二章 Battle Lv1
大きな帆船がふわりと地を離れる。
「わぁっ!ほんとに飛んだー!」
デッキの手すりから乗り出して外を見るコトリが楽しそうに飛び跳ねる。
「落ちるんじゃねぇぞ?」
だが、確かにこれはすごい。
見た目は飛行船というより海を征く船と言った方がイメージは近いだろう。
船体の上に大きな横帆を主としてもつ木製の巨大船は中世の貿易船、ともすれば海賊船を彷彿させる。
こんなものが空中に浮かぶなんて、飛行機以来の驚きだ。
飛行の仕組みは俺たちの背中に付いた装置と同様で、反重力石による力で浮かんでいるということらしい。
ある程度の高度まで到達したところで船の側面から生えた櫂が大気をかき回し始める。
帆が風を纏って大きな船を前へ推し出す。
「どうだ、うちの船は大したもんだろう?」
「はい。驚きました」
デッキに出てきた船頭と言葉を交わす。
コトリとカエデは船の端から見える景色を見下ろしている。
「それにしても、あんたらも物好きだな。こんなご時世にわざわざ他の国に行こうなんて。しかもよりによって他種族の国に」
「俺たちにも、目的がありますから」
彼の言ったことに苦笑いを返してからそう伝えた。
「目的?」
「『魔王』を倒すんですよ」
大真面目に答えたのだが、船長は大声を出して笑った。
「面白いことを言うやつだ。『魔王』を倒す、か」
「本気ですよ、俺たちは」
「そうか。なら、俺らの今してることは未来の勇者様のお手伝いってわけだ」
期待してるぜ、と彼は俺の肩をたたく。
「ただ、他の種族の前じゃあまり言わない方がいいかもな」
「どうしてですか?」
「『魔王』なんか倒したって得があるのは俺たち人間種くれぇだからさ」
「他の種族だって魔王には迷惑してるはずじゃないですか」
「いいや、確かに『魔王』のおかげで魔物は狂暴化した。『同盟』の指針も魔王を倒すこと。でも、ちょっとくらい魔王の影響で奴らが強くなったとところで人間種以外は屁でもねーのさ」
種族間の性能差は俺が思っていたより大きいらしい。
『魔王』の討伐に対して組合同士の足並みが揃っていない理由がそういうところにもあるのかもしれない。
*
船が飛行場を出発して数時間経った頃。
船内で昼食も済ませて自室で時間を潰していると、艦内放送が鳴り響いた。
「バウログの大群が船を襲撃!総員、直ちに迎撃態勢に入れ!」
数回同じ内容を繰り返す船長の声を聴きながら俺はデッキに出る。
そこにはすでに何人かの乗組員たちと船長がいた。
そして、船の周りには多くの魔物が飛んでいる。
あれがバウログか。
「よし、行くぞっ」
同じように外に出てきたコトリとカエデに声をかけて、詠唱する。
背中にある飛行装置の起動キーだ。
「起動!」
ぶぅん。と鈍い音を立てたかと思うと、背中から光の羽が飛び出す。
アガサがこの装置を輝翼と名付けた由来でもある。
魔法粒子を『反重力』に変換する際に、制御しきれなかった魔法粒子が光に変換されて出力されているものだ。
体が軽くなる。
「あっ」
「待て!」
コトリと船長の声を聞き届ける間もなく俺は空に向けて飛び出してしまった。
魔物へと向かう。
直後。
「わあああああああああああっ!?」
横なぎに体が吹き飛ばされる。そのまま船体の後方に飛ばされ、気付いた時にはマストに体をしたたか打ち付けられていた。
狂暴な風に押さえつけられながらなんとかデッキに降り立つ。……全身の骨が折れるかと思った。
「そ、ソウタ、大丈夫っ?」
「あ、ああ。なんとか」
駆け寄ってきたコトリに何とかそんな返事をする。
隣には船長も一緒にいる。彼は俺に向かって口を開いた。
「気を付けろよ?船の周りには風の壁が作られてる」
「風の、壁?」
「ああ、船の周りに風の流れを生み出して推進力に変えてるんだが、その流れは防壁としても機能してるってわけだ」
普通なら、その『壁』を嫌がって魔物も近づいてこねぇんだがな、と忌々し気に付け足した。
「とにかく、飛び出すなら船頭の先からの方がいい。あの辺りは空気の流れが薄くなってるからな」
「わかりました。ありがとうございます」
俺とコトリは大砲で魔物に応戦しているクルーたちを横目に、船の先頭を目指して走る。
今度こそ空に翼を広げる。
「「起動っ!」」
青と赤の翼が飛行船から放たれる。
この翼の色は調整可能らしく、俺のが青でコトリが赤だ。
ちなみにカエデのは黄緑色だった。
俺は剣を抜き魔法を発動する。
「一閃重撃っ!」
思ったほど頑丈でもないらしく、一撃で光の粒に帰した。
だが、数が多すぎる。
空を覆いつくすような数の魔物。
まるで蝙蝠の黒翼の生えたゴリラみたいなモンスターたちがまだ青いはずの空を黒く染め上げようとしている。
「……爆裂射撃っ」
船の上から放たれた攻撃が複数の魔物を巻き込んで爆発する。
そこに俺が剣でとどめを刺していく。
大砲での攻撃も着実に魔物を打ち落としてはいるが、それでも数が減っている感はしない。
「転移反動っ!」
爆音とともに発生したコトリの攻撃が空飛ぶゴリラを飲み込み無に帰す。
俺も任せっきりにはしておけない。
「一刀両断!!」
円を描くように剣を振り、複数体をまとめて薙ぎ払う。
「ソウタ、後ろっ」
「えっ……?」
振り返ろうとした瞬間にカエデの一撃が魔物を貫いた。
危ないところだった。
船の上からだと風の壁に阻まれて射線は歪められるはずだが、よく当たるものだ。
空中に指で円を描き、真ん中に点を打つ。
隠密会話で声をかける。
『ありがとう、カエデっ』
しかしこのままではらちが明かない。
続けて彼女に指示を出す。
『カエデ、大砲での援護を一回止めさせてくれ!』
『う、うん……っ。わかったっ』
その答えを聞いてから、高らかに叫ぶ。
「自己犠牲!」
自分に対する周りの敵のヘイトを高め、寄ってくる魔物を掻い潜りながら上空に飛翔する。
急激な上昇のせいか実害はないが耳が痛い。HPもわずかに削れた。
俺に追従してバウログの群れが集まってくる。
この戦闘魔法は自分のヘイトを高めるものだが、船からの攻撃でターゲットが向こうに向いてしまっては意味がないため一度砲撃をやめてもらった。
飛行船がはるか眼下に見える位置にまで来て、十分にコウモリゴリラを集めたと判断した俺は船に立つ仲間に声を飛ばす。
『カエデ、大砲を撃ってくれっ!』
その指示に一瞬、戸惑ったようだったがすぐに、
『りょう、かいっ』
ドカン、と帆船から砲丸が撃ち放たれる爆音が響く。
彼女の魔法が込められた砲撃は魔物の群れに当たると爆風を伴って弾けると、俺をも巻き込みながら全てを呑み込んだ。
*
「あー。さすがに死ぬかと思った……」
「ごっ、ごめんね、ソウタ」
戦闘を終えて、船の上。
ぐったりと座り込む俺を心配そうにのぞき込みながらカエデが申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
味方の攻撃は当たらないとは言え、あれだけの爆発で酸素を奪われれば呼吸など可能なわけがない。
いや、自防術の加護で呼吸はできたが灼熱の空気に肺を焼かれる思いをした。
今は足りない酸素と肺の保護の分、HPが消費されて何とか生きている。
「いや、やれって言ったのは俺だし、おかげで魔物の群れも倒せた。助かったよ」
「ほんとっ。カエデ、大活躍だったじゃんっ!」
「え……っ。そ、そんな、こと…ないよ」
恥ずかしそうに顔を赤らめ視線を俯かせる。
そこに、船頭が歩み寄ってくる。
「お疲れさん。あんたらのおかげで何とか航行を続けられそうだ」
「船長こそ、お疲れ様でした」
慌てて立ち上がって、俺は労いの言葉を返す。
「ああ、楽な格好で構わねぇよ。一番疲れてんのはあんたなんだしよ」
お言葉に甘えてデッキの手すりに体を預ける。
「あんだけの大群が現れたのにも驚いたが、まさかそれを殆どあんたらだけで倒しちまうんだから驚いたよ。組合があんたらを推薦したのも頷けるかもな」
「以前はあんなことは無かったんですか?」
「そうだな。魔王が来てから少しして、まともに船も出せなくなった」
「なるほど」
「ヤマトまではもう二日くらいかかる。到着まで頼むぜ?」