残党狩り Lv2
慌てて武装をして甲板に出ると、そこにはすでに船長と数人のクルー、そしてコトリにカエデも揃っていた。
「何だ、あれは……」
船長の呟きに、俺も船の周りを見渡して敵を探す。
その姿は船の後方から迫っていた。
一つではない。
複数の影が群れをなしてこちらに向かっている。
それは大きな翼を持っていた。
真っ先に思い浮かぶのはついさっきまで戦闘をしていた相手。
その思い付きを口にする。
「また、飛竜種か?」
「いや、違うな」
否定するのは船長。
確かに徐々に近づきつつあるそれは二本の脚に二本の腕を持っているように見える。
だったら。
次なる可能性をカエデが漏らす。
「バウログ、かな……?」
「それも、違うみたいだよ」
今度はそれをコトリが否定する。
敵が後方から迫る。
十分に相手の姿を認識できる距離。
俺にもわかった。
それは……。
「竜人種……ッ?」
彼らは俺たちに船を貸して、村から追い出して、それで満足のはずだ。
それ以上関わる理由はこちらにもあちらにもないはずだ。
「……どう、して?」
「ここまで見送りに来てくれたってわけでもなさそうだけどな」
「忘れ物を持ってきてくれた感じでもないね」
疑問に答えを出す前に群れの先頭から一人が飛び出し、風の壁も破って甲板に落ちてくる。
振り下ろされたハンマーを翔び退いて躱す。
船長は俺とコトリで持ち上げた。
打ち付けられた船体は大きく揺れる。
武器を持つ竜人の横顔には見覚えがあった。
サラマンド達とともに戦った竜人種のパーティーの一人。アーロンとか言う名前だったと思う。
「いきなり何するんですか!?」
思わず俺が叫ぶと、彼はこちらに向かって飛んできた。
船長をコトリの任せて、振るわれる大槌を盾で受け止める。
「お前らをこのまま行かせるわけにはいかねぇからな!」
ゴンッ!
さらに力を加えて押されて、靴底を滑らせながら後方に下がる。
コトリやカエデは船の外に飛び出して残りの竜人種たちの気を引く。
彼女たちの方に向かいたいが、目の前の敵がそれを許さないだろう。
クルーたちも大砲なんかで戦況に横やりを入れている。今はそれを信じるしかない。
歯を食いしばりながらなんとか言葉を返す。
「どう、して!?」
「人間種組合が何を考えてるかぁ知らねぇが、どぉせ、獣人種と手を組んでろくでもない事をしようとしてんだろぉがっ!」
「何を根拠に……そんなことをっ?」
「雑魚どもが考えることなんざ大体そんなとこだろぉがよ!!あの洗脳ヤロォも、てめぇらが手引きしたんだろ!?」
怒りを露にしてアーロンは叫ぶ。
「力もねぇくせに頭ぁばっかり使いあがって!!裏でコソコソと!気に食わねぇんだよ!!!」
俺は弾き飛ばされて船の上を転がる。
甲板に敵がいるにも関わらず、逃げずに戦い続けている乗組員たちに危害を加えさせるわけにはいかない。
彼らは冒険家と違ってHPが無くなったら文字通り丸腰になってしまう。
空を飛ぶ二人の少女の事も気になる。
すぐに立ち上がって眼前の敵を睨み付ける。さっさとケリを付けないと。
「人間種も、土精種も、獣人種もっ!無力なくせに!翼もねぇくせに!わらわら群れて、小さな平和守って!!ムカつくんだよ!!」
「起動!!」
背中の羽を起き上がらせ、竜人に体当たりするように突っ込む。
アーロンは俺の剣をハンマーの柄を使って受ける。
ほとんど無意識のうちに口から言葉が放たれていた。
「力があるのがそんなに偉いか!?空を飛べんのがそんなに偉いのかよ!?」
相手にわずかに押し勝つ。
「良いだろ!?話し合って、協力して、それで争わずに済むんならっ!!」
「……んだよ」
大きな竜人が小さく声を零す。
「表向きだけ平和なふりして、相手の腹ぁ探りあって!そんな平和に意味なんかねぇんだよ!!」
力のままに振り回された鎚によって、床に背中から叩き伏せられた。
「が……ッ?」
「仲良しごっこは、もう、うんざりなんだよ」
迫りくる攻撃を横に転がって避ける。
「だから、お前らにはここで堕ちてもらう」
ゆっくりと歩み寄りながら淡々と語る。
「この近くの村には俺の仲間が待ってる。船は落として、船員は殺して、お前らには捕まってもらう」
何とか起き上がるが、HPが残り少ない。
ヤバい。
後ろに下がって距離を取ろうとするが、背中に船の感触。
……くそ。
思わず顔を伏せる。
結局俺は、何も守れないのか。
やっぱり、何も手に入らないのか。
情けないな。
せっかくやりたいことが出来たのに。
せっかく守りたいものが出来たのに。
とどめを刺そうと、アーロンが得物を構える。
その肩に。
矢が突き立つ。
「火炎爆撃っ」
俺の横に現れたコトリが杖を片手に唱える。
「なっ!?」
火の玉が弾け、竜人の肩の矢が爆ぜた。
後方に吹き飛び、甲板を転がる。
「ソウタ。ソウタは一人じゃないんだよ?」
コトリがそんなことを言った。
脳内にも声が響く。
『ソウタだけじゃ、無理でも……私たちがいる』
二人の声が重なる。
「「三人なら、できない事なんかないんだよ」」
その言葉に、急に視界が晴れたような気がした。
そうだ。
こっちに来て色々なことがあった。
成り行き上とは言えいくつかの事件も解決してきた。そのせいで大事なことを見失っていたらしい。
どこに居たって、何をしたって俺は俺でしかない、なんて。
そんな簡単なことを。
なんでも出来るような気になってた。
俺が中心になって、二人に指示を出して、敵を倒す。
今なら二人を守れると思っていた。守らなければいけないと。
……それは違った。俺は弱かった。
結局のところ俺には何もできやしない。
でも、それでいい。
彼女たちは俺の部下じゃない。かけがえのない友人で、大切な仲間だ。
仲間は守るべきものなんかじゃなくて、共に闘っていくものなんだから。それが真に助け合うってことだ。居場所を与えてくれる彼女たちを大切に思うあまり、過保護になっている部分があったみたいだ。
信じて任せる。それが、今の俺が出来る唯一の恩返し。
あいつらは俺が守らないと駄目なほど弱くなんか無いんだ。安全地帯から援護だけしてもらおうなんてのはどこまでも思い上がりに過ぎなかった。
息を吸って、吐いて、
「ありがとう、二人とも」
船べりから背を離して前を向く。
仲間を信じ切れてなかった自分自身をぶん殴ってやりたい気分だ。
「お前らのせいで、俺も随分と諦めが悪くなっちまったみたいだ」
敵を見据えると、ゆっくりと起き上がるところだった。
怒れる竜人は忌々し気に吐き捨てる。
「……そぉいうとこだよ」
ゆらりと武器を構える。
「力も無ぇくせに、群れぇ作って、自分を大きく見せようとして」
勢いよく地面を蹴りだす。
翼で空気を捉えて前へ。
「良ぃ気になってんじゃねぇぞっ!!」
俺も一歩前へ出る。もう退かない。
攻撃に対して身を屈め、剣でハンマーを受け止めながら魔法を発動する。
「一矢報復ッ!」
受けた攻撃の一部を無効化し、相手に返す魔法。
相手の攻撃を掬いあげるように剣を振るって、突進の勢いを利用し後方へ投げ飛ばす。
「雷撃射撃っ」
コトリの魔法に後押しされ、吹き荒ぶ暴風を突き破って船の外へ放り出されるアーロン。
『コトリ、カエデ、一瞬だけ任せてもいいか?』
隠密会話で二人に呼びかける。
「うんっ任されたっ」
『こっちも、大丈夫……っ』
その言葉を確認してから、俺とコトリも船を飛び出す。
コトリはそのまま、竜人種の相手に戻る。
それにはついて行かず、俺は上空へ飛び上がる。
気圧差に残りわずかなHPを削られながらも、追ってくるアーロンに追い付かれるより速く。
空中で止まると、周囲を見渡し、見つけた。
「自己犠牲っ!!」
大声で叫ぶ。
魔物を対象とした魔法のため、今相手をしている敵に対しては効果は薄いが。
「はっ!!何のつもりだ?」
あざ笑うアーロンに向かってUターンで下降し、
「今にわかるさ」
横をすり抜ける。
「二人とも、離脱だ!」
『『了解!』』
三人の冒険家は群れを離れる。
彼らはこちらを追おうとするが、それを遮るものが上空から。
羽の生えた黒い集団。
「バウログだとっ!?」
俺を追ってやってきた魔物の群れに一瞬で囲まれる竜人たち。
「こんな魔物ごとき…っ!」
次々とモンスターを打ち落としながらも少しずつ消耗していく。
「一人一人が強かろうと、そんなバラバラな連携じゃ、この大群は相手できないぜっ?」
とは言ったものの、こんな方法では長くは持たないだろう。
仮にも相手はあの竜人種なのだから、バウログ程度にやられるわけがない。
船長に向かって叫ぶ。
「今のうちに全速力で逃げてください!!俺たちは後から行きます!」
「おう!」
答えて、船員に指示を飛ばす。
「全速全開っ!竜人種を振り切るぞ!!」
みるみる速度を上げる船。
逃げ切ってくれればいいが。不安な気持ちを抑え込みながら、戦線を離脱して船に追いすがろうとする数人の竜人の行く手を遮って時間を稼ぐ。
そこに、声が響く。
少女の声だった。
「まったく、何してるの?アーロン」
「テトラ……ッ、どぉしてここにっ!?」
魔物を相手取りながら驚きを隠せない様子で声を上げる。
「それはこっちの台詞。みんなしていなくなっちゃったから、もしかしたらと思って、お兄さんたちの船の方に来てみたら……予想通りだったよ」
呆れたように口にする彼女のそばには他にも数人の仲間が飛んでいた。
マテオさんの姿もある。
テトラは苦戦する仲間の様子を見て、
「話を聞く前に、これをどうにかしないといけないみたいだね」
手にした大きな両刃斧をバウログの群れに向ける。
「ッ……!お前ら、離れろ!!」
アーロンが慌てて味方に呼びかける。
彼を筆頭に数人が戦線から離脱する中、少女は言い放つ。
「――灼熱竜砲」
空気が脈動し、斧の先に力が集約される。
そして。
轟!!
凄まじい業火が逃げ遅れた仲間ごとモンスターの群れを焼き払う。
火炎が舐めた後にはその熱だけが残され、他には塵一つとして残されてはいなかった。
あまりのことに声もない。
絶句している俺の横にマテオがやってきた。
「本当に、最後まですまない。奴らにはきちんと言い聞かせておく」
「いえ……それは、構わないんですが」
呆然と戦場だったものと、それを消し去った張本人を見つめる俺に、
「……テトラか」
彼は言った。
「彼女は、天才なんだ」
「…………天才…………」
まさに天災のような光景を目の当たりにして、凡人の俺にはそれ以上の言葉は出せなかった。