何かボタンを押してください Lv3
「強力斬撃!」
居住区画に侵入していたモグラなのかアルマジロなのかよくわからない生物を倒し、ドロップした肉を拾う。用心棒を請け負う代わりにその結果得られたアイテムは貰っていいことになってる。食事の中には肉もあった気がするけど、こいつの肉だったのかな。
討伐を繰り返すうちにわかったのだけど、ゴーレムにもいろんな種類がいるらしい。岩石でできた『ロックゴレム』、鉄鉱石製の『アイアンゴレム』や『クリスタルゴレム』なんてのもいた。ああいうのから採集したりするのか、と尋ねたら、非効率的すぎるからしないと言われた。確かに土精種たちの戦闘力じゃ割と命がけになるだろうし、倒しても大部分が魔力粒子に代わってしまうのだから効率がいいとは言えないかもしれない。
ゴゴンッ!
突然足元がぐらつく。地震か?
「ソウタ、今の広場の方だよっ!」
コトリの言葉に、ルーカスが機敏に反応する。
「それは本当か!?」
「コトリの言うことは信じていいと思うぜ!」
こいつの感覚は獣じみたものがあるからな。
「とにかく広場の方に連れてってくれ!」
迷路のように入り組んだ構造になっているため、外部の人間である俺たちには行き方が分からない。
ルーカスは一つ頷くと通路を駆けだした。土精種ってのは背が低いわりに意外と足は速いようでついていくのに結構苦労した。俺の運動能力の問題もあろうが。
いくつかの角や交差路を曲がり、階段を上り下りしやっとのことで広場にたどり着いた俺たちが目にしたのはとても信じがたい、いや、信じたくないものだった。
「うわあ、すごいねー」
「何……あれ?」
「ゴーレム、かな」
「あんな馬鹿でかいのが、か……?」
広場の真ん中に立っていたのは巨大な人型の『何か』。右腕は鉄鉱石、左腕は鉱石というように複数のゴーレムを一緒くたにしたような風体。頭はぶら下がったシャンデリアにぶつからんばかりだ。サイズと言い、見た目と言い、まるで。
「ボスキャラかよ……?」
こんなの、とても敵わない。とにかく今はあいつを倒すことよりここに居る人たちの避難が優先だろう。
「皆さん、俺たちが食い止めてる間に避難してください!」
俺はでかぶつの目の前に震える足で走り出て注意を惹く。
「コトリ、カエデ!みんなを頼むっ」
二人は各々に同意を示すとすでに避難誘導を始めていたルーカスたちに加わる。
俺に向けて大きな拳が振り下ろされる。走る足を止めずに駆け抜ける。かすめるように拳を躱しながら巨体の股の下を転がり抜けて後方へ回る。轟音を立てて拳が地面から粉塵を巻き上げる。
「ほら、こっちだぜ!?」
こいつに耳があるのか、あったとして俺の声が届く範囲にあるかはわからないが、ゴーレムはこちらをきちんと補足しているようで、ぶおおん、と空気を鳴らしながら振り返る。
拳が構えられる。今度は横方向に走り出す。円形の広場の外周に沿うように走る。攻撃が来る。それを転がって回避し、地面に叩きつけられた拳に魔法を放つ。
「強力斬撃っ!」
ぐおおおあああっ!
痛がる素振りを見せて後ろに仰け反る巨人。今のゴーレムの攻撃のせいで屋台が壊れてしまったが、こんな事態なら仕方ないと思うことにする。
と、頭の中に直接声が響く。
『ソウタ、避難終わったよ!一旦退いてっ』
俺は人差し指と中指の二本を立て、空中に円を描く。そしてその中央に点を打つように指を動かす。隠密会話の簡易的な発動方だ。すぐに発動できるメリットの他に使用を相手に悟られないという利点もある。隠密で会話をすることを相手の前で宣言しては意味がない。今現在にはあまり関係ない気もするが。
とにかく、俺はコトリに返事をする。
『了解!』
視界の端の地図を頼りにコトリたちと合流する。他にも何人かの土精種たちも集まって避難していた。
廊下の真ん中で、カエデが心配そうに声をかけてくる。
「ソウタ、大丈夫だった……?」
「ああ、なんとかな」
集まっているメンバーにはエミリアも混ざっていた。彼女に質問する。
「ありゃあ、一体何なんだ?」
「あれは……」
族長は一瞬迷ったような素振りを見せたが、意を決して口を開く。
「『ロウヒ』……様」
「ロウヒ?」
「ええ。我々土精種が信仰する大地の神、ロウヒ様。確信はありませんが、同じ気配を感じます」
「大地の神が、どうして?」
ごごん……。
まだ広場でゴーレムが暴れているのか、歩いているだけなのか、時折、振動と低い音が届く。
「わかりません。大地の魔力が変質したことに影響されているのかもしれません」
「魔力に、影響……?」
神様が、か?それに信仰って……。
………………………………
図書館で本を読んでいた時の話に戻るが、こんな一説があった。『核を失い分解された魔力粒子は神のもとに還り、新たな物質として再構成され世界に戻される』。そこに出てくる『神』という単語について、俺はコトリにこう尋ねた。
「コトリはこの神様ってのを信じてるのか?」
すると、帰ってきたのはこんな答えだ。
「信じるとか信じないとかっていうより、存在しているんだから信じざるを得ないって感じかな?ソウタだって重力を疑ったことなんかないでしょ?」
この世界における神の概念は俺たちの世界のそれとは少し異なっているのかもしれないと思った。
…………………………………
しかし、そんな『存在して当たり前』の物をわざわざ『信仰』なんかするだろうか?もちろんあれがコトリ個人の見解だったという考え方もあるだろうが。
といった俺の懸念をくみ取ったらしいコトリが説明を加えてくる。
「大地の神っていうのは魔力粒子を管理している唯一絶対の神とは別物なの」
「別物?」
会話をしている間にもズズン、と低い振動が響く。あまり無駄話をしている余裕もなさそうだ。
「聖霊種っていう種族がいるんだけど、今話をしているのはそれの進化形みたいなもので超聖霊っていうものなの。種族単位や個人的に信仰をささげていることが多いの」
「なるほど」
コトリも彼女なりに簡潔にまとめてくれたので今回は切り上げることにする。
「それで、どうやったら倒せるんだ?」
「倒す……って?」
「決まってるだろ、あいつを止めないと」
「しかし、超聖霊に実態はありません。それに……」
言いかけて口をつぐむ土精種の長に、俺は、
「わかってる。種族が信仰している対象を消し去ろうってわけじゃない」
そもそも無理っぽいしな。
「ただ、少なくともあのゴーレムだけは止めないとこの集落がやばいだろ?」
「待って、よ……ソウタ。危ないよ……ソウタが、そこまでして、野蛮種……を守らなくたって……」
「そうもいかないさ。今は俺たちもここに居るんだから。何もしなきゃどっち道、全員死ぬかもしれないし」
魔法技術が守ってくれるかもしれないが、生き埋めのまま死ぬまで生き続けるのはむしろ地獄な気もする。
それでも腑に落ちない様子のカエデに、言葉を重ねる。
「カエデ。土精種の事をいつまでも嫌ってても何も始まらないんじゃないか?」
「そう、だよね……。許さないと、なんだよね。事情が……あったんだもんね。それを、ちゃんと……認め、ないと」
苦しそうに、自分に言い聞かせるように単語を紡いでいく彼女を見て、俺はハッとした。
俺は、カエデに自分の価値観を押し付けてしまっていたのかもしれない。
誰よりも社会の歯車であることを嫌い、束縛を憎んできた自負のある俺が、他人を縛りつけようとしていた。
こうあるべきだ、という理想にはめ込んでいた。
「……ごめん」
「えっ……?」
「許さなくても良い。認めなくてもいい。自分に嘘を吐いて、心を殺して、そんなことをする必要はない」
意外な発言だったのか、カエデは驚いたような表情でこちらを見つめている。
「心のままに、思うままに行動すればいい。お前は世界のために生きてるんじゃない、世界がお前のためにあるんだから」
「……わかった。ありがとう、ソウタ」
ふっと微笑んで、彼女はそう言った。そして、
「私、ゴーレムを倒すよ」
思いもよらない台詞に、今度は俺が驚かされる番だった。
「なん、で……?俺が行くからって無理しなくてもいいんだぞ?」
「ううん。違うの。心のままに、行動しようと思って」
語る彼女の表情は先ほどまでと打って変わって柔らかい。
「私ね、本当は……意地を張ってたみたい。パパや、村の人たちが……苦しめらたから、絶対に許しちゃいけない。……そんな、使命感、みたいなもので…土精種を憎んでた、って部分もあったのかも」
「カエデ……」
「土精種のことが、許せないのは本当。でも、族長さん、ううん……エミリアさんや、この集落の人たちは、きっと悪い人じゃない。エミリアさんは、こんな私にも……平等に接してくれたし、他の土精種の人たちも、コトリがあの人たちを守ったこと……事実を事実としてちゃんと、受け入れてくれた。私たちを、少しだけど……受け容れてくれた」
だから、と。
「私、この集落を……ここの人たちを守りたい」