Dragon Lv3
その後、近くの村から何人かの竜人種がやってきて地に伏したドラゴンの様子を確認した。
医者のようなものだろうか。
彼らは意識を取り戻したサラマンドラを空に帰していき、最後にあの巨大な竜を見送って、村へと帰還することになった。
散り散りになっていた船員たちを集めて竜人種の村まで共に案内してもらう。
事情も事情ということがあって彼らも俺たちをそのまま放っていくわけにもいかないと判断されたのだと思う。
「すみません。ご迷惑を、おかけして」
「いいや、祖竜種の開放に貢献した貴君らを無下には扱えん」
空を飛べない人間に合わせて徒歩を移動手段としてくれている竜人種たち。
歩きながら大剣使いと少し言葉を交わす。
「それに、お前らをここで野放しにして何かあっても困るからな」
横やりを入れてきたのは、ランス使いではなくハンマー使いの竜人だ。
「アーロン」
大剣の戦士にとがめられ小さく舌打ちをする大槌の戦士、アーロン。
彼をなだめるように口を挟んできたのは見覚えのない竜の少女だった。
「まぁまぁ、とりあえず悪い人たちじゃなさそうだしさ。仲良くしようよ」
「テトラ、来てたのか」
大剣が驚いたように紅蓮の髪の少女に視線を移す。
彼女は長い髪をツインテールにして頭の横にぶら下げている。肩からは大きな翼が伸びており、お尻には尻尾が揺れている。土精種はまだ人間に近い見た目だったが、こうして翼や尾のある種族を見ると遅ればせながら異世界を実感する。さっきまでは敵対関係で、そんな余裕も無かったからな。
テトラの頭には大きめの角が二本あり、その内側に小さな角が一本ずつ生えている。四本角の少女が大剣の男を見上げると言葉を返す。
「あ、マテオ。みんなのところに行くって言うからついてきたの」
「まったく、お前は……」
マテオと呼ばれた彼は呆れたように息をつく。
「あっ、テトラちゃん。今度はこっちにいたんだね」
「うん、人間種がどんな人たちなのか知りたくてさ」
やってきたコトリとも親し気に会話をしている。
恐らく他の船員たちの元にも行っているのだろう。
悪い人たちじゃなさそう、というのは強ち無根拠に言っていたわけでもないのかもしれない。
「よろしくね。私はテトラって言うの」
「あ、ああ。よろしく。俺はソウタだ」
にっこりと笑顔を浮かべると本筋に話題を戻す。
「私はさ、種族が違うとか何とかって大した問題じゃないと思うんだよね。どこで生まれたかなんてものがその人の価値になるなんて不合理じゃない?」
彼女の言葉に大剣を背負った竜人が異を唱える。
「そうは言うがな、テトラ。俺たちは気高き始祖竜の血を引き継ぐ種族なんだぞ」
そう言ったマテオにアーロンが便乗する。
「そぉだぜ。角も翼も持たないような猿とは根底から違ぇんだよ、俺たちは」
「アーロン、それは言い過ぎだ」
「事実だろぉがよ」
「彼らがいなければ、祖竜種を救うどころか俺たちがやられていたんだぞ」
同輩の様子に嘆息しながらマテオは申し訳なさそうにこちらを見やる。
「すまない。礼儀のなっていない奴でな」
「いいえ、俺たちはよそ者に過ぎないですし」
「竜人種は始祖竜の後継であるという高い誇りを持っている者が多いが、それが行き過ぎて他種族を見下すような奴が少なくないのも事実だ」
残念なことにな、と彼はもう一度ため息を吐いた。
「下らないプライドなんか持ってるからだよ」
竜人の少女は不機嫌そうに零す。
「誇りを持つことは別に悪いことじゃないさ。それがなきゃ、そのうち自分が何で生きてるのかさえ分からなくなってくる」
自分に誇りを持てず、自分には何の価値もないと思って生きていれば、いずれ何かに足を掬われる。
ふとした瞬間に気付かされる。
自分には夢も目標も無く、何一つ誇れるものが無く、存在に意味など無いと。
「そういうものなの?」
「そういうもんなのさ」
いざというときに道しるべになるような確固たるものを自分の中に持っていない人間は驚くほど簡単に折れてしまうから。
「ソウタは、誇りを持ってるの?」
コトリがそんなことを尋ねる。
「ああ」
今の俺はあの頃とは違う。
違うはずだ。
「今の俺には、コトリがいて、カエデがいる」
黒髪の少女の横にはいつの間にか栗色の長髪少女が歩いていた。
「俺は、魔王を倒すためにここに居る。二人を守るためにここに居る。だから、ここに居ていいんだって思えてるんだ」
「そっか」
呟いて、コトリは小さく微笑んだ。
今は彼女たちが俺の生きる理由なのかもしれない。
けど、いつか。
俺自身の中に自分の生きる理由を見つけられればそれでいい。
この世界に来て、きっと少しずつ変われているはずだから。
話の流れを断ち切ってテトラが口を開く。
「ところでこの人間種たちは村に行った後どうするの?」
言葉を返したのは大剣のマテオ。
「彼らには俺たちの飛行船を貸す。ヤマトに向かうんだそうだ」
「すぐに出ちゃうの?」
「そうだな。彼らがここに留まる理由もないだろう」
テトラに視線を投げられ俺は小さく肩を竦める。
「よそ者がいつまでもいちゃ迷惑だろ?」
「ゆっくりしてけば良いのに」
「ありがとう」
そう言ってもらえるのは嬉しいが他の竜人たちはあまりいい顔はしないはずだ。
「誰もが君みたいな考えならよかったんだけど」
それは竜人種に限らず、人間種も含めた世界中の種族に当てはまるものだ。
『俺の世界』でも、もし皆がこんな考えを持てていれば今より少しはマシな世の中だっただろうな。
そんな思いが脳裏をよぎったが、よくよく考えるまでもなく、俺だって偉そうにそんなことを言えるほどご立派な人間ではないのだった。
今はただ、御大層な名目を掲げるでもなく、世界平和より大切なものを守るために、天下泰平より望む未来のために戦うだけのちっぽけな存在に他ならないのだから。