チュートリアル Lv2
申請が、通ってしまった。
戻ってきた女性職員によれば、本部の判断は『面白いからオッケー』だそうだ。……いいのか、そんなんで。
ちなみに俺の市民登録に関しても問題はないという判断らしい。まずは市民登録の方から手続きをするという事で、俺は受付の椅子に座り、手渡された用紙に必要事項を書き込んでいく。
書き込みの終了した用紙を職員に提出すると、
「……はい。問題ありません。では、担当の者が案内しますので、そちらに従ってください」
「わかりました」
俺が立ち上がると、やってきた杖らしきものを手にした男性職員が声をかけてくる。さっきの女性と同じような服を着ているから、これが制服なんだろう。
「こちらへどうぞ」
言われるがままについていく。コトリとカエデの二人はここで俺が戻るのを待つらしい。
案内された部屋は『医務室』だ。部屋の入口のところにそう書いてあった。
「それでは、上半身を裸にして、そこのベッドにうつ伏せになってください。あ、服はどうぞこちらに」
指示に従ってブレザーやカッターシャツを脱いでいく。示された椅子の上に脱いだものをおいて、ベッドに横になる。
「申し訳ありません。あなたの歳で市民登録をするという例が今までなかったもので、急ごしらえの部屋ですることになってしまいました」
だから医務室なのか。高校生サイズの人間がうつ伏せの体勢になれるような部屋がほかになかったのだろう。職員用の仮眠室とかなら話は別なのかもしれないが。
「いえ」
俺は職員の弁明に対してそう答えた。
「では、始めさせていただきますね」
彼は寝そべった俺に近寄ると、手に持った杖を構えて何やら呪文のようなものを唱える。すると、右肩甲骨のあたりが熱を持つのを感じる。
「ところで、何か特別な事情でもあるんですか?」
「え?」
呪文の詠唱を終えた職員が話しかけてくる。肩甲骨にはまだ熱を感じている。
俺が口ごもったのに対して、彼は慌てたようにまくしたてる。
「あ、すみません。余計なことを訊きました。本部が許可を出しているのに僕が深入りすることでもありませでした。事情は人それぞれですから」
「その、大丈夫です。気にしないでください」
とはいえ、本当の事情を話すわけにもいかないのだが。
「はい、終了です。お疲れさまでした」
職員が杖をどけると、俺の感じていた熱が収束していく。
「ありがとうございました」
礼を言って起き上る。立ち上がって、服を着ると、もう一度男性職員に案内されてコトリたちの待っているロビーへ戻った。
さっそくコトリが声をかけてくる。
「どう?魔法が使えるようになった気分は」
「んー?大して実感もわかないけどな」
「じゃあ、私の方見て、顔の前に手を出して能力確認って言ってみて」
素直に指示に従う。
「能力確認」
それに呼応するように俺の視界に画面が現れる。そこにはコトリに関する様々な情報が表示されている。名前やレベルなどだ。HP、MP、現在装備なんかも表示されいた。表示されているウインドウに付された題は個人情報となっている。
画面の下端にはずらりとタグが並んでいた。
「名前の下に書かれている『一般人』ってなんなんだ?」
「それはね、私の『職業』だよ。組合員以外は一般人ってことになるの」
「ふうん、じゃあ、IDっていうのは?」
「それは個人を識別するための番号だよ。個体番号の略だよ」
画面を閉じるには画面消去って言えばいいよ、と俺に伝えてから続ける。
「じゃあ、次は術式追加の手続きをするらしいから、行こっ」
「ああ」
もう少しいろいろと聞きたかったが、まぁ後でもいいだろう。
コトリは先程の女性職員のいる受け付けへ向かって歩いていく。俺とカエデもその後ろをついて歩いた。
「こちらの用紙に必要事項を書き込んで提出してください」
再度先ほどの受付の前に並んで座った俺たちは二枚ずつ用紙を配られた。今日はずいぶんと書類を書かされる日だな。
「術式追加の申請のためにはまず、冒険者登録をしていただく必要がありますので、初めにそちらの用紙に記入ください」
渡された書類に書き込みをする俺たちに対して、彼女は「本来ならば」と続ける。
「未成年者の冒険者登録には保護者の許可が必要なのですが、先程本部に術式追加の申請をした際に、そちらの方の許可も下りましたので、その用紙の提出、内容確認を以て冒険者登録は完了いたします」
そう説明する職員の表情には心なしか困惑の色がうかがえるような気がする。『冒険者登録』に保護者の許可を必要としなかった理由は、職員にもわからないらしい。冒険者組合も人手不足だという話だったし、なるべく手続きを減らしたい、という事なのだろうか。割と重要な手続きを飛ばしている気がするが、『この世界』には俺の保護者はいない。なんにせよ好都合だ。
書き込みを進めていくと、『希望所属』という項目に突き当たった。
……あれ、これはどっちに丸を付ければいいんだろう。
その項目は『支部所属』と『無所属』、どちらかを選択して丸を付けるようになっている。
「あ、それは『無所属』にしといて」
俺の手が止まっているのを見てか、コトリがそう口を出してくる。
「ちなみに『支部所属』っていうのは組合登録をした組合支部に所属する冒険家のことで、村落の冒険家って言ったり、大きな街の組合支部の所属だったりすると都市の冒険家って言ったりするの」
「それじゃあ、『無所属』っていうのは?」
「村落の冒険家や都市の冒険家みたいなのとは違ってどこの支部にも所属していない冒険家なんだよ。野良の冒険家とも言うこともあるの」
彼女は続けて説明する。
「『支部所属』と『無所属』の仕事に大して違いはないんだけど、『支部所属』の冒険家のほうが組合からの指令で動くことが多くて、『無所属』の冒険家は市民のいろいろな問題を解決したりすることが多くい、なんでも屋みたいなところがあるかな」
「ふうん」
「『無所属』でも組合からの命令が下ることもあるみたいだけど、どこの支部にも所属していない分、自由度が高いから自分の目的のために冒険家になる人は『無所属』の冒険家になることが多いみたい」
確かに、『魔王を倒す』という目的のためにはどこかの支部に所属する、というよりはそのほうがいいのかもしない。
冒険者登録用の書類と術式追加申請の書類への記入を済ませて、職員に提出する。
「では、こちらの内容で手続きをして参りますので、少々そのままお待ちください」