Dragon Lv2
コトリの指が示した方向に全速で飛ぶ。
『コトリ、どこだ!?』
彼女がこのあたりだと言った場所には誰の姿もない。
横に追い付いてきたコトリは迷いなく杖を構えて声を上げる。
「そこっ!氷柱射出!!」
侵食から取り残された岩の塔の先で氷が砕ける。
細かい破片などの靄が晴れると、さっきまで誰もいなかった場所に変わった意匠の黒いローブを纏った人影が現れる。
姿を視えなくする魔法か何かで身を隠していたのだろう。
あいつを叩けば竜を操る術式は解呪されるはずだ。
漆黒の影を目指して羽を動かす。
「ソウタ、止まってっ!!」
急ブレーキで空中に止まった俺に、上空から火の玉が雨のように降り注ぐ。
「誘導射撃っ」
カエデの放った魔法が、俺の躱し損ねた火炎を打ち落とした。
上を見ると、巨大なドラゴンがこちらを睨みつけている。
先ほどまで戦っていた小型竜が本当に小さなものだと思えるほどのサイズ感に思わず声が漏れる。
「あんなでかいのまで操れるのかよ!?」
そんな叫びも全く意に介することなく、竜は続けて『祝福』を吐き出す。
身をひるがえして渦巻く炎を避けると、灼熱が大地をレーザーのように焼き焦がす。
こいつをどうにかしない限りは術者自身に近づくこともできないだろう。
仕方なく、反撃に出ようと真上に飛ぶ。
しかしドラゴンの方も簡単には接近させてくれない。
翼をはためかせ距離を取って、再度魔法を放った。
ミサイルのように迫る業火球群をギリギリで回避しながら近づこうと試みるも、届かない。
『くそ、どうすればいいんだっ?』
『カエデっ。カエデの魔法で首輪を壊せないっ?』
『やって、みる……っ』
答えたコトリが弓に矢を番える。
「流星射撃っ!」
だが、放たれた攻撃は空しくも『祝福』に消し飛ばされた。
『そん、な……っ!?』
驚いている間もなく周囲から炎の攻撃が数多と襲い掛かる。
竜人種たちが相手をしていた小型竜の一部がこちらに向けられたらしい。
取り囲むサラマンドの首輪を剣で斬り壊す。
さっきはあんなに簡単に壊れると思わなかったから魔法を使ったが、二次転職で増えた恒久魔法、追加攻撃の効果で魔法の使用後に追加で攻撃が発生することがあるため下手に魔法は使えない。
それに飛行にMPを持っていかれるから節約の必要もある。
コトリやカエデの周りを巻き込むような魔法ならまとめて首輪を破壊できるだろうが、竜人種の前でドラゴンを傷つけるわけにはいかない。
『空間移動であの竜のそばまで行くことはできないか?』
『おっけー、任せてっ』
コトリは四方から襲い掛かる『祝福』を避けながら限界まで巨竜に近づくと空間移動を発動する。
「空間移動っ」
ドラゴンの鼻先辺りまで飛んだ彼女が続けて攻撃に転じる前に、竜は翼で空を掻いて退くと口から吐き出した魔法で目の前の少女を打ち落とした。
小さな少女はもろに攻撃を受けてしまったらしく、力なく落下してくる。
「コトリ!!」
慌てて上昇するとコトリを抱き留める。
「大丈夫か!?」
「うん、平気だよ」
彼女はすぐに意識を取り戻すと自分の力で空中に浮かび上がる。
周りの小型竜の攻撃を受け流して隙を作る間にコトリはHPを回復して、口を開いた。
「今の私が転移できる距離じゃ、あそこまで近づくのが精いっぱいだよっ。それをわかっててギリギリの間隔を保ってるのかも」
「ッ……なるほど」
サラマンドラの首輪をたたき割りながら小さく一言返す。
「誘導射撃っ。……一石多鳥っ!」
カエデの放った五本の矢がドラゴンの首輪を正確に追いかけて次々に破壊する。
二つの魔法を組み合わせるなんてよく思いついたものだ。
『さすがだ、カエデ!』
『えへへ、ありがと』
とは言え、小物ばかりを相手にしている余裕はない。
はるか上空から、サラマンドラもろとも呑み込むような『祝福』が迫りくる。
二人の仲間を守るために攻撃の正面に躍り出た俺のさらに前に大きな影が現れた。
「鉄壁防御!!」
竜人種の大きな盾から発生した防壁が俺たちを火炎の猛威から守り抜く。
彼に向かって礼を述べる。
「助かりました!」
「勘違いするな、ドラゴンを傷つけさせるわけにはいかないからだ」
その言葉の直後、他の武器を持った竜人たちが風と共に登場し次々に小型竜を地に落としていく。
彼らもこのデリケートな戦闘に少しずつ慣れてきたようだ。
「あそこまで巨大な祖竜種まで洗脳にかけることが出来るとは。厄介だな」
大剣を手にした竜が隣に来てそんなことを言った。
「術者はどこにいる?」
「それなら……」
さっきの岩の上を指さそうとしたが、そこにはすでにあの影は無かった。
その下に視線を移すと、地面に降りて岩の陰に立っている黒ローブが目に入った。
「あそこに」
機を狙って逃げ出そうとしているのかもしれない。
「やつを倒せば洗脳は解除されるんだな?」
「はい、お願いしても良いですか?」
「わかった」
彼は頷くと術者の元に飛んだが、その過程でサラマンドラに行く手を阻まれる。
他の竜人種も同じように岩の根元に向かおうとして竜に邪魔されたり巨大竜からの魔法で狙われている。
彼らにとってはドラゴンを盾に取ることほど効果的な防御法はないだろう。
やはりあの大きな竜を倒すしかないか。
「盾で炎を防ぎながらあのでかいのに近づけませんか!?」
「人間が指図するな」
言いながらもシールドを手にした竜人種が上空へ向かう。
「絶対守護!!」
吐き出された『祝福』を押しのけながら巨竜に迫る。
俺もその後ろに続く。
「おおおおああああああああああああっ!」
堅牢な盾で炎を凌いでいたが、あと少しというところでそれも破られてしまう。
打ち落とされる竜人。
背後にいた俺ももろとも火炎に呑み込まれて地に落ちる。
「くそ、大丈夫か!?」
少しの間意識を失っていたが、よろよろ起き上がりながら言葉を返す。
「問題、ない」
「……大丈夫です」
HPを薬で回復し、同様にMPの回復薬も取り出そうとしたが反応がない。
用意していた分の魔法薬品を使い切ってしまったらしい。
もう長くは持ちそうにないな。
「聞いてください!」
俺は空に向けて声をあげ、注目を集める。
「一つ、試してみたいことがあります。それには、皆さんに協力してもらう必要があるんです」
戦う彼らを見渡し、二人の仲間にも声をかける。
「コトリ、カエデ、二人も頼むぜ?」
「まっかせてっ」
「うん……やろう!」
*
周囲の小型竜を堕としてわずかな隙を作ると、号令を飛ばす。
「カエデ、今だ!」
それに従って後ろの方で弓を構えていたカエデが詠唱する。
「……流星射撃っ」
その矢が放たれると同時に、
「お願いします!」
「行くぞ!薙ぎ払い!」
巨大な剣に足を乗っけて、振るわれた攻撃から推進力を得て勢いよく空に飛び出す俺とコトリ。
竜人種たちがサラマンドラの攻撃を防いでくれている中を、矢と並んでまっすぐ敵を見据えて一直線に飛ぶ。
大きなドラゴンが光放つ矢を防ごうと『祝福』を展開する。
「コトリ!!」
「行ってっ、ソウタっ!!空間移動っ!」
竜の眼前に移動した俺は盾を構えて叫ぶ。
「攻撃分散っ!」
盾に魔法粒子を集中させて魔法を分散させる魔法。
それが吐き出された魔法を打ち砕く。
MPが尽きて羽を維持できなくなったものの、目的は達した。
大地に接近しながら叫ぶ。
「行っけぇええええええええええ!!」
俺を追い越したカエデの矢が防御を抜けてドラゴンの首輪を撃ち抜く。
ゆらり、と力が抜けて巨竜が落ちていくのが視界の端で捉えられた。
「ソウタ……ッ!」
矢を放ったMVPが俺の体を受け止めてる。
勢い余った彼女を、コトリも一緒になって俺を支えることで助けてくれた。
二人がゆっくりと地面に下ろしてくれる。
「助かったよ、カエデ、コトリ」
ふわりふわりと地面に降り立ったドラゴンは、そのまま地面に倒れる。
それをきっかけとしたように、他の小型竜たちの洗脳も解かれ、全てが大地に落下した。
さっきの岩の陰を見ると術者の姿はすでに無くなっていた。
洗脳が解けたのは術式の有効範囲から魔法の発動者が出てしまったからか。
「逃げられてしまったか」
「……そうですね」
「だが、祖竜種を守ることが出来た。礼を言う」
地面に降りた俺たちに、大剣の竜人は頭を下げた。