序章 Continue
俺たちは師匠の案内を受けて、アステルダで買った『帰還の書』も使いながら、2日かけて昨日ウィーニルに到着し、ついさっき二次転職を終えたところだ。
二次転職では、王都の外へ出て魔物を討伐するという試験を行った。
なんだか体よく働かされただけな気もするけれど、とにかく、その試験をクリアした俺たちはまたいくつか新しい魔法を使えるようになった。転職の際には、俺たち三人にそれぞれいくつかの選択肢があったが、色々と考えた結果、俺は剣術士、コトリは魔術師、そしてカエデは矢撃手を選んだ。
「ソウタ、どう?似合ってる?」
俺の名前を呼んだ声の方を振り返ると、肩にかかるくらいの長さの黒い髪の少女が可愛くポーズを決めていた。
昼間の往来でよくこんなことが出来たもんだが、魔法使いのようなフード付きのローブを纏い、ダンジョンで手に入れた短杖を手にしたコトリは今までよりもいくらか『それっぽく』見えた。
ダンジョンにいた子攫いはあの杖を王都から盗んだ『神器』だと言っていたから二次転職のついでに返そうと思ったのだが、国王に渡しに行ったところ、必要ないから持っていけ、と言われたのだった。
貰えるものは貰っておくものだと、ルビィさんも言ってたことだし遠慮なく賜ってきたというわけだ。
それはそうと、ガーネットの瞳でこちらを見つめる少女に感想を述べてやらないとならない。
「ローブの中身が普通にTシャツとスカートじゃ無けりゃ、もっと良かったな。あとスニーカーも」
「もう、素直に褒めてくれればいいのに」
ミニスカ、好きなくせに、と彼女は少し不満げに頬を膨らませて見せた。
「勝手に人の好みを決めつけんな」
ちなみに、俺も今は赤いマントの付いた鎧を着用している。
せっかく王都に戻ってきたことだし、俺たちはここで装備を新調することにしたのだ。
俺にしたって、いつまでも制服で闘ってるわけにもいかないしな。
「……つっても、結構重いな、これ」
不平を漏らしながら、ガチャガチャと軽く腕を回したりしてみる。腰の剣と、左手に持った盾の重さで余計に重いし動き辛い。兜は着けなくて正解だったかな。
土精種に作ってもらった盾――確か『ドヴェルグの盾』だったか――これは丈夫さの割に軽いらしいということが、鎧との比較で今更わかった。
「その鎧……かっこ、いいね。ソウタ」
俺たちの待ち人が、そんな感想を口にしながら店から姿を現した。
「お、来たな」
「どう……かな?」
言われて、彼女の恰好を見回してみる。
どうやら、というか、やっぱりというか、この三人の中で一番おしゃれに気を遣っているのは彼女、カエデらしい。
俺とコトリが武具店に入ったのに対して、カエデが魔法衣料品店に入った時点でわかってはいたのだが。
動きやすさを備えていながらも、しっかりと、見られることを意識しているのが分かる。栗色のふわりとした長髪まできちんと結われている。
ローブを羽織っただけのコトリと違ってちゃんと全身をコーディネートしている。
サンダルをブーツに履き替え、スカートも膝丈の物からミニスカートに変わっているのも動きやすいようにだろうか。
「あ、あんまり……じろじろ、見ないで。……ソウタの、えっち」
居心地悪そうに顔を赤らめ、エメラルドグリーンの綺麗な瞳を潤ませるカエデ。
自分から聞いておいてそれは少しひどい気もする。
慣れない丈のスカートで落ち着かないのか、端を抑えながらモジモジしている。
「ソウタ、やっぱりミニスカ好きだよね」
「だから違ぇよ!」
「……えっち」
「違うんだってっ!」
俺の否定に聞く耳を持ってくれる人間はここにはいないらしい。
道行く人も少し邪魔そうにしながら、同時に俺を「うわぁ……」みたいな目で見てきてる。
せめて人のいないところでやって欲しいものだ。
「カエデ、下に何か履いてないの?」
「履いてても、恥ずかしいの……ッ」
「何でズボンにしなかったんだよ……?」
「だって、ソウタ……スカートの方が好きだって……」
「言ってねーよ!」
「……コトリが」
「おい」
「てへっ」
気付けば俺は、コトリの額にチョップを振り下ろしていた。
「いったぁ」
「あ、わり」
「別に良いけど。ソウタも遠慮が無くなってきたねー」
「気を付けるよ」
「ううん、良い兆候だよっ。私たちは仲間なんだから、このくらいじゃないと」
にこりと笑って、それに、とコトリは付け加える。
「パーティーメンバーによる攻撃は当たらない、でしょ?」
「あ、そういえば」
確かにそのはずだ。身をもって実証したのだから間違いはないはず。
「でも、今の当たったよな?」
「つまり、今のは『攻撃』とみなされなかったってこと」
「?」
「『攻撃』と判定される要素は大きく三つ」
コトリは一本ずつたてながら、条件を列挙する。
「一つは『HPを損耗する程度の物か否か』。血が出たりするようなものじゃ無かったら自動防御術式は発動しないからね」
親指の次は人差し指が立てられる。
「二つ目は『攻撃の意思があるかどうか』。今の場合、ソウタは私を傷つけようとしたわけじゃないでしょ?」
最後に中指。
「そして三つ目。『防御の意思があるかどうか』。要するに、お互いの間に信頼関係があればそれは『意思疎通』であって『攻撃』じゃないってこと」
「だからさっきのチョップは当たったわけか」
「そゆこと。ソウタと私の間には強い絆が結ばれてるからねっ」
「近いよ」
そっと身を引いて顔を遠ざける。
こいつとも大分仲良くなったのは間違いないだろう。コミュ障もかなり改善された。
感謝しないとな、こいつらには。
「……ソウタ」
「ん、どうした?」
カエデがこちらをまっすぐ見つめている。
なんとなく気恥ずかしくなって目を逸らす。
「私も……叩いて」
「はぁっ?」
いきなり何を言い出したんだろう、この娘は。
彼女は尚も続ける。
「コトリにしたみたいに、私のことも、た、叩いて……」
「いやいや、何でだよ?」
「い、いいから……ほら……!」
「頭を差し出されても叩かねぇよっ?」
「叩いてよ……ッ!」
迫るカエデ。いつもに増して強引だ。
自分がちょっと怒られてる理由が全く分からない。
……とりあえず、逃げるか。
踵を返して真昼の通りを駆け出す。
「ま、まって……っ。叩いて、よぉっ」
「急に何なんだよー!」
周りに奇異な視線を向けられながら王都を走る。
「もうっ、仕方ないなー。待ってよ二人ともー!」
コトリはふっと笑顔を漏らすと俺たちを追いかけ始めた。
ひと段落着いた後のひと時の休息。こんな『日常』も悪くはないな。
そしてまた、早くも次の冒険が幕開けようとしていた。