終章 Next
「はい、明日にはヤマトに着くと思います」
新しい船で再び振り分けられた自室で一人、遠く離れた相手に言葉を届ける。
今日一日のことを話すだけで随分と時間がかかった。
何せ朝からドラゴンに襲われたかと思ったらそのあと、今度は竜人種に襲撃を受けるという、本当に気の休まる時間の無かった日だからな。
『そう。色々あったみたいだけど、何とか到着できそうで良かったわ』
「おかげさまで」
『着いてからも大変だと思うけど、コトリの面倒見てあげてね』
「いえ、どっちかと言うと俺が引っ張ってもらってます」
俺の言葉に、彼女は愉快そうに笑い声をあげた。
『あの子は夢中になると周りが見えなくなるところがあるから。あんまり自由にさせ過ぎちゃダメよっ?』
「ははは、気を付けます」
一頻り笑いあってから、彼女の方から会話を閉じ始める。
『もう寝るの?』
「ええ、もう晩御飯も済ませたので」
『じゃあ、おやすみなさい。カエデちゃんにもよろしくねっ、ご両親心配してるから』
「もちろんです!おやすみなさい」
通話を終えたところでタイミングよく部屋の扉が叩かれる。
「はい」
「あ……ソウタ。船長さんが、みんなで…集まって欲しいって」
「船長さんが?……わかった」
*
カエデと共に向かった大部屋にはクルーたちと船長が待っていた。
少し遅れてコトリも部屋に入ってきた。
「話って何ですか?」
「ああ、明日以降の話なんだが」
そう言われればそうだ。彼らがここまで付き合ってくれていたのはここ最近出来ていなかった、獣人種への貿易が目的だ。それが達成されれば、俺たちに付き合う理由はもうない。
「俺たちがここまで来たのはヤマト相手に商売をするためだ。それが終わったら帰らせてもらう」
船長はつらつらと言葉を羅列する。
「……と、言いたいところだが、しばらくはあんたらと行動を共にさせてもらう」
「え?」
虚を突くような彼言葉に思わず声を上げてしまう。
「何も四六時中一緒に居ようってわけじゃないが、護衛もなしにイーピアルに戻るのはやはり難がある。今回の航行でよくわかったよ」
イーピアルというのは人間種の統治する領土のうち、王都ロンディアを中心とする地域。平たく言えばここに来る前に俺たちがいたあたりの事だ。
周りの乗組員たちも頷く。
「また墜落するのも御免だし、これからはあんたらの冒険に付き合ってやる」
「……ありがとうございます!」
正直に言えばヤマトを出るときの移動手段については不安を覚えていた部分だ。
彼らの申し出はありがたい。
「よし、要件はそれだけだ。解散!」
船頭が一声あげ、他の船員たちが仕事や自室に戻るなか、彼らの中から、上下に一歳、二歳差くらいの数人に囲まれた。
「お前ら本当にすごいな!これからよろしくな」
「冒険の話、聞かせてくれよ!」
などと、まるで人気者にでもなった気分だ。
クルーたちは席について、腰を据えて話し始めようというような勢いだ。
その勢いに乗せられて俺たちも椅子に座る。
「昨日から話しかけようと思ってたんだけど、なかなかタイミングが無くてさ」
「そうそう、他のおっさんたちにはお前らを嫌ってるやつもいるし」
「えっ、私たち嫌われてるの?やっぱりかー」
彼らの言葉を受けてコトリが聞き返す。
「ま、いきなりやってきて自分らの都合で船を出せ、なんて。とんでもねぇガキどもだって言ってたよ」
失笑しながら少年の一人が答える。
昼食の時のぶっきらぼうな対応を見れば何となく察しはついていたが。
「今日のことで見直したって人も結構いたみたいだけど」
「ここの人たちは結構単純だからね」
「でも、お前らがいなかったら、そもそもこうはならなかったっつう意見もあるがな」
それでも彼らは俺たちと仲良くしようと話しかけてくれた。
歳が近いということもあるかもしれない。
話題は移り変わり、今日の戦闘の事へ。
「いやあ、飛竜種や竜人種相手にあそこまで渡り合うなんて思っても無かったぜ?大したもんだよ、本当にっ!!」
「たまたま運が良かっただけだよ。下手すりゃ、船の人たちはみんな死んでた」
「気にすんなっての!実際には誰も死なずに、今こうして話ができてんだからさっ!」
「でも次は堕ちないように頼むぜ?」
そのあとも深夜まで色々な話をした。
と言っても、殆ど中身のない馬鹿話ばかりだったが。
笑い合って、とても楽しい時間だった。
こんなに楽しく夜更かしをしたのは初めてな気がする。とても、貴重な体験だった。
*
次の朝。
俺はまた体を揺さぶられて、眠りの世界から引きずり出された。
……何度目だろう。この目覚め方をするのは。
「ソウタっ。起きてっ!」
「わかったっ!起きたよ!」
まだ寝ていたいと呻く体に鞭を入れて上体を起こす。
「っていうかどうやって入ってきたんだよ……」
昨日はちゃんと鍵を……。
……かけてないか。
昨日も夜遅かったしなぁ。
自分の部屋というものを与えられたことが無いからか、寝る前に部屋の鍵をかける習慣がどうも身についていない。
抱えた頭に容赦なく声が突き刺さる。
「ほら、ソウタっ。行くよっ」
「行くってどこに?」
コトリに手を引っ張られて無理矢理に部屋から連れ出される。
扉の外にはカエデも待っていた。
おはよう、と呟く彼女の横をすり抜けてコトリは駆ける。
そのまま二人と共に船の甲板に出た。
朝の光の眩しさに思わず目を細めた俺をよそにコトリは船の正面を指さす。
陽に目が慣れてきたところで、彼女の示す景色を見る。
大陸の向こうに見える島国。
「あれがヤマトだよっ」
俺たちが目指していた目的地、弧状列島ヤマト。
到着するまでにこれほど苦労をするとは予想していなかったが、それもあと少しだ。
着いた先でも何があるかは分からないけれどここまで来たら前に進むだけだ。
船頭の方に駆け寄って、口を開く。
「さあ、かかって来いよ!ネクストステージ!!」
コトリとカエデは意外そうにこちらを見つめている。
「珍しいね、ソウタ」
「ソウタが……そんなに、叫ぶなんて」
ついテンションが上がって柄でもないことをしてしまった。寝ぼけてんのかな。
照れ隠しに「そうか?」と胡麻化して前方に視線を投げる。
そんな俺の様子を見て、コトリは口元に両手を当てると大きな声を上げる。
「かかってこーっいっ!!」
そんな彼女に拳を振り上げてカエデも続く。
「か、かかって…こぉーい……っ!」
なんとなく、意味もなく可笑しくなって、思わず噴き出した。
ふたりの少女たちも釣られて笑いだす。
すっきりと晴れ渡った朝の青空に、三人の笑い声がどこまでも響いていた。