序章 ふっかつのじゅもん
「それじゃあね。ソウタくん、コトリちゃん、カエデちゃん」
土精種が絡んだあの一件のあと、小さな研究者と別れたどり着いた村でその日は休み、その翌々日。
もう一つ村を経由した後、俺たちは組合本部からの依頼でとある遺跡に向かって歩いてた。その道中の魔物の出ない安全地帯で、いろいろと世話を焼いてくれた赤い剣士、ルビィさんが、俺ことソウタ、共に冒険をしてきたコトリ、カエデを見渡してそんなことを言った。
もともと彼女は、俺が召喚された村、パーリスの組合支部に所属する冒険家だ。初心者の俺たちが冒険者として本登録するために王都までの護衛としてついてきていただけだ。支部の方から早く戻ってくるように、とせっつかれているらしい。本来なら一昨日には向こうに帰還しているはずなのだから仕方がないと言えばそうなのだが。
途中まで方向が同じだったから一緒に歩いていたが、どうやらここでお別れらしい。
「ルビィさん、今までお世話になりました。色々、助かりました」
「それほどでもないよ」
俺の感謝の言葉に、彼女は手をひらひらと振って答えた。
「また、パーリスにも遊びに行きますからっ」
「うん。楽しみに待ってるよー」
コトリの台詞に、ルビィさんは笑顔で答えた。
「ルビィさんが、いなかったら……ここまで、来れませんでした」
「だーいじょうぶ!コトリちゃんやソウタくんがいる。何があっても乗り越えられるよ、三人なら」
カエデの不安げな表情に、頼れる剣士は力強く答えた。
いままで、無駄に距離の近い人だとか、扱いづらい人だと思っていたけれど、いざいなくなると思うとやはり寂しいものだ。距離が近かった分、余計に、かもしれないが。
「本当に、ありがとうございました」
「ありがとうございましたっ」
「ありがとう、ございました……っ」
俺たちがそろって頭を下げると、
「やめてよ、もう一生会えないってわけじゃないんだからさ」
戸惑う彼女に、俺たちは顔を上げる。
「それも、そうですね」
「そうだよ。案外すぐに再開することになるかもしれないしね」
「え?」
意味深な言葉に思わず聞き返すと彼女はウィンクして答えた。
「ほら、世界って結構狭いからさ」
この人が言うと妙な説得力があるのはどうしてだろうか。不思議なものだ。
「じゃあ、そろそろ行くね」
歩き出そうとした彼女は何かを思い出したように立ち止まる。
「あ、そうだ」
「?」
「これ、あげる」
ルビィさんは虚空から紫色の鉱石を取り出す。
「これは…?」
確か、土精種の集落に俺たちを引きずり込んでくれた実行犯だ。周りの魔法粒子を結集化する能力を持っていたはずだ。
「そ。空間を歪めて穴を作る術式と、地球以外の魔力に反応してそれを発動する術式はもう破壊してあるけどね」
地球以外の魔力粒子は吸収しないように細工されていたのか。それが無くなったということは、結構危な代物なのでは?
「言ったでしょ?そんなに力の強いものではないから、核の力が十分に働いていれば魔力を吸われるのことはないよ」
「そう言えばそうでした」
「ところで、何でそれをソウタに?」
コトリの言うとおりだ。
「本当なら組合に提出しないといけないんだけど、書類とか手続きとか面倒だからさ。無くしたことにしちゃおうかと」
なんか、とんでもないことを言ってる気がするんだが。
「まーまー、何かの役に立つかもしれないし。餞別だと思ってさ」
どうせ餞別をくれるなら確実に役に立つものを貰いたいものだが。
「ありがとうございます。お守り代わりにでも持っておくことにします」
せっかくくれると言うのなら貰っておこう。彼女との思い出の品とでも思えばいくらか持っている意味もあるだろう。
「うん。大切にしてねー」
軽い調子で言うと、それじゃあ、今度こそバイバイ、と笑顔を浮かべた。
「はい。次に会うときはもっと強くなってますから」
「じゃあね、ルビィさんっ!」
「また…またいつか、会いましょう……っ!」
俺たちは手を振って見送る。相手も手を振り返しながら歩いていく。
「うん。またねー、みんな!」
ルビィさんが前を向いて歩き始めるまで三人は手を振り続けていた。彼女の後ろ姿を確認してから、俺たちも自分たちの目的に向かって歩を踏み出す。
また会えるその日まで、その道が再び合流するときまで、それぞれの道を征く。
*
ところで、次の俺たちの目的地はアステルダという村だ。
この村の近くには古代遺跡があるらしいのだが、遺跡や神殿なんかは魔力の流れが集まるようなところに立てられていることが多いらしく、そのせいで魔王の魔力に悪影響を受けやすいんだとか。今回もそのはた迷惑な魔力の影響で迷宮と化した遺跡から漏れた魔力で、魔物が大量に表れて件のアステルダが被害を受けている、ということだ。
で、俺たちの役割はひとまずのところ村の周りに蔓延る魔物の討伐。並びに、余裕があれば遺跡の調査。
後者の方は、割と世話になった天才幼女アガサに言われた事もあるし、やるかどうかは状況次第といった感じだが。
歩いていると、確かに村に近づくにつれて魔物の数が増えてきた。
こんなことならさっきの村で『帰還の書』を手に入れておけば良かった。
襲い来る水の塊やら土の化け物やらを倒しながら村の入口に向かって進んでいく。
*
……まったく。一体どこまで行ったんだよ。
僕は途方に暮れる。
一週間くらい前、魔物がたくさん出るようになってからは初めてくる広場。それ以前はよく友達と遊んでいた。
危険だから来ちゃいけないって大人には言われてるんだけど、それでも僕がここに来ているのには理由がある。
妹を探すためだ。どうやらお気に入りのぬいぐるみを無くしてしまったらしい。
初めは自分の部屋をひっくり返して、次に家中探して回っていたけど、それでも見つからなかったみたいだ。村の中も隅々まで探した。付き合わされる方はたまったもんじゃない。
それでも目的の物は見つからなかった。
きっとあの広場に落としてきたに違いない、と言っていた。もちろん、僕は止めた。
お母さんも行くなって言ってたし。僕も危険だと思う。お父さんとの約束もあるし、それに、妹に何かあったら怒られるのは僕だ。
「おーい、どこ行ったんだよおっ!」
声を張り上げるが、返事はない。
もっと遠くまで行っちゃったのかな……?もう帰りたい。
と、後ろで物音が聞こえた。
きっと妹だ。
良かった。これで帰れる。そう思って振り返ると、
グルルルル……。
狂暴そうな四本足の獣がこちらを睨みつけていた。
「う、うわああああああっ!」
腰が抜ける。
前はこんな魔物いなかった。それどころか、この広場はほとんど魔物が来ることなんかなかったのに。
両手をついたまま後ずさる。
そして、さらに良くないことに気付いてしまった。
魔物は一匹じゃない。
木や草の陰からもそれらは姿を現した。
恐い。
涙が溢れそうになる。
お父さんと約束したのになあ……。
男は泣かないんだ、って。
お母さんと、妹は、僕が守る、って。
ねぇ、お父さん。こんな時、お父さんならどうするの?
僕は、どうしたらいいの……?
……誰か、助けて……っ。