おきをつけておすすみください Lv3
「ところで、『神器』ってのは?」
誘拐犯に対して俺は質問を重ねる。組合の引き渡す前に得られる情報は出来るだけ得ておきたい。
「そいつがさっき取った杖だよ。教会の加護を受けてるとか言う代物だ」
なんでこいつがそんなものを持ってるんだ?
「もしかして、王都から盗んだの?」
コトリの発言に犯罪者は嗤う。
「ご名答。盗賊を使って盗ませるのには失敗したが、そのあと街中に魔物を出現させて、その混乱の隙にいただいてきた。まさか組合も内部に犯罪者の片棒を担いでるやつがいるとは思ってなかったみたいだぜ?随分簡単に持ってくることが出来た」
どうやら組合の王都支部にはこいつの内通者がいたということらしい。
「俺たちを選んだ理由はなんなんだ?この村には、俺たちより先にイルザ達が派遣されてきてたはずだ。レベルだって俺たちより高いし、経験もある」
「お前たちがこの村を知らないからだ。その方が利用しやすいと思った。それに、村に来る途中お前たちが『俺』を助けるのをちょうど見かけてな。こいつに成り済ませばきっと協力するだろうと踏んだ。だからわざわざ召喚した魔物のレベルも下げて、お前らでも倒せるように工夫したんだ」
この村を知らないから、利用しやすい。遺跡への裏道や、罠を回避するための童歌。確かに一か月間この村にいた『十字軍(仮)』なら俺たちよりもこのあたりの事情に詳しいだろう。少年の姿をすれば俺たちが力を貸すだろう、というのも間違いではない。俺たちがここまで来たのは『少年』の正体を暴くためだったのだが。
それは良いとしても気になることが一つある。
「レベルを下げた?どういうことだ」
「この空間に魔術的に干渉することで魔物を弱体化させた。詳しいことは俺もよく分かんねーが、そう言うこった」
魔術。『こっちの世界』に来てから何度か耳にした言葉ではある。
「いくつかの考え方があるんだけど、魔術は、簡単に言うと魔法の対極にあたるものなんだよ」
俺の疑問を感じ取ったかのように、コトリがそんな説明を口にした。
「魔法が『”内にあるもの”で”外にあるもの”に干渉する術』だとすると、魔術は『”外にあるもの”にあるもので”内にあるもの”に干渉する術』なの」
「つまり?」
「星の配置や過去の出来事なんかをなぞって再現することで、魔力の流れを制御することが出来るってこと。魔法陣なんかも魔術の一種なんだよ」
やっぱりよくわからないが、とにかくそう言うことらしい。
「この部屋では『神殺し』の神話の一部エピソードをなぞった物になってるみたい」
部屋のどこを見てそう判断したのか、俺にはさっぱりだけど、コトリが言うのなら間違いはないのだろう。こう見えて勉強は得意らしいからな。彼女が今着ているパーカーにも魔法陣を自分で描いたって言ってた気もするし。
適当に相槌を打ちながら目の前に視線を戻す。
「弱体化ができるなら自分で倒せば良かっただろうが」
「あの紙に刻まれてる即席魔法には相手を怯ませたり、動きを鈍らせるようなものしかないからな。いくら弱体化しているとはいえ、倒すことは出来ない。どうしても冒険家に頼る必要があった」
「お前、冒険家じゃなかったのか」
てっきり盗賊とかと同様に、今現在冒険家でなくとも、元・冒険家とかなのかと勝手に思っていた俺は少し意外に思った。
「まさか。俺はただ金が欲しかっただけだ。だから持ち掛けられた誘いに乗って、言われるがまま指示に従ってた」
「誘い?組合の『内通者』からのか?」
俺の質問攻めにも気分を悪くしたような様子はなく、打てば響くように口を開く。
「そうだよ。顔も見たことがないけどな。実際に会うときには互いに、俺が今使っているのと同じ、変身薬を使って姿を変えてたしな」
顔も見たことのない奴の指示にほいほい従うなんて。
「お前、それで人生楽しいか?」
「うっせーよ。俺は楽して稼げりゃあそれで良いんだ」
誰かの言うとおりに動いて、思い通りに働いて、利用されて。確かにその方が楽だろう。自分では考えず、指示されたままに行動していれば、楽だろう。だが、そんな人生に何の意味がある?
気付けば、俺の口から言葉が発されていた。
「つまんねぇ奴だな。お前は」
かつての自分自身にも言い聞かせるように。
「お前は一生そうやって誰かに従って、誰かの掌の上で生きていくのか?それで本当に生きてるって言えるのか?」
『この世界』でならできるんだろう?誰にも縛られない生き方ってやつが。
「人生はたった一度切り。リセットなんか出来ないんだからさ、思いっきり楽しまなきゃ損だろ」
いいや、本当はもう、わかっていた。どこの『世界』にいるかなんか関係ない。俺を縛っていたのは『世界』なんかじゃなく、俺自身だったってこと。
現状にすがって、悪化を恐れて何もできなかった。
自分が何をすることで今よりもっと悪い状況になるのが怖かった。
だから、何もかも言われる通りにしてきた。
縛られて生きることに甘んじてきた。
自分の人生を他人に預けて生きてきた。
そうすれば悪いことが起こっても、その『誰か』のせいにできる。
――あいつが言ったとおりにしたからこんなことになったんだ。と。
自分の人生にすら責任を持たずに。
思考を止めてただ流れに身を任せていればそりゃ楽だ。
でも、そんなのは気休めでしかない。
自分以外の人間の人生について本当の意味で責任を持ってくれる人間なんているはずがないのだから。
自分の人生は、他の誰でもない自分の物でしかないのだから。
俺はもう、恐れない。怖くなどない。
もちろん、縛られたくないと願った程度で逃れられるほど簡単なことでないこともわかってる。
でも、願わなければ、決してそれは叶わない。
俺も少しは変わったのだろう。
俺を知る人間のいない『この世界』に来て、失うものなど何もなく、やりたいようにやってみて。
そんな今ならこう思えるから。
失敗しても、もう一度。それでも駄目なら何度でも。成功するまで続ければいいと。
「……ガキが」
俯いて、『小さな少年』は絞り出すように呟く。
「大した苦労も知らないガキが、わかったようなこと言ってんじゃねーぞっ!」
逆鱗に触れたのか、『彼』の表情は先ほどまでと打って変わって怒りに染まっていた。
「取り返しのつかない失敗なんてしたことがないからそんな風に思えるんだよ。どうせ、失敗してもやり直せるだとか、甘い考えで人生過ごしてきたんだろっ?お前は知らねーんだよ!世の中にはどうしようもないくらいの失敗もあんだよ!!どう足掻いたって這い上がれねーんだよ!!!」
感情を露にした誘拐犯はカバンの中に手を突っ込む。
「くそがああああっ!!お前らをここに連れてきたのも失敗だった!クソがクソがクソがぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
カバンの中から取り出されたのは液体の入った透明の瓶。中には紫色の半透明な液体が詰められている。
「ここでお前らをぶっ殺して、この失敗をなかったことにしてやる!!俺はもう、失敗するわけにはいかねーんだよっ!!」
叫んで、一気に手にした薬のようなものを飲み干すと、もう一度カバンに手を入れて今度は大きな赤色の鉱石のようなものを取り出す。サイズは、ハンドボールよりももう少しあるくらいだ。
「どいつもこいつもッ……!」
「俺の邪魔をするんじゃねェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」
歪な形の石を頭の上に掲げる。
強い光を放つ血色の結晶。
ほどけるようにしながら『少年』の体に吸い込まれていく。
その体も光に包まれながら徐々に大きさを増していく。
「二人とも、下がってっ」
コトリの声に、我に返った俺はカエデの腕を引っ張りながら、巨大化を進める人間から距離をとる。
さっきまでの、不自然なまでの余裕はこういう訳だったのか。
見る間にさっきまでの五、六倍ほどに膨れ上がった怪物は、俺たちを見下ろすと辛うじて人間の言葉で声を散らす。
「シネェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
体だけを見れば巨人のようにも見えるが、頭部はヒトのそれの代わりに立派な角の生えた山羊のようだった。
黒に近いような深い青色の皮膚。白目の部分のない黄色一色の瞳。口元から覗く牙。
つい数十秒前まで俺たちの目の前にいた少年は、化け物となり果てて、俺たちを見下ろしていた。