Quest Lv3
こういう敵の倒し方には定石がある。
土精種のときのゴーレムのときは試せなかったが、レベルも上がったし使える魔法の数も増えた今ならいけるかもしれない。
「コトリ、あいつを目いっぱい冷やしてくれ!」
「わかったっ。凍結束縛!」
俺の指示に、コトリは頷き魔法を放つ。
足元を凍り付かされ動きを止めた岩亀に、続けてもう一撃。
「氷柱射出っ!」
複数の氷の棘が岩石の山を襲う。
完全に氷漬けになった魔物に対して、今度は真逆の攻撃を行ってもらう。
「次はできる限り熱くするんだ!」
「おっけーっ!」
再びコトリが杖を構えて詠唱する。
こういう時物理属性担当にはできることがない。
悪いが俺とカエデは見てるだけだ。
「火焔旋風!!」
巻き起こった炎の竜巻に冷やされた岩山が呑み込まれる。
「どうだ……?」
わずかな希望を裏切るように、弱まる火の中から大きな影が姿を現す。
その体には傷の一つもないどころか、こたえている様子もなく、こちらを見据えると走って突進する。
慌てて散開するが、その余波を受けて地面を転がる。
「こう言うのって熱膨張とかで粉々に砕けるんじゃねぇのっ?」
「HPで保護されてなければそうなってたかもねっ」
「ったく、厄介だな。魔法ってのも!」
巨大亀は先ほどの連続攻撃でヘイトを稼いでしまったらしいコトリに向かって飛び上がると、体ごと押しつぶしにかかった。
空間移動でそれを回避して俺の隣にやって来る。
「ていうかなんであいつはあんなに身軽なんだよ?」
あの体重で動けていること自体がすでに不思議なのだが、そのうえ跳んだり走ったり動き回っている。
例の巨大ゴーレムなら『大地の神』ロウヒの力で動かされていたのだろうが、こんなところにまで関与しているは考え辛い。
どういう理屈なんだろうか。
「確かに、核の力だけとは考え辛いね」
「魔法、だと……思う」
「また魔法か」
便利なもんだな、まったく。
言語種族以外は術式を介さずに魔法を使うことができる。
詠唱が無い以上、使っている魔法を知ることもできない。
続いて襲い掛かる攻撃を各々で回避しながら、俺は尋ねる。
「どんな魔法を使ってるんだ?」
「わからない……けど」
「核の魔力を高めるような魔法なんじゃないかな」
カエデの言葉を、コトリが継いだ。
「多分、それが一番効率がいいはずだから」
次々に放たれる攻撃を軽々と避けながらコトリは言う。
結局、よくはわからないが、とにかく一つだけ確認しておきたい。
「とりあえず、魔法を使ってる以上、MPを消費してるんだな?」
「そうだね」
相槌を打ってから、彼女は楽しそうな笑顔で声を投げかけてくる。
「ソウタ、また何か思いついたね?」
「まぁな」
上手くいくかは分からないが、と付け加えると、
「それ、でも……私たちは」
「うんっ。協力するよ!」
そうだな。まずはやってみよう。
「カエデ、頼んでいいか?」
「任せて……っ」
「なら、あいつを『燃焼』させてくれ!」
「うん…!」
カエデの選択した職業、矢撃手は遠距離攻撃を得意とするが、他にも特徴がある。
それは状態異常攻撃を得意とする、ということだ。
彼女は弓に矢を番え、魔法を発動する。
「燃焼矢撃っ」
攻撃が当たると、モンスターの体から炎が上がる。
状態異常『燃焼』は魔法器官に干渉し、対象の意思と関係なく魔力粒子を熱や光に変換させる状態だ。
故に燃焼中はHPが徐々に消費され、加えて自ら生み出した熱から身を守るためにさらにHPが損耗する。ダメージは全体のHPに対して一定割合だから、体力が多いほどダメージ量は増加する特徴もある。
さらに、MPの消費量も増加する。
体表は固くても内部からダメージを与える燃焼はある程度効いているようだ。それに、MPの消費量が増えれば魔法を使用できる時間を短くできる。
「カエデ、毒も効果があるかもしれない」
「やって、みる。……与毒攻撃っ」
毒の状態でもHPを削ることが出来る。
損傷を受けていると誤認させることで持続的に一定値のダメージを与える状態だ。
こちらも防御力を無視して攻撃するには適しているだろう。
移動速度や攻撃速度を低下させる効果もある。
ここからは持久戦だ。相手のMPが切れるまで耐えきる。
「一点突破!」
俺はカエデに向かおうとする魔物に剣を突き立てる。
攻撃点を一点に集中した攻撃は固い装甲を貫き、剣が深々と刺さった。
それを振り払おうと魔獣は体を揺らしてこちらを向き直る。
「コトリっ!」
「凍結束縛っ」
その魔法で岩の塊は動きを止める。
動き回ることで燃焼の効果時間を短くすることが出来るため、これでそれをなるべく阻止する。
そんな心づもりだったのだが。
バギンッ!
まとわりついた氷を砕いて再び体の自由を取り戻した。
「しぶといな!」
バックステップで距離を取るが、一瞬で詰められてしまう。
繰り出される攻撃を避けたり受けたりいなしたりしながら時間を稼ぐ。
燃焼や毒の効果が切れたらその都度カエデが魔法を撃つ。
状態異常は一定時間内に何度もかけられると耐性が付くらしいから、あまり長く時間をかけたくはない。
亀が後ろ足で立って、倒れこんでくる。
横に躱すが、続けて右前足での攻撃。
盾で防ぐ。
そこに噛みつくように顔を突き出す。
後ろに下がって辛うじてそれから逃れるが、バランスを崩してしまう。
だが、尻もちはつかない。背中には壁の感覚。
突進が来る。
やばい、と思った直後に巨大な岩の塊が動きを止める。
ズシン、と地面に体を預ける。
……ようやくMP切れか。
「一点突破っ」
正面から剣を突き刺す。その状態でさらに詠唱する。
「空気振動!!」
剣の周りの物質を振動させて粉塵などをチェーンソーの刃ように変える魔法だが、岩の塊に刺さっている状態で使えばまた話は変わってくる。
激しい光を放ちながら岩石を内側から振動させ、HPを削り取る。
充分な魔力を失ったモンスターは光と散り、魔鉄鋼の原石を含むいくつかのアイテムを残して消えた。
「さっすが、ソウタっ」
「倒せ、たね……!」
「二人の協力があったからこそさ」
得意そうなコトリと恥ずかしそうなカエデ。
俺は気付けば笑顔を零していた。
*
「ふむ。……確かに」
手渡した魔鉄鋼を検めて満足そうに声を漏らすアガサ。
「依頼は達成じゃな。なら、こちらも報酬を出さんといかんな」
そう言ってセルマさんに合図を出す。
彼女は部屋の奥の方から何かを持ってくる。
三つ積み上げられたそれは、金属の箱のように見える。
立方体ではなく、その三分の一ほどの厚さだ。
見た感じ小型のBRレコーダのようにも見えなくはない。
「これをどうぞ。先生が作った飛行装置、『輝翼』です」
「ありがとうございます」
「アガサちゃん、すごいねー。昨日の今日で作っちゃうなんて」
「当然じゃ。そのための時間稼ぎだったわけじゃしな」
俺らへの依頼は時間稼ぎだったのか。
「とにかく、少し使ってみると良い」
「そうさせてもらうよ」
アガサに促され建物の外に出る。
レコーダについているリュックのような肩紐を使って背中に背負う。
ちなみに、装備の分類としては『マント』に分類されるようだ。
コトリとカエデも同じように飛行装置を身に着ける。
使い方を聞くとコトリはいとも簡単に空を飛んで見せた。
「おーっ。これ楽しいー!」
「こ、コトリ。見えてる、見えてるからっ」
空飛ぶ少女はスカートを押さえて、
「見たいくせにー」
「うるせぇよ!さっさと下りてこいっ」
運動神経と飲み込みのいいコトリに対して俺たちは随分と苦労させられた。
特にカエデは空中に浮くところまでで精一杯だった。
それでもカエデは遠距離攻撃を主体とするので、今回の護衛任務に関して言えば必ずしも翔べる必要はないだろう。
これから練習を重ねて、そのうちきちんと使いこなせるようになれば問題ない。
「ありがとう、アガサ。それに、セルマさんもありがとうございました」
「お役に立てて良かったです」
「ふん、気軽に頼るでないわ。わしの才能はそう安くはないんじゃ」
「わかったよ。なるべく自分たちで何とかしてみるさ」
「この天才の力無しで解決できる問題ばかりとも限らんがな」
どっちなんだよ。
俺は天才幼女の頭をなでて笑う。
「素直に、また来てくれって言えねぇの?」
「う、うるさいわぁっ!頭をわしゃわしゃするなぁああ!!」
一通りのコミュニケーションを終えて、そろそろ出発することにする。
のろのろしている間に船員たちの気が変わっても困るしな。
「それじゃあ、もう行きますね」
「いってきまーすっ」
「い、色々……お世話に、なりました……」
去る三人に対して、見送る二人も手を振ってくれた。
「お気をつけて」
「頑張るんじゃぞ」
きっと、しばらくはこの二人に会うこともないのだろう。
こっちに帰ってくるときには、何かお土産でも買ってこようかな。