三章 おきをつけておすすみください Lv1
遺跡の壁の側面に現れた入口をくぐると、すぐ左手に細い階段が伸びていた。一人か二人くらいがやっと通れるほどの幅の階段は、おそらく遺跡の外壁の内部をらせん状に上っていくように造られている。まっすぐ上っては、左に90度方向転換し、またまっすぐ上って突き当りで直角に左方へ方向転換。そんなことを繰り返しながら、遺跡の頂上へ向かって歩いていく。
剣を振るい、魔物を倒す。遺跡の防衛システムの方から漏れてきた魔力の影響だろう。階段をのぼりながら何体化のモンスターに遭遇したが、大してレベルが高いわけでも無かったため戦闘魔法を使用するまでもなく簡単に倒すことが出来た。
ところどころに火がともされた松明があるだけの薄暗い階段を、足元に注意しながら登っていく。
「きゃ……っ」
後方で足を滑らせたらしいカエデが、俺の腕にしがみつく。
「おわっ」
つられてバランスを崩した俺を、先頭を歩いていたコトリが抱き止める。
「大丈夫、ソウタ?」
「ああ、助かった。……って」
思い切りコトリに抱き付いてしまっていた俺は慌てて離れる。と、再びバランスを崩して階段から落ちそうになった。
ふらつく俺をカエデが支え、その彼女をさらに後ろから少年が支えてくれたおかげで助かったが。
「もう、お兄ちゃんたち。気を付けないと危ないよ」
不満げに頬を膨らませる少年に、俺は苦笑いを返した。
気を取り直して、さらに上を目指す。グルグル、と二周くらいしたところで、行き止まりに突き当たった。
「おねぇちゃん、左だよ」
しんがりの男の子の指示に従って先頭のコトリが左に向くが、そこには壁があるばかり。
しかし、コトリがそっと壁に触れると、ゆっくりとした動きで壁の一部がずれて隙間を作り出した。
身を細めて、コトリが小さな隙間をすり抜ける。俺たちも後に続く。
そこは、開けた場所になっていた。正方形の大きな部屋。単純な面積で言えば、体育館くらいの物だろうか。見渡せば、正規の入口らしきものと、その反対に奥の部屋へと続いているとおぼわしき扉が見えた。
「ソウタ、この部屋から感じる」
感じる、というのはこの遺跡を調査しようと思うに至った気配の事だろう。
「お兄ちゃんたち、気を付けて。何かが出てくるかもしれないから」
少年もコトリと同じように警戒の意を示した。
忠告に従って、俺たちはゆっくりと部屋の真ん中に歩み寄っていく。少年は壁際にとどまっている。戦闘能力のない彼にはその方が安全だろう。
2、3歩前に出たところで、ひゅん、と空気が変わった。ちょうどさっきのトロールが出現したときと同じような感覚。
それと同時に、今まで開いていた正規の入口がシャッターのように降りてきた格子に閉ざされる。俺たちが侵入に使った入口も同様にその口を閉じる。
部屋の中心に、巨大な獣が現れる。濃い紫色の毛皮は、まるで重力そのものを纏っているかのような重厚感を感じさせる。
本来の入口の方を向いて召喚された獣はこちらに気付くと、体を向けて、威嚇するように遠吠えをした。
その声は『あれ』にとっては狭いであろう部屋に響き渡り、複数の仲間を呼び寄せた。
小さな獣たちが、5匹。大将を守るような配置で現れたそれらは敵を排除しようと飛びかかってくる。
俺も同じく飛び込んでいく。五体の狼に囲まれた俺は魔法を発動する。
「一刀両断!」
周囲を薙ぐように振るった剣は全ての取り巻きに一様にダメージを与える。そこに、コトリとカエデの魔法が飛び込んでくる。
「爆裂射撃っ」
「火炎爆撃っ!」
明確に俺を狙って放たれたそれは、被弾した対象を中心に爆発を巻き起こし周囲の小物たち飲み込み一掃した。
コトリはともかく、カエデも随分と容赦が無くなった。良い傾向だが。
爆発が収まるよりも早く、俺は飛びだし本命へと向かう。
「め――」
戦闘魔法を発動しようとしたところで、対象が低い姿勢で構えているのを見て俺は反射的に立ち止まる。直後、周囲を切り裂くように円形の攻撃が放たれる。
……この動きは……。
攻撃後の隙を狙って今度こそ確実に魔法を食らわせる。
「強力斬撃!」
その攻撃に怯んだモンスターは後方へ飛び退る。
俺は真横に転がり、魔法を発動する。
「火炎斬撃っ」
「落雷魔法!」
「二倍射撃!」
後方の二人もそのタイミングで攻撃を放ち、前方にタックルを仕掛けた獣に対してカウンターを食らわせる。
やっぱり。この動きは知っている。
正面の獣は両足をしっかりと地に着けて踏ん張るようにすると、口を大きく開けた。
「ソウタ、よけてっ」
何が来るのかはわからなかったが、その声に従ってとりあえず相手の側面に回り込むように走った。
次の瞬間、魔物の口から赤々とした炎が噴き出された。
少し驚きはしたが、とにかく、側面から魔法を叩き込む。
巨大狼はうめき声をあげると、続けて後ろ足を大きく縮める。
……これも知ってる。
俺は横に走り、次に来るであろう攻撃の方向を調整する。
「気を付けろっ」
後方に声を投げ、バネが解き放たれたのに合わせてローリングで攻撃を躱す。
俺の後ろにいたのは、ここまで導いてくれた少年。
避けられるような間合いじゃない。
彼はぶら下げたカバンから小さな紙を取り出し、走る狼に向けながら叫ぶ。
「馳せろ電光!」
言葉とともに、ぴしゃりと放たれた閃光は一瞬、魔物の動きを止める。その刹那に少年は迫る猛威から逃げ出した。
「わりぃ、大丈夫だったか?」
「う、うん。……何とか」
部屋の隅の方まで一気にかけて行った少年は、息を急き切らせながら答えた。
「よし、気を引き締めて行こう!」
パーティーメンバーに檄を飛ばして剣を握りなおす。
壁際でこちらに向き直った獣に対して魔法が放たれる。俺もそれに続いて攻撃を加えていく。
「連続斬撃!」
そして放たれるカウンターを回避して、もう一度攻撃。
俺がヒット・アンド・リターンでヘイトを稼ぎながら、コトリとカエデが中遠距離魔法でダメージを蓄積させていく。
相手はHPが半分ほどまで減ったところで、両足をしっかりと踏ん張って口元に熱を蓄える。
また火炎放射が来るかと思ったが、さっきとは違う部分があった。尻尾が上に向かって立っている。
直感的に、違う、と思った。だから下がって距離をとる。
狼は炎を口に含んだまま天に吠える。
轟!
と、巨大な獣を中心として円状に熱が放射される。攻撃の範囲内にあった床面の一部がゆらゆらと炎を上げている。
これじゃ、下手に近付けないな。
そう考えていると、向こうから走っり寄ってきた。意外と阿保なのかもしれない。
うっかりと火に触れてしまわないように少し離れて、相手の攻撃を待つ。振るわれた爪をいなしてから、動きの隙を狙って攻撃。
敵の方も少し焦りのようなものを感じているのか、今までの他にも魔法の種類と頻度を若干増やしてきたが、一度見てしまえばそれを躱すことは難しくない。
フィールドを燃やす類の魔法も、しばらくすれば火は消えるようで、大した脅威にもならない。そのまま油断せずにHPを削っていく。
「ぐおおおおおっ!」
適宜、MPの回復も行っていきつつ、ついに魔獣を倒すことに成功した。
後に引く断末魔を残して魔力の光に還っていった。