何かボタンを押してください Lv2
各々に武装を装着しながら案内された居住区域の通路は、しばらく監獄区間にいたせいか随分と広く感じる。まぁ、実際に人間にとっても割と広いとは思うが。通路の左右にはいくつかの扉が並んでいる。あれらがここに住む土精種たちの個室ということなのだろう。
そんな居住区の真ん中あたりで戦闘は行われていた。戦闘、というには防戦一方のように見えたが。彼らの魔法なのか、土で作った壁で人型に形成された岩石の拳を防いでいる。何人かで壁を作り廊下全体を塞ぐように守っている。
「あれがゴーレムか」
などと呑気なことを言っている暇はどうやらなかった。次の瞬間、一体のゴーレムの繰り出した攻撃によって防壁が破壊され、その勢いのままに壁の後ろに立って手をかざしていた土精種に岩の塊が襲い掛かる。
危ない、そう思ったより早く、コトリが動いていた。
「空間移動!」
唱えたかと思うと彼女の体はその土精種の横にあった。そして彼の体に触れるともう一度、「空間移動っ」と唱えた。土精種は俺たちの前まで瞬時に移動したが、コトリはゴーレムの攻撃の餌食となる。遅れて俺も飛び出す。そうしている間にほかの土精種たちも後退し新たに壁を生み出す。
「コトリ!!」
「きゃっ……!」
岩の腕に吹き飛ばされてコトリが地面に転がる。
「くっそ、強力斬撃っ!」
追撃を重ねようとする化け物に攻撃を叩き込んで動きを止める。
「貫通射撃!」
後ろからの援護射撃がゴーレムの胸あたりを貫き、その大部分を魔力粒子へと還していった。
「コトリ、大丈夫か!?」
迫りくる岩石魔人をけん制しながら、コトリのもとに駆け寄る。
「うん、ここに来る途中で魔力防御をかけといたから。ダメージの一部をMPで肩代わりさせるの」
俺が質問する前に説明までしてくれた。意外と余裕なのかと思いながら「能力確認」でHPを確認すると、半分ほどまで減っていた。
「全然大丈夫じゃねぇじゃねーか」
「あはは」
笑いながら、回復薬を取り出すとそれを口にする。
「ったく、あんま無理すんなっつの」
心配させやがって。
呆れと安堵を感じながら、壊れた壁の間から向かってくる岩の塊がコトリに近づくのを防ぐために前に出る。
「一刀両断っ」
間合いの延長された刃で、残された壁ごと数体のゴーレムに斬撃を叩き込む。
「火炎爆撃!」
「爆裂射撃っ!」
後方から飛んできた攻撃はそれぞれモンスターに着弾すると爆発を起こし、存在していた敵を一掃した。
にしても。
「俺が敵のど真ん中にいるのにそんな攻撃打つなよ……」
剣を背負って振り返りながら、俺は不平を漏らす。当たらないとはいえ、結構焦った。
「ご、ごめん、ソウタ」
「ああ、いや。カエデの攻撃はそもそも俺にあたらない範囲だったけど」
「まーまー。いいじゃん倒せたんだし」
巻き込んできた張本人がなんか言ってるが。
「おー、お疲れー。随分腕を上げたじゃない」
声のした方を振り返ると、地面に戻っていく土壁の向こうからエミリアを抱えたルビィさんの姿があった。
「ルビィさん。……連れてきたんですか?」
「私が悪いんじゃないよ?族長さんが行きたいって言ったんだよ」
そういうことか。どっちかと言えば止めて欲しかったのだが、戦闘も終了していることだしこの際いいか。
「ありがとう…ございました。ここで、大丈夫です。下ろしてください」
腕の中の声に応えてルビィさんはエミリアを地面に降ろした。
「族長、大丈夫なんですか?」
「私は平気です。それより」
彼女は俺たちの方を見やる。
「ありがとうございました。彼らを、いえ、私たちを救っていただいて」
「いや、大したことじゃ」
頭を下げた族長に、慌てて返事をする。
「別に、あなたたちの……ためじゃ、ない」
俺の横、というか後ろまで下がって来ていたカエデが小さな声で呟いた。向こうには聞こえていないとは思うが。
「ルーカス」
「……はい」
「これでも、彼らを信じられないと、そう言うのですか?」
「それは……」
言葉を詰まらせるルーカスを置いて、他の同志に同じことを尋ねる。
「あなた方は、どうですか?」
一瞬訪れた静寂を、一人の土精種が破る。コトリが助けた男だ。
「俺は、助けてもらいました。あの少女に。この者たちに」
その場にいた他の男たちも同意を示す。
「ああ、確かに、そうです」
「特にあの黒髪の少女は身を挺して我らが同志を守ってくれました」
その反応を見て、再びルーカスへ視線を戻して意見を求める。彼は渋々口を開く。
「彼らの言っていることは事実です。彼らは私たちを助けた。それは認めざるを得ないかと」
彼の発言を聞いてエミリアは少し肩の力を抜いたように見えたが、間髪を入れずにルーカスは続ける。
「しかし、だからと言って彼らを完全に信用することはできません」
「ルーカス……」
憂いの表情を見せるエミリア。
「私たちが人間に受けた仕打ちを忘れたわけではないでしょう、族長?」
「それはわかっています。でも……」
「私とてわかっております。すべての人間が悪いわけではない。この件を考慮して、もう一度処遇について話し合う必要があると考えます」
「やっぱり良い人だったね。ルーカスさん」
釈放された俺たちはアリの巣ように張り巡らされた通路の一つを歩いていた。
コトリの発言に、
「それは、どうかな……?」
反発したのはもちろんカエデだ。
「だって……牢屋の外には、出してもらえたけど……」
言葉を切って歩く俺たちの前後に視線を送る。二人ずつ、土精種がともに歩いている。要するに見張りだ。ついでに言えば俺たちは他に魔物が侵入していないか、パトロールするという任も与えられている。
「確かに、完全に信用されているとは言い難い状況ではあるね」
ルビィさんは特に彼らに気を遣うということもなく口にする。本当に度胸が据わっていると思う。……今、必要な度胸かはさておいて。
「でも、進歩しているのも確かじゃないかな。少しずつ、だよ。何事もね」
「そう……ですね」
ウィンクしたルビィさんに、少し口許を緩めてうなずて見せた。カエデの方にも多少は歩み寄りがあるといいんだが。
「あ、そうだ。ソウタ。能力参照を使えばいちいち能力確認を使わなくても仲間の位置やHPが分かるよ」
「そうなのか。ありがとう」
アドバイスに従って呪文を唱えステータスを表示させる。視界の端にマップとメンバーの位置、名前、HP、ついでに言えば自分の名前とHP,MPも表示されていた。確かにこの方が便利だろう。マップ情報は本来登録されていなかったのだが、パトロールの仕事に必要だろうということで、先ほど貰った。位置情報魔法の技術は土精種は持っていないはずだが、こちらの魔法研究者の知り合いに人間の研究者がいるらしく情報を共有しているのだとか。
「ところでルーカス」
俺は前方を歩く見張りの一人に声をかける。
「なんだ?」
「お前ら、あんなことできたんだな」
「あんなこと?」
「土で壁作ってたろ?」
地上で戦闘をしたときにはあんなことしていなかった。
「そんなことか」
彼はつまらなそうに言うと、
「俺たち土精種は地下に潜っているときは大地の魔力を自分のものとして使うことが出来るんだ。深く潜れば潜るほど能力は強くなる」
「なるほど」
「族長は地上でもある程度の力を行使することが出来るけどな」
「『大地の神』の加護を受けてるってやつか」
そう口を挟むと、驚いたような感心したような反応が返ってきた。
「ほお、知ってるのか」
と言っても昨日少し聞いただけで詳しくは知らないんだけど。
「大地の神の加護を受けているのは族長だけでなく俺たちもなんだが、そのおかげで大地の魔力を使えるんだ。それで族長が首から下げているペンダントがあるだろう」
言われてみればあったかもしれない。確か宝石のようなものがぶら下がっていたはずだ。
「あれは代々、土精種の族長に受け継がれるものなんだ」
「どういうものなんだ?」
「詳しいことは知らんが、大地の神の力の結晶だとか地球の核の一部だとか言われてるな。とにかくそれのおかげで族長は俺たちに比べて扱える力が大きくて地上でも多少の力は使うことが可能なんだよ」
「つーか、今日はよくしゃべるな?」
「うるさい。聞かれたから答えただけだ」
強がって言った後に小さく付け足した。
「言いそびれていたが、助けてもらったことには感謝している。……ありがとう」
「……おう」
やっぱりこいつは良い奴だ。