二章 捕縛 Lv1
一抹の不安の中で始めた探索だったが、目的の物は思いの外早く見つかった。
やはり予想通り、海中に見張りがいたんだろう。
「「お前ら、そこで何をしている?」」
突然声がかかり、ドキリとしてそちらを見やると、俺たちを呼び止めたのは二人の少女。短くまとめられた、海のように青い髪に同じ色の瞳。顔の横には耳の代わりに魚の鰭のようなものが生えていて、それぞれ二本ずつの腕と脚にはその手首足首から同じく鰭が伸びている。おしりからは人魚のような尻尾が見える。水の抵抗を少なくするためなのか、体を覆っているのは要所を包む布と鱗だけだ。こんな状況でなければ別の意味でドキリとするところだが。
こちらを睨みつける二人の顔はどちらがどちらかわからないほどにそっくり。海棲種のモブはみんな同じ顔なのか、そうでなければ姉妹だったりするんだろう。彼女らの手には一本ずつ槍のような、銛のような武器が握られている。
いつまでも見惚れているわけにも行かないので、臆しそうになる自分を押さえ込みながら口を開く。
「いやあ、俺たちは、その……ただの通りがかり、みたいな?」
頭の後ろに手を当てて、ごまかす様に言葉を紡ぐ。
ひゅんっ。
と顔の横を銛が通過した。冷や汗が海水に溶ける。
迂闊な言葉はそれだけで命とりと言う訳か。今更後にも引けないが。
飛んでいった銛は引っ張られるようにしながら彼女の手に戻っていった。
もう一人の見張りが咎めるように、
「まぁ落ち着け。死んだらどうする」
本人の目の前でなんか物騒なことを言ってるが。
「殺せばいいんじゃない?」
言われたほうも相当危ない発言で返す。
「そのバッジ、お前ら冒険家だな?」
「まあ、そういう言い方もできるかな」
その答えを聞いて、面倒そうにため息を吐いた。
「まずは目的を聞くんだ。冒険家は殺しても地上に戻るだけ。殺すのは本当に帰していいかどうかを判断してからだ」
「それもそうね」
わざわざ聞かせるように言ってるところ、かなりいい趣味をしてるらしい。
「それで、お前らはどうしてこんなところにいる?」
「最近は種族間の往来も規制されていると聞くけど、人間が何しに来たの?」
後ろに下がって距離を取りながら答える。
「大人しく退散するからさ。今日のところは見逃してくれよ」
「いよいよ怪しいわね」
「あくまで口を割るつもりがないなら、ひとまず捕まえて拷問にでもかけるか」
得物を構えてこちらへ向ける。俺は足で水を掻きだして大きく後退する。
次の瞬間、銛が放たれる。
だが、俺とて二度目の攻撃ともなればある程度は見切れる。
「強力斬撃っ!」
飛来した武器に剣を合わせて弾き、その反動で大きく後ろへ。続けて放られたもう一人の攻撃が、鼻先で反転して手元へ戻っていった。
水流を操れる範囲にも限度があるんだろう。距離感覚に自信はあまりないが、大目に見て射程は10m程度といったところか。
それが分かったところでどうにかできるほど甘い相手でもないようだが。
「待ちなさい!」
鰭や尻尾を駆使して水の中とは思えない速度で詰め寄ってくる。銛を振るわんと腕を持ち上げたところにカエデの放った魔法が襲い掛かるが、軽く躱して横なぎに凶器を薙ぐ。何とか盾で受け止めたところで、もう一人に見張りがコトリに向かっているのが見えた。
「空間移動っ」
迫る海棲種の後ろに回り込んだコトリに彼女が視線を向ける。すると、水流に縛られた彼女の動きが止まる。
「コトリ……っ。貫通射撃!」
俺に追撃をかけようとしていた見張りがその場を離れてカエデの撃った魔法を弾く。
「ごめん、ありがとう」
「いいからその子を早く捕まえろ」
銛を突き立てられる直前に空間移動で抜け出したコトリにもう一人の鎗が飛ぶ。
「断層防壁っ!」
飛んできた得物を魔法で弾いたコトリに、彼女を仕留め逃した人魚が襲い掛かる。
その攻撃を俺が受け止めると、飛んできたもう一本の銛に体をえぐられる。
「ぐあああっ!」
力が緩んだすきに突き飛ばされて距離が開き、次の瞬間には体の中心を貫かれる。
「が、はっ……!?」
突き立った凶器にはかえしが付いていて、抜こうにも抜けない。
「「ソウタ!」」
海棲種は銛を掴んだまま声のした方に視線を投げる。
「あと二人ね」
俺は痛みに耐えながらコトリに声を放る。
「……コトリ、悪い」
投げられた武器が、頷いたコトリに向かい、それを避けたところで軌道が変わり再び襲い掛かる。空間移動で逃れて俺の横へ現れる。こちらに手を伸ばすが、すんでのところで俺を突き刺す銛が真横に振られてその手は届かない。コトリを水流で捕らえて動けないところを背後からもう一人が貫いた。
「きゃあああっ」
魔法を使うのを阻止するために口を塞ぐ。
「こ、コトリ……ッ」
「さあ、残りはお前だけだ。……どうする?」
たった一人残された少女は、言葉を零した。
「わ、わかりました。一緒に……行きます」
*
銛を抜かれて、代わりに縄で縛られた俺たちは二人の海棲種に引っ張られて海中を進んでいた。
無駄に縛り方が上手いのはこいつらの趣味が反映されてたりするんだろうか?どれだけもがいても全く緩むこともなく、口にまで噛まされた縄のせいで会話すらまともにできない。
「うがあああああああっ」
コトリ、無駄だから静かにしてろ。
「ん、んあ……っ」
カエデもあんまり変な声を上げないで欲しいんだけど。
俺は何とか指先を動かして魔法を起動する。
『悪かったな、コトリ。痛い思いをさせて』
隠密会話を用いてコトリに話しかける。
『大丈夫っ。カエデにあんな役を負わせるわけにもいかないからね』
『コトリ……わざと、だったの……?』
しまったな。隠密会話ではパーティーメンバー全員に会話が聞こえるんだった。あまり、カエデに聞かせるべき内容ではなかった。
『カエデも、不安な思いをさせてごめんな』
『私は、べ……別に、良いんだけど』
『気にしないでっ!私なら全然大丈夫だからっ』
『う、うん……』
『それよりっ、作戦成功だねっ!』
『そうだな。このまま上手くいけばいいけど』
一番の問題は目的地に着くまでHPが持つのかどうかということだ。水の中にいるだけでじりじりと削られていく。俺たちを先導する彼女らはHPも持たなければ、そもそも水中で呼吸ができる。普段あまり意識しないせいか、気付いている様子はない。途中で『死んで』町に戻されてしまっては作戦は失敗だ。
俺とコトリは、さっき刺されたのと、そのあと無理矢理抜かれたので、残りHPは三分の一を切っている。この調子でHPが減っていけば恐らく2分と持たないだろう。
何とかしなければいけない。
『俺が何とかしてみる』
言って、俺は体を後方に投げると、前方で縄を持つ海棲種を引っ張る。俺と彼女を結ぶ縄がビンと張ったかと思った時には、すでに首元に銛が突き付けられていた。
「何だ?」
言葉を発することが出来ず、息を飲む。物理的な意味でもそうだが、一瞬、恐怖で声が出なかった。
「んぐっ、んー!」
何とかして唸り声だけは絞り出した。
彼女は小さく舌打ちをすると俺の口を塞ぐ縄を強引に引っぺがす。そして語気を強めて同じ質問を再度繰り返す。
「何だ?」
「どうしたの?」
異変を察したもう一人もこちらに近づいてきた。
「こいつが言いたいことがあるらしい」
「ふーん、何なの?」
彼女はこちらに視線を振ると続きを促す。
「あとどれくらいで着くんだ?」
「10分と言ったところか」
「……冒険家にはHPってものがあるんだ」
「知ってるわ」
「HPが無くなると町に転移させられる」
「それも知っている。要点を言え」
別の意味で命の危険を感じて、一言にまとめる。
「……死にそう」
対する二人は少し考えるような間があった後、「わかった」と答えた。
「どうすれば良い?」
「魔法薬品を取り出して飲みたいんだ」
「良いわ。薬はどこにあるの?」
「ここにはない。魔法で出すんだ」
「縄をほどく必要は?」
首を横に振る。相手の不審を招くことはできるだけ避けたいからな。
「出すのは俺がやるから、飲ませてくれないか?」
その言葉に相手はため息を吐く。
「妙なことをしたらその瞬間に殺すからな」
「わかってるよ」
俺が後ろ手に薬を出すと、それを奪い取るように持って口に突っ込む。既に水の中だが、溺れ死ぬかと思った。
「コトリにも飲ませてやってくれ」
「こっちの短髪か」
「あなたも、余計なことをしたらこいつがどうなっても知らないから」
コトリとカエデの縄を握る彼女が、俺に得物の先を向けながらコトリを睨み付けると、当の少女は上下に頭を振った。
彼女も俺から回復薬をむしり取ると、コトリの口から縄を取りそこに瓶を刺し込む。
とりあえずのところ、これで目的地には辿りつけそうだ。