一章 Quest Lv1
「お主ら、久しぶりじゃな。……というほど時も経っておらんか」
そんな言葉を出合い頭にぶつけてくるのは、幼女で天才発明家にして研究者のアガサだ。
彼女に会ったのは土精種の集落を脱出してきたときだから、5日ぶりと言ったところだろうか。
「元気にしてたか、アガサ?」
「それで、なんの用じゃ?転移装置ならまだ出来とらんぞ」
対する発明家はどこか不機嫌そうに言葉を並べる。
「先生、駄目よそんな態度しちゃあ。せっかく来てくださったんだから」
建物の奥から姿を現したのは彼女の世話役の女性。
腰ほどまであるストレートの髪を揺らしながらアガサの後ろに立った。
名前は確か……。
「うるさいわ、セルマ」
「まったくもう、この子は……」
呆れたような表情を浮かべたセルマさんはこちらに視線を向けると、
「ごめんなさいね。本当はあなたたちの事心配してたんですよ、この子」
「セルマ」
余計なことを言うな、とばかりに親代わりの女性を睨み付ける少女。
俺は彼女の頭に手を伸ばすと、よしよしと撫でてやる。
「そうか、心配してくれてたのか」
「ええい、気安く触るな!子ども扱いするなぁっ!」
「とりあえず中に入ってください、立ち話もなんですので。お茶くらいはお出しできますよ」
くすくすと笑いながらセルマさんは俺たちを中に案内してくれる。
*
「で、何をしに来た?」
テーブルに着いたアガサは開口一番にそう言った。
「まぁ、そう怒るなって。悪かったと思ってるよ」
「仕方ないの。今回だけは許してやろう。困ったら来いと言ったのもわしじゃしな」
「助かるよ」
「はい、どうぞ」
お茶とお菓子を用意してくれたセルマさんが、テーブルにそれらを並べ、自らも席に着いた。
この机も普段は実験などに使われているのだろう。お茶を入れに行く前にセルマさんが少し片づけていたが、まだレポートのような書類や試験管のような実験器具、ドライバーなど工具も転がっている。
部屋のどこも同じような状況で、本棚に収まりきらなかったらしい書籍やノート、蓋の開いた工具箱にくみ上げかけの機械らしきもの。様々転がっていた。
長方形のテーブルには入口から向かって左側にコトリが入口側でアガサの隣に座り、コトリの向かいに俺、アガサの向かいにカエデが腰かけている。
俺とコトリの間に座ったセルマさんにお礼を言う。
「わざわざ、すみません」
「いえいえ。先生のお友達ですもの」
「お友達……?」
カエデが小さく呟く。
自分たちが友人として扱われていることに驚いたのだろう。
「先生ったら、あなたたちが来てくれるのを楽しみにしてたんですよ?ここは近くに村もないので、あまり人が来ませんし」
「いい加減にせんか、セルマ!」
「はいはい、わかりましたよ」
素直じゃないんです、とセルマさんはウィンクで囁いた。
アガサはそれを視界の端で捉えて不快そうにしながら、
「そろそろ本題に入ったらどうじゃ?」
「そうだな」
天才幼女に促され、ここに来た目的を端的に伝える。
「空って飛べたりしない?」
*
いきなりこんなことを言われたら、いくら天才でも文脈を掴むことは難しいだろう。
ここに至るまでの経緯を順を追って説明することにしよう。
装備の新調を終えて、一息ついているところに届いたのはまたしても組合からの文書だった。
しかも今度は人間種組合本部長から直々に送られてきたものだ。
「次は『ヤマト』を目指して欲しいんだとさ」
とりあえず入ったカフェで、俺宛に届いた文書の内容をかいつまんで二人に説明する。
「ヤマト、かー」
「知ってるのか?」
「弧状列島ヤマト。獣人種が統治してる領土のある島だね」
「獣人種……どうしてそんなところに?」
「り、理由は、書いてなかったの……?」
「文書にはただ、『魔王を倒したいのなら行ってみると良いだろう』とだけ」
組合の思惑はわからない。本当に魔王の存在を隠そうとしているのだろうか?
組合の本部長なんて会ったこともないし、素直に従っていいものかは怪しいところだが。
「獣人種の統治領なら近くにもあるんだけどね」
「そうなのか?」
「うん。でも、『連合』に囲まれてるからあんまり治安も良くないって話もあるね。だから、なのかな?」
「『連合』って何だ?」
「どの種族よりも一番大きな統治領を持ってるの。多種族同盟ができる前から、組合連盟と敵対関係にあるんだよ」
「なるほど」
人間種組合は俺たちを獣人種と会わせたいのだろうか?
それともこの土地から遠ざけたがっているのか?
魔王の討伐に協力してくれているのか、邪魔しようとしているのか、さっぱりわからない。
「どうするの、ソウタ?」
パフェをスプーンですくいながらコトリが尋ねる。
どうする、か。
何度も向かい合ってきた質問だ。
目の前のカップの中身をのぞき込んで考える。
漆黒の液体に映った人物の顔にはどうやら迷いはないらしい。
そいつの言葉を代弁してやる。
「そりゃ、行くしかないだろう?」
「だよね。ソウタならそう言うと思ってたよ」
「ソウタは…そうじゃないと、ね」
最近は空にも魔獣が増えていて、飛行船も航行を行っていないらしいが、送られてきた文書には本部長からの推薦状と、サイン入りの航行許可証も添付されていた。
これがあれば船を出してくれるだろう、とのことだ。
世界をバラバラにしようとしているようにも思える組合の動きからすれば、この国を出るチャンスはもうないかもしれない。
獣人種、この目で見てみたいに決まっている。
「ところでソウタ。コーヒー苦手なの?」
……カッコつけてブラックコーヒーなんか頼むんじゃなかった。
と、いう訳で王都で馬車を借りて、『帰還の書』も使用して飛行場の発着所に向かった。
初めは断られてしまったが、組合本部長の推薦状も見せて説得したところ、ヤマトへの貿易もかねて、船の護衛をしてくれるなら船を出してくれると渋々了承してくれた。
ただし、船の護衛には俺たち自身が空を飛べる必要があると言うことらしい。
それでは本末転倒な気がしないでもないが、飛行船を使っても数日かかる航路をしかも魔獣を相手しながら飛び続けるというのは流石に人間業ではない。
空を飛ぶ方法になど心当たりは全くなかったが、頼れそうな存在になら一つ心当たりがあった。
*
「……それで、ここに来たという訳か」
「そゆこと」
俺の言葉に、アガサは嘆息する。
「結局、全部説明するなら最初からそう言わんか。回りくどい」
「インパクトってのは案外大事だと思うぜ?初めから順番に話したって退屈だろ?」
「まあ良いわ。空を飛ぶ方法、ないわけではない」
「お、ホントか?」
「わしを舐めるなよ。その程度できるに決まっておろう」
ただ、と。
「こちらからも多少の条件は出させてもらうぞ?」
「ん?なに、条件って?」
コトリがアガサの発言に反応して口を開く。
「空を飛ぶには反重力石が必要になる」
反重力石。
確か魔力粒子の大半を重力と逆向きの力、反重力に変換する特殊な魔力媒体を多く含んだ鉱石のことだったと思う。
図書館で読んだ本にそんなことが書かれていた気がする。
「それを取ってこいとかか?」
「いいや、反重力石ならここにも多少はある。それに、このあたりでは採掘されない」
「じゃあ、何なんだ?」
「それを今から言うんじゃろうが」
「ごめんごめん」
アガサは気を取り直して要求を口にする。
「反重力石でなくても良い。じゃが、代わりに研究対象になるものを用意できるか?」
「他に、か」
「先生、あまり無理を言っちゃだめよ。都合よくそんなもの持ってるわけないじゃない」
「なければ取ってこればいいじゃろう」
「勝手なこと言わないの」
「……いや、ある」
俺の言葉に、二人がこちらを注視する。
「物品取出」
魔法を使って、倉庫からあるものを取り出す。
ついこの間、巨大化した誘拐犯を倒すのに一役買った特殊魔力の結晶だ。
それをアガサに見せて尋ねた。
「これなんかどうだ?」
「これは……」
彼女は俺の手から石を受け取ると、少しの間、掌で転がしてみたり、照明に照らしてみたりしてから口を開く。
「《欲》か」
「なんだそれ?」
「お主が渡してきたものじゃろう」
「まぁ、そうなんだけどさ」
周囲の魔力を奪い、それを結晶化する能力を持った核。
そのことは知っているし、迷惑もかけられたし、助けられもした。
でも、言われてみれば名称は聞いたことがなかったな。
「欲って言うのか、それ?」
「正確にはこの石の名前ではなく、中心にある核の通称じゃな。特殊魔力は特に研究者の間で漢字一文字の通称を冠されることが多いんじゃ。その石自体はは魔力結晶と呼ばれることが多いが、《欲》を核に持っていないものと区別した呼び方は知らんな」
「魔力結晶って言ったら、あの子攫いも使ってたよな?」
「あれはその特殊魔力を介さずに自然にできたものか、特殊魔力に作られた結晶の一部だと思う。色からしてかなり密度が濃かったんじゃないかな」
今の言葉にも聞きたいことがいくつかあるが、今はそれを尋ねる場面でもないだろう。
アガサの話の続きを促す。
「それで対価には足りそうか?」
俺の質問にアガサはしばし顎に指をあてて思案すると、こう言った。
「そうじゃな……。もう一つ、依頼を頼んでもいいか?」