おきをつけておすすみください Lv2
遺跡の最深部を守っていた獣、それのいた場所には魔法の杖らしきものがドロップされていた。
バトントワリングのバトン程の長さで、先端に大きな植物の蕾のような飾りが施されている。そしてその逆の端には宝石が嵌め込まれていた。
「何だろう、これ?」
「さあな。コトリ、拾ってみたらどうだ?」
「わかった」
コトリは光の球に包まれたそれに近づく。
「これ、短杖みたい。強い力を感じる」
「倒したのは俺たちなんだし、貰っといていいんじゃないか?」
「それもそうだね」
言いながら、杖を手にすると、それがトリガーになったかのように、閉ざされていた扉のすべてが開いた。もちろん、最深部に続いているであろうあの扉も含めて。
少年はその開かれた扉に駆け出した。
「まぁ、落ち着けよ」
目の前に、俺が立ちふさがる。
「ど、どうしたの?おにぃちゃん」
「さっきの魔法」
「……?」
「俺が魔獣を『うっかり』お前の方に行かせちゃったときに使った魔法ってなんなんだ?」
妹を心配しているのか、開かれた扉の向こうを気にする少年に質問を投げかける。
「ああ、えっと。あれは即席魔法って言うんだ。魔法刻印を持ってなくても魔法を使えるんだよ」
「そうなのか」
「確か、さっき持ってた紙に書かれてる魔法陣は意図的に魔術的欠落があって、それを呪文の詠唱で補完することで術式が完成して発動するんだよね?」
コトリが情報を補足する。
「僕は、良く知らないけど、そんな感じなんじゃないかな?」
「どうしてそんなものを持ってたんだ?」
続けて疑問を口にする。
「危ないからだよ。最近、村の近くにも、魔物が増えてきたから。お母さんが、持ってろって」
目を逸らしながら言葉を紡ぐ少年。少し無理のある解答にも感じるが、実際、村を出てすぐのところにも魔物がうろついてた。母親なら「そもそも村を出るな」と言いそうな所かもしれないが、一概にそうとも言い切れない。
「なるほどな」
とりあえず、その質問については納得したことにして、別の質問に移る。
「ちなみに、そのカバンには他にどんなものが入ってるんだ?」
「何で…そんなこと聞くの?」
「いや、少し気になってな。初めて会ったときには持ってなかったし」
「……別に大したものは入ってないよ。水筒とか、だよ」
「そっか」
曖昧な返答をする少年を見やって、ため息を漏らす。
「じゃあ、質問を変えよう」
「遺跡の裏口に入る前、なんでトロールが現れるのが分かったんだ?」
刹那、少年が身じろぎをする。
コトリが気付いたというのならまだ納得は行く。でも、この少年はそれよりも早く反応した。コトリの直感よりも先に、だ。
「それは、あれだよ。童歌に、そのことも」
「倒し方もか?」
「え……?」
「お前は森に仕掛けられたトラップを使ってあいつを倒した。でも、あそこにある罠はコトリやお前が引っかかった物みたいに殺傷能力の低いものも混ざっているにも関わらず、どうやってあんなに効果的な場所に魔物を突っ込ませることを思いついたんだ?」
「そ、そうだよ!倒し方も童歌にあったんだ……っ」
そう言われてしまえば、こちらに確認の仕様はない。
「もっと決定的な証拠が必要だってことか」
「な、なんのこと……言ってるか、わかんないよ。さっきから、どうしたの?」
「自分で気付いてるか?俺たちが遺跡から戻った時と、今との違い」
一瞬きょとんとした様子だったが、すぐに、
「カバンの事なら、一度家に帰ったときに持ってきたんだ」
「違う。それじゃない。もっと重要で、簡単には変わらないものだ」
「何、それ……?」
「わかんねぇか?『言葉遣い』だよ」
「あ、確かに……」
少年より先にカエデが反応を示した。
「初めて会ったときも、そのあとに会ったときも、『あの男の子』は俺たちに対して敬語を使ってた。あの年で、ちゃんと丁寧な言葉遣いをできる聡明な子だったよ……『あの子』は」
「そ……れは」
「それに、もっと我慢強かったと思うけどな。涙を流すなんてことより、先にやるべきことを見つけて実行できる強い男だったはずだ」
「……」
「ちょっと子供を舐めすぎなんじゃないか?あと、他人に成り済ますんならもう少し観察をした方がいいな」
ついに言葉を失った『少年』に畳みかける。
「――――なぁ、誘拐犯さん?」
さすがに驚いたように、彼は顔を上げる。
「遺跡の裏通路、明かりが灯ってた。滅多に使われないはずなのに妙じゃないか?」
もちろん、裏口の方にまで自動で点灯や消灯を管理する魔法が細かく作られていた可能性は捨てきれないが。
「ここのボスがアイテムをドロップするってのも変な話だ。ここは既に、組合の調査が入っているはずなんだからな。アイテムの取り残しがあるなんて不自然だ。しかも、最深部を調査しようとすれば戦闘を回避することが出来ないこんな場所の魔物から回収してないなんて、あり得ない。あの魔獣は明らかに意図的に召喚されたものだ。人が近づかないようにな」
息継ぎをして、確かな証拠などない、憶測の続きを話す。
「多分、あの扉の奥に攫ってた子供たちを隠してるんだろう。真っ先に入った後は、扉を閉めるとかして籠城でもするつもりだったか?それなら、わざわざ俺らをここまで連れてきた理由がわからないけどな」
「……なるほど、その年にしちゃあ、随分賢いじゃねぇか?」
『少年』はくつくつと笑いながら言う。
「その通りだ。俺はこのあたりの子供を攫ってそこに閉じ込めてる。さっきの魔獣も、トロールも俺が召喚した」
誘拐犯は奥の部屋を顎で示して自らの罪を認めた。
「この遺跡はだいぶ前に組合の調査も終わって、人が近づく理由がなかった。まして、遺跡の最深部になんて好き好んで来る奴はいない」
「だから、この場所を選んだの?」
コトリが睨み付けるようにしながら質問をする。
対面する『少年』は頷いて、
「でも、魔王のせいでこの遺跡にも少しだが、影響が現れ始めた。それでもう一度遺跡の調査をするだなんていうじゃないか。それは困る」
大仰にため息をついて見せて、子攫いは語りを続ける。
「だからここに再び魔物を召喚しようと考えたってわけだ。この部屋に至るまでの場所みたいに、単に魔物を作るだけなら簡単だった。そのための魔力なら有り余ってるからな。でも、組合の人間を追い返すほどの魔物となれば話は別だ。それなりの器が必要になってくる」
「器……?」
カエデが小さく口に出した言葉にも親切に答える。
「魔物を形作る素となる魂と、肉体の根幹となる核だよ。一度組合が調査に来た時に同じようにここに居た魔物を倒し、核となっていたものは回収され、行き場を失った魂はこの付近をさまよっていた。そこに俺が、核を用意して肉体を作り、魂を呼び込んだ」
「初めにあの巨大狼を俺たちにけしかけたのも、お前だな?」
「本当によく頭の回ることで。肉体を用意できたはいいものの、魂の方はすでにほかの体に収まってしまっていた。だからお前らにそれを倒してもらって、魂をこっちに移したってわけだ」
道理であいつの動きには見たことのあるものが多かったわけだ。『あれ』が魔法を使ってきたのは、前の肉体にはそれを実現するだけの魔力とかその他もろもろの条件がそろっていなかった、ということなんだろう。
「だったら、どうして俺たちをここに連れてきた?」
「魔物を召喚した。それまでは良かったんだよ。でも、問題が一つあった」
「自分も入れくなった、とか?」
鋭いコトリの突っ込みに、誘拐犯は軽く舌打ちを鳴らす。図星なのか。案外と間抜けな奴だ。
少しムッとしたような表情を見せたが、追い詰められているはずの犯罪者は滔々と話続ける。
「本来なら、裏口からこの場所に侵入した場合は魔物は現れないはずだった」
侵入者たちを拒むための正規の入口。そうでない者たちが遺跡に入るための裏口。
裏口から入った侵入者以外のものにまで牙を剥かれては、防犯システムとしては三流以下といえるだろう。
「だが、魔王の魔力の影響なのか、強すぎる『神器』の影響なのか、それ以外のせいなのかはわからないが、術式が正常に動作しなくなっていた。遺跡に入るあらゆるものに対して反応するようになった。俺も中に入れないんじゃ、意味がない。子供の世話もできなくなるからな」
「子供の心配をしてたのか?」
意外な言葉に思わず聞き返す。
「勘違いするな。俺にとってあいつらは大事な商品だ。死体じゃあ価値も半分以下になっちまうからな」
「……くだら、ない」
珍しく、いつもは大人しい少女が小さく悪態をつく。
ああ、確かにくだらない。一瞬でも、こいつが多少いいやつなのかと思った自分自身を諭してやりたいくらいだ。
こいつは、子供を商品としてしか扱えない下衆野郎だ。