Quest Lv2
アガサの研究所を出るころには午後七時を回っていたので、とりあえず彼女の依頼は明日に取り組むとして、俺たちはウィーニルに向かって馬車を走らせていた。
と言っても、俺は馬車の扱いなど分からないから殆どコトリとカエデ任せなのだが。
父が行商だったというカエデはともかくとしても、コトリも馬車は使ったことがないと言っていたのだが、こいつはどうしてこんなになんでも出来るんだろうか。
「お腹すいたねー」
カエデに馬を預けて荷台に回ってきたコトリが言った。
自動防御術式があっても空腹や眠気は感じるのだから不便なものだ。
食事も睡眠も必要なければ楽だったのだが。
「自防術が機能するのは体が傷ついた時だけだからね。それ以外には生命粒子が使われるから」
「生命粒子、か。何だっけ、それ?」
「物質を核と結び付けておくために循環してる粒子だね。生き物の場合はそれが生命維持にも使われてるの」
少し思い出してきた気がしないこともない。
「特に言語種族に関して言えば、自防術に使われてない分の循環粒子を指すことが多いけど。生きていない物の循環粒子は物体が傷つけられない限りは消費されることは無いんだけど、生物の場合だと生きてるだけでじわじわと消費されていっちゃうの」
「心臓を動かしたりしないといけないからってことか?」
「そう。だから生き物は消費した魔法粒子を、食べることで補わないといけない。そして、物質として形作られているものを再び魔法粒子に分解するのってそんなに簡単じゃないの。分解するためには睡眠をとることも大事になって来るってわけ」
結局よくはわからないが、生きてりゃ腹も減るし眠くもなるってことだな。
「頑張って説明したのに、結論どうでもいい、みたいな顔してない?」
「そ、そんなことはねーよ?」
本当に、勘の鋭い奴だ。
*
その夜。
ウィーニルのレストランで食事を済ませて、宿屋に入り自分の部屋で就寝の準備を始めたあたりで恒例の着信が入った。
準備の手を止めてそれに応じる。
「はい、ソウタです。待ってましたよ」
俺がそう言うと、
『ありがとう。毎日悪いね』
「いえいえ。俺も楽しみしてるんですよ」
彼女は笑うと、それでも少し申し訳なさそうに言葉を続ける。
『そう言ってもらえると嬉しいよ』
会話口の相手、コトリの母親に、本題を切り出す。
いつものように今日あったことの報告だ。
「俺たち、この国を出ることになりそうです」
『……コトリ、何したの?』
深刻な声色で彼女は言葉を返す。
多分だが、自分の娘が何か大きな問題を起こして国を追われるような事態になったのだと思っているのだろう。
確かに何をやらかすかわからない奴ではあるのだが、もう少し信用してやってもいいと思う。
『ごめんね。あの子のせいでそんなことに…』
「いやいや、違いますよ!組合の案内でヤマトに出向くことになったんです」
『ああ、そういうことね。私はてっきりコトリが何か王様の機嫌を損ねるようなことをやっちゃたのかと』
「もしそうなんだったら笑い事じゃないですけどね」
明るい笑い声にそう返す。
相手の様子からして、彼女なりの冗談だったのだろう。
この愉快な母親あってのコトリの性格なんだろうな。
『それはそうと、どうしていきなりヤマトなのかしら?』
「わからないんですよね。なんか、組合的におススメらしいですけど」
『そう』
短く答えて、でも、と彼女は続ける。
『確かヤマトって獣人種が住んでる場所よね?行くんなら気を付けて』
「気を付ける、ですか?」
『獣人種も組合を構成していて、「連盟」として昔からの付き合いがあって三年前からは「同盟」として現在まで関係を続けてはいるけど、「同盟」になってからは種族同士の連携が薄まったようにも思うし、それ以前にも全く種族間で摩擦が無かったわけじゃないから』
同じ種族同士だって、下手をすれば同じ国民同士だってみんな仲良くとは行かないわけだからそれも仕方のないことではあるのだろう。
まして、交流の少なくなったというこの三年間で、互いの内にあった感情が膨らんでいるということも考えられる。
「わかりました。アドバイスありがとうございます」
『それで、いつ国を出るの?』
「多分、明日になると思います」
『また急ね。慌ただしいのはいつものことだけど』
そう言ってまた笑い声をあげた。
『それじゃあ、そろそろ切るわね。おやすみなさい』
「はい、おやすみなさい」
*
翌日、俺たちが向かったのはとある洞窟だった。
アガサの依頼を遂行するのが目的だ。
彼女の依頼は洞窟の最深部に現れた注意対象の討伐。
正確にはその魔物のドロップする魔鉄鋼を持ち帰ることだ。
普通の鉄鋼とは違い、特殊な性質を持っているらしいが、詳しくは知らない。
「衝撃魔弾っ」
洞窟内部には蛇や蜘蛛のような魔物がうようよいる。
壁面から俺を目掛けて飛びかかってきた大きな蜘蛛を、カエデが弾き飛ばす。
「火炎斬撃!」
地面に落ちたそれを炎の剣で焼き払う。
蛇はともかく、虫は勘弁してほしい。情けない話ではあるが、死ぬほど苦手なんだ。
それがあのサイズで迫ってくるのだから、咄嗟に身動きが取れなくなるのも仕方がないと思う。
その先も何とか蛇や虫、岩石などのモンスターを倒しながら最深部を目指す。
「行き止まり、か?」
どうやらここが洞窟の一番奥のようだが、目的のボスは見当たらない。
と。
「気を付けてっ!」
コトリの声が洞窟内に反響する。
直後に、ゴゴン、と低い音が響いたかと思うと頭上から何かが落ちてきた。
ズシンッ!
パラパラと小石を伴いながら降ってきたのは巨大な岩。いや、それには四本の足があるように思えた。
それはまるで、岩石でできた亀のような。
それは、赤く光る眼光でこちらを捉えると、咆哮を放った。
「こいつが目的の敵ってことか……ッ!」
「そうみたいっ。油断しないでっ!」
コトリの言葉を受けながら、俺はモンスターに先制攻撃を与える。
「一閃重撃!!」
しかし正面から当たった俺の攻撃はいとも簡単にはじき返される。
俺の腕には痺れるような痛みが返ってきた。
「痛…ッ。硬すぎだろ、こいつ!?」
この魔法では行動をキャンセルする《怯み》効果が入るはずだが、そちらも全く効いていないようだ。
山のような巨体が反撃に出る。
とは言っても行ったことは至って単純。
一歩。
ゆっくりと右前足を踏み出す。
それだけで轟音が洞窟内を支配し、地面が揺れ動く。
直撃は躱したものの、その振動で一瞬バランスを崩す。
その隙を狙っていたかのように、次は体ごと突っ込んでくる。
「空間移動っ」
傍らに現れた少女が俺の手を掴み叫んだ。
気付けば俺は魔物の背後に立っていた。横にはコトリも立っている。
岩亀が勢いのまま洞窟の壁に激突するのが見えた。
「二人分の転移もできるようになったんだな」
「結構レベルが上がったからね」
そんな事より、と。
「普通に戦っても勝てないよ、あれ」
「みたいだな」
「どうするの?」
どうすればいいのか、なんてわからない。
ついさっき初対面を果たしたばかりの相手の弱点などわかるはずもない。
でも、
「どうにかするしかねぇだろ」
「うんっ。そうだねっ」
「ソウタ……なら、大丈夫」
コトリと、いつの間にか横に来ていたカエデは笑顔で言った。