんを止めたのは俺の手ではなく、短い言葉だった。
「サフィラ。……やめておけ」
怪訝そうな顔で動きを止めた彼女にカティアさんは言葉を続ける。
「無駄だよ。そいつらに危害を加えても余計に反感を買うだけだ。より意思を強固にするだけだろう」
「それも……そうね」
俺の目をじっと見て、サフィラさんもその主張を認めて息を吐く。
完膚なきまでに体を貫いた得物を取り除くと、意識を失いかけた俺を軽く揺さぶってから改めて質問をする。
「お前は、どうしてそこまでする?」
……よし。やっと向こうから話題を変えてきた。
「秘密を守っている理由はなんだ?」
投げかけられる質問に答える。
「俺には、どうしても達成したい目標があるからな」
「目標、だと?」
「その目標は、聞かせてもらえるのかしら?」
食い付いて来たな。
内心でほくそ笑みながら回答を続ける。
「俺たちは、魔王を倒すんだよ」
「それは、『同盟』の方針だからじゃないのか?」
「確かに組合は魔王に対抗するために作られた組織ではあるが、今は魔王の動向を掴めずにいる」
「つまりあなたは、いつまでも手を拱いている『同盟』に代わって世界を救おうって訳かしら?」
「そんな大したことじゃなくてさ。ただ、倒したいから倒す。そんだけ」
ふたりの海棲種は理解できないという風に首をかしげる。
「何でだ?それだけの理由でそこまで体を張れるのは」
確かに、俺自身にはそこまでの理由はないかもしれない。人間種が多少困っているのは事実だが、魔王を倒さなければ今すぐ滅ぶというものでもないし、他の解決策を模索した方が賢明かもしれない。そもそも『こっちの世界』の人間を助ける謂れも無いと言えば無い。
それでも、俺は絶対に諦めないと決めたんだ。
視線をぐったりした様子でこちらを眺める少女たちに移す。
「あいつらが、それを望むからさ」
コトリとカエデ。あの二人が俺を『こちら』に召び喚して、魔王を倒したいと言った。俺に、その協力をしろと。生きる意味を、存在の意義を与えてくれた。だから俺は、立ち向かう。決して倒れない。心から望んで、やっと手に入れた物を二度と失わないために。
「それは、あなたの目的じゃないんじゃないの?」
「そうだな。でも、今はあいつらの夢が、俺の夢なんだ」
その答えに、彼女らは顔を見合わせる。
「そいつらのためになら、何でも出来るってことか」
「彼女たちは、あなたにとってそれほどに大切な存在なのね」
その目に映った俺の姿を、まるで何かに重ねているようにも見えた。
一か八か、鎌をかけてみるか。
「お前らにも、あるんじゃないのか?」
「「え?」」
「守りたい、大切なものがさ」
しばしの間、黙っていた二人だが、
「……ふん、そうだな。お前と私たちは似ているのかもしれない」
「だからと言って、いえ、だからこそ。私たちの大事なものを傷つけるかも知れないあなた達を野放しにはできないわ」
行けるかと思ったんだけどなぁ……。
でも、この言いようなら、俺たちの目的がその『大事なもの』に危害を加える物でないと納得させることが出来れば道は開けるかもしれない。今なら少しくらい話を聞いてくれるか。
「俺たちは、別に、海棲種に悪意を持ってやってきた訳じゃない」
「なら何をしに来たの?」
「……ちょっとした、交渉だよ」
「交渉だと?」
ここは慎重に行きたいな。
『ソウタ。この人たち、海棲種自体にはあまり興味がないみたい』
彼女たちから何かを感じ取ったらしいコトリが、頭の中に囁きかけてくる。
海棲種自体に興味はないが、海棲種を守るために戦っている。
「……君主への忠誠、か」
その一言をきっかけに、場の空気がぴりつく。いや、この場合は水が、かもしれないが。少しまずいことを口走ったかもしれない。
そんな後悔をよそに、カティアさんが鋭い視線を向ける。
「お前らの狙いは女王か?」
「いや、そうじゃない」
慌てて否定したとき、腹部に痛みが走る。サフィラさんの銛が刺さっていた。
「だったらどうして、わざわざこんなところまで連れてこられたのかしら?」
「どういう……?」
「あなたは、自分からHPが尽きかけていることを申告して薬を出したわね。逃げることが目的なら、そんな事をする必要はない。『死ぬ』のを待てばいいんだから」
気付かれていたか。
「……デスペナルティが、嫌だっただけだよ」
「言い訳は良いわ」
彼女は刺さった銛で傷口を広げるように動かす。
「が、ああ……っ」
「そろそろ吐く気は無いか?」
そろそろ潮時かな。
横腹を抉る凶器を引き抜いて、観念した俺は白状することにする。
「…………獣人種のこと、知ってるだろ?」
「「?」」
「……?」
まさか、知らないのか?
「……何の話だ?」
「お前らが警備をしていたのは、獣人種の不正渡航を防ぐためだろう?」
「?……私たちの仕事は、国に近づく『敵』を排除することよ。それが魔物だろうと、たとえ獣人種だろうとね」
「不正渡航について、詳しく聞かせてもらおうか」
尋ねる彼女に、海棲種が獣人種の航行を制限していることについて話した。二人は本当に知らなかったらしく、信じられないと言うような表情で俺の語りを聞いていた。
「誇り高い海棲種が、他種族から搾取するなど……」
「陸なんかと関わらくても十分にやっていけるはずなのに、どうして?」
それぞれに言葉をこぼして、同様の台詞を口にする。
「「……あの子らしくない」」
ここの君主、女王のことだろうか。
サフィラさんとカティアさんは何かに気が付いたらしい。
「あの子が私たちに隠していたことは、そう言うことだったの?」
「何が、『心配はいらない』、だ……」
カティアさんは、何か踏ん切りをつけるように長く息を吐き出すと、その一言を告げた。
「良いだろう。女王に会わせてやる」