序章 再開
竜人種の統治領の上空を死に物狂いで通過して辿り着いた獣人種の統治する島国、ヤマト。
飛行船が降り立ったのはその中枢都市イーディオの近くにある飛行場だった。
着陸した船を、発着場にいた獣人種たちが取り囲んだ。
組合によって厳しく航行が制限されている情勢の中で、許可船以外の外国船が自分たちの国に入り込んでいるのだから警戒するのも無理はないかもしれない。
「なんだ、お出迎えか?」
船長が船を降りて彼らに挑戦的な言葉を贈る。
そんな彼を睨み返して、初老の獣人が口を開く。
「今日は飛行船が着くなんて聞いてねえぞ。しかも人間種なんて」
無言でにらみ合う二人、周りの獣人種たちも険悪な雰囲気だ。
「ちょ、ちょっと!組合からの許可なら出てますっ!」
警戒させないように武装を解除してから、俺は慌てて船から飛び降り、彼らの間に割って入る。
なんでわざわざ揉め事を起こそうとしてるんだ、この人は。
俺は人間種組合からの航行許可証を取り出して示す。
「……確かに、航行の許可は出てるらしいな」
相手は俺の見せた紙切れをまじまじと見つめて声を漏らした。
「でも、そんな連絡は」
口を挟んだのは若い獣人の男。
「今の組合は何考えてるかわかりゃしねぇ。言うだけ無駄だ」
遮った初老の男に、前に出た船長が尋ねる。
「さ、問題がねぇ事はわかったろ?通してもらって構わねぇな?」
「わかったよ。好きにしあがれ」
苦々し気に呟き、道を開けた。
船長は俺に向き直って、
「つーわけだ。行ってこい」
「船長さんたちは行かないんですか?」
「俺らが行っても足手まといにしかならんしな。持ってきた商品はここに居る連中に渡せばいいだろう」
「そうですか」
「俺らはここらあたりでのんびりさせてもらうよ。食料の補充だけ頼んでいいか?」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
甲板からこちらを窺っている少女二人に声をかける。
「コトリ、カエデ。行こうか」
*
瓦屋根の乗った木造の建物が軒を連ねる町並み。その中央では立派な城が町全体を見渡している。
「おおー、にんげんだー」
徒歩と輝翼を併用しながらたどり着いたイーディオの町で、俺たちは獣人の少年少女に纏わり付かれていた。
頭の上から覗く獣耳。
テンションに合わせてくねくねと踊る尻尾。
黒目の大きな両の瞳。
獣人少女。
端的に言うと。
かわいい。
隣にいるコトリが俺にじっとりとした視線を送っている。
俺は咳払いでごまかすと、少年少女に質問する。
「人間がそんなに珍しいのか?」
「うん!昔はここにもけっこー人間とか他の種族がいたんだけど、『まおー』が来てからみんな帰って行っちゃた」
「お客さん、久しぶりー!」
「そっか」
そっと一人の少女の頭をなでる。
唐突に、声が飛んできた。
「こら、何してるの!?」
少し離れたところから女性の声が響く。
「あ、お母さん!」
一人の女の子がその声がした方へ走っていった。
その方向にはウサギの耳を生やした着物の女性。
走って行った少女にも同じウサミミがあったから、多分あの子の母親だろう。
「もう、ダメでしょ?知らない人に近づいちゃ」
彼女は娘を抱いて軽く叱ると、他の子どもたちにも同様にたしなめた。
「あなたたちも、早くおうちに帰りなさい」
言われた当人たちは、渋々、といった様子で散り散りになっていった。
「なんか、嫌われちゃったみたいだね」
コトリが少年少女の去っていった先を見つめて呟いた。
その声に答えたのは、建物の影から姿を現した男。
「当たり前だろう」
硬そうな灰色の毛色の獣人。
狼……いや、犬だろうか。
男は続けて質問する。
「人間が何の用だ?」
何の用、と聞かれると俺も困る。
組合長の勧めでとりあえず来てみたはいいが、ここに何があるのか全く分からない。
中々答えない俺たちにしびれを切らしたのか、彼は質問を変える。
「聞き方を変えようか。組合の人間が何の用だ?貿易が再開されたなんて聞いてないが」
なんで俺たちの所属が分かったのか、と思ったが、胸元に光っている組合章を見ての事だろう。
盾の上に杖、弓、剣が重ねて施された徽章。紛れもなく人間種組合の組合員であることを表すバッジだ。
それに、この時世に他種族が現れたとなると組合の人間であると考えるのはある程度自然ではあるか。
「魔王を倒すんだよっ」
思考を巡らせるばかりで俺がいつまでも口を閉ざしているせいか、コトリが堪え切れずに声を発した。
相手は不機嫌そうに舌打ちをする。
「『同盟』は魔王に構い過ぎなんだよ。向こうは特に何をしてきてるわけでもねぇだろうに。『魔王』を倒すなんて息巻いて置きながらこの数年間何もできないでいるくせに、どういうつもりか船の移動も制限されて。こっちはただでさえ大変だってのに、『同盟』のせいで苦しい生活してんだよ」
船長が言っていた。
『魔王を倒したがっているのは人間種くらいだ』と。
どうやらそれは間違いないらしい。だから俺も敢えて言わなかったのだが。
『同盟』が『魔王』を必要以上に意識しているせいで他の種族は迷惑を被っていると思われているのかもしれない。魔王を倒そうとしている『同盟』と一般市民の間にはすれ違いが起こっている、と言うことだろうか。
「ともかく、獣人種には魔王に構っていられるほどの余裕はねぇんだよ。とっとと自分の国に帰んな」
言い捨てると、彼は歩いて去っていった。
「……ふぅ。どうするよ?」
ポツンと取り残された中で、俺が口を開く。
この様子だと、町の人たちには俺たちは歓迎されないだろう。有力な情報が得られるとも考え辛い。
「お城に行こうっ!」
「え……?」
コトリが元気よく言って、カエデが聞き返した。
「人間種組合の本部長が言ってたのは『魔王を倒したければヤマトに行けばいいだろう』とだけでしょ?何の情報もないからさ、まずは王様に話を聞きに行こうよっ」
「いや、コトリ。さっきまでの一連の流れ覚えてないのか?」
どう考えても獣人種は俺たちの事をよく思っていない。城になんか入れて貰えるはずがないだろう。
「やってみなきゃ分からないじゃんっ。行ってみようよっ!」
確かに、町民に嫌われている以上、このあたりでの情報収集は無理がある。ダメ元で訪ねてみるのも悪くはないかもしれない。案の定な結果ならまた別な方法を考えればいい。
「情報を集めるのはいいとしても、何で城なんだ?獣人種の組合支部とかの方がいい気もするけど」
「うーん、組合は冒険家とか一般人に対して隠してることが多いみたいだから。それに、王様の方が権力を持ってるでしょ?もし王様に認められたら、街でも動きやすくなると思うんだっ」
なるほど。
意外とちゃんと考えた上での発言だったわけか。
「私がいつも考えなしで動いてるとでも思ってるのっ?」
エスパーか。
「いや、大体そうだろ」
「むぅーっ」
ともかく、俺たちは次の目的地を城に定めた。
探すまでもない。
この町は城下町だ。町の真ん中で一番目立つ建物、あれを目指す。
さて、と。
――今回は、どんな冒険が待ち受けてるんだろうな?