二章 チュートリアル Lv1
「それで、今向かっている組合支部ってのは、何なんだ?」
どこか中世ヨーロッパを思わせる景色の中を歩きながら俺は尋ねる。
確かにここは俺が朝、自転車を漕いで走っていた街の風景とは似ても似つかない。アスファルトに囲まれた生活では学校の校庭ぐらいでしか見ることの無い砂地の地面。立っている建物はほとんどがレンガ造りだ。ここが本当に異世界なのかどうかはともかくとして、どこか違う場所なのは確からしい。
黒髪短髪の少女、コトリは俺の質問に答えて言った。
「組合支部っていうのはそれぞれの村にある組合の登録を行うための施設だよ。この村は小さな村だからここの支部では簡単な登録しかできないんだけど、ソウタの市民登録くらいならできるはずだよ」
「へぇ」
どうやら、俺の『制服』という姿は珍しいらしく、道行く人たちが不思議そうな目をこちらに向けてくる。コトリやカエデはどうやらみんなと知り合いらしく、しょっちゅう声をかけられていた。
コトリ曰く、
「この村は小さな村だからね。みんなが知り合いみたいなもんなんだよ」
そんなところに俺みたいなのが居たらそりゃ、目立って仕方がない。
話の内容は大体、「その人は誰?」とか「また妙なことを始めたの?」とかだ。『また』ってなんだ。こいつ、普段から妙なことばっかやってるのか?
ちなみに俺は『どこか遠くの村からやってきたコトリの知り合い』という事になっているらしい。魔王が異世界から来たこともあって異世界人に対する印象はあまりよくないのと、いきなり異世界人だ、などと言われてもすぐには信じられないだろう、という事らしいが、ボロが出たりしないだろうな……?
話をしているうちに隣を歩いているコトリが立ち止まる。
右手に見える建物を示してコトリは言った。
「ここだよ。組合パーリス支部」
「パーリス?」
「この村の名前だよ」
言って、彼女はその建物に入っていく。俺は後ろを振り向いて、長髪の茶髪少女、カエデの姿があるのを確認してから、コトリに続く。カエデは倉庫を出て以来俺たちの後ろを黙ってついてきていただけだったので、いつの間にかいなくなってたりしないか少し不安に思ったのだ。
建物に入り、一番近い受付に歩いていく。
やはりレンガ造りのその建物の広さは、結構広く、ちょっとした駐車場くらいはあるだろうか。内部はコの字型のテーブルで区切られていて、テーブルはいくつかの仕切りで隔てられている。入口から入ってすぐの受付はコの字の背中に当たる部分だ。テーブルの上には『1』と書かれた番号札が置かれている。コの字の開いた方は向こう側の壁に付いていて、その壁には扉がある。おそらく奥の部屋とつながっているのだろう。
コトリは『1』の受付に歩いて行って、座っている女性に声をかける。椅子に座った彼女の後ろに俺とカエデは立つ。
「こんにちはー」
「こんにちは。今日はどんなご用件でしょうか」
どこか低気圧な印象を受ける彼女は淡々と述べる。
「この人の市民登録をお願いします」
俺の方を示してそう告げる。
「市民登録、ですか?」
女性職員は眉を顰める。どうしたのだろうか?
「市民登録は出生時に行われるはずですが……?」
なるほど、それは不審がるはずだ。生まれたときにするはずの登録を、この年でしていないのだから、怪しいこと極まりない。しかし、コトリは臆することなく続ける。
「あの、この人は少し事情があって、魔法があまり浸透していない地域で生まれたんです。それで、この村に来て登録をすることになったんです」
確かに、言っていることはそこまで間違っていない。俺がいた世界ではあまり魔法なんてのは聞いたことがある、くらいのもので、存在を信じている人間の方が少ない。そういう意味では『あまり浸透していない』という言い方もできなくはないだろう。俺がこの世界の生まれだとは言っていないし、発言に嘘はない。
……ないのだが、やはり少し無理がある気がする。
「この時代に魔法が浸透していない地域なんてあるんですか?一体どちらから?」
案の定、女性職員はあまり納得していないようで、俺に視線を振ると、そう質問する。
「ああ、えっと……」
俺が口ごもっていると、彼女は自分の顔の前に手を出して呟く。
「ステータスカウント」
そしてしばらく黙ってから、再び口を開く。
「確かにあなたには一切のステータスが登録されていないようですね。信じがたいですが、確かにそういう地域もあるのかもしれません」
なんかよく分からないことを言っていたが、なぜか納得したらしい。
「一応、本部に確認を取って参りますので、少々お待ちください」
そう言って立ち去ろうとした女性をコトリが引き止める。
「あ、じゃあ、バージョンアップの申請も一緒にお願いできますか?」
「わかりました、ではこちらの用紙に必要事項を記入してください。登録希望者の氏名と、申請動機です」
「はーい」
さらさらと受け取った用紙に書き込みをして、その紙と筆記具を職員に手渡す。
「それでは、あちらでお待ちください」
示された長椅子に座って、待つことにする。
椅子に腰かけて、俺は隣に座ったコトリに話題を振る。
「さっきの女の人が言ってたステータスカウントとかステータスって何なんだ?」
「ステータスっていうのは能力値のことなんだけど、名前やレベル、HP、MPみたいな情報なの。それを確認する魔法が能力確認つまり、ステータスカウント」
質問したらわからない単語が余計に増えたんだが。
「あ、レベルっていうのは魔法のうまさみたいなもの、かな?」
俺の思ったことを感じ取ったのか、彼女は追加の説明をする。そして続けて、
「HPやMPっていうのは持ってる魔力の量を表す値なんだよ。レベルが上がると増えるんだけど」
「HPもMPも魔力量を表しているなら、その二つは何が違うんだ?」
魔力、というのは、とりあえずそういうものなのだと受け入れるしかないだろう。ここはそういう世界らしいからな。
「HPは自動防御術式、術者の受けた損傷を無効化する魔法、の耐久値のことで、MPはそのほかの魔法を使うのに消費する魔力のことなの」
「そうなのか」
例によって、わかったようなわからないような説明だが、そもそも『魔法』のない『世界』の出身の俺には、すぐに理解するというのも無理な話かもしれない。追々わかって行けばそれでいいか。
「じゃあ、バージョンアップ、ってのは?」
「私たちはさっきも言ってたように生まれたときに組合支部に連れてこられて、市民登録を行われるんだけど、その時にマジックトークンを刻まれるの」
「マジックトークン?」
俺が再び質問を返すと、彼女は少し思考するように動きを止める。
「うーん、えっと。あ!ちょっと待っててね」
少し周りを見渡してから、コトリは何かの冊子のようなものを積み重ねてある一角へ走っていき、その一冊を持って帰ってくる。
パラパラとページをめくり、『市民登録の流れ』という項目のページを開き、口を開く。書き並べられたフローチャートを指差しながら、
「市民登録をしに来たらまず、出生届を書いて基本情報を登録するの。そのあとに魔法刻印を刻まれるんだけど、これがないと一切の魔法を使うことができないの」
「そうなのか」
「人間種を含めた言語種族は脳の言語を司る領域に魔法を司る領域が圧迫されているから、魔法を使うための術式を外部から埋め込むことで魔法を使用するんだよ」
自動防御術式を動かすのにもこれが必要なの、とコトリは付け足した。
つまり、俺たち『言語種族』の脳では魔法を使うには能力が足りないから、アタッチメントや追加ソフトウェアのようなものでその能力を補っているというところか。
「魔法刻印があるからと言ってすべての魔法が使えるわけじゃなくて、市民登録の時に刻まれるものでは基本的な魔法しか使えないんだけど、さらに追加で術式を埋め込むことで他の魔法も使えるようになるの」
コトリはまた別のページを開いて俺に見せる。
「それが術式追加」
それでね、と彼女は続ける。
「私たちが追加したい術式は魔物に対抗するための魔法なんだよ」
確かに魔王を倒すのであれば必要なものではあるだろう。
「あ、ところで」
俺は隣に座る少女に呼びかける。
「ん?」
「さっきの用紙さ、魔法の申請理由を書いたんだろ?なんて書いたんだ?」
そりゃあもちろん、と彼女は当然のように告げる。
「『魔王を倒すため』だよ」
……やっぱりこいつ、アホなのかも知れない。こんなんで申請が通ればいいが。