ステージ情報を読み込んでいます…… Lv3
「本当に……地上に帰れると、思う?」
エミリアがいなくなった後、四人が入るには広いとは言い難い部屋の中で、カエデが口を開く。直方体のこの部屋には一切の物がなく、どこか無機質な感じだ。
もともと土精種以外がこの集落に侵入することは想定されていなかったのだろう。この牢も身内を罰するために作られたようで、やはり天井は低い。俺たちはみな、地面に直接腰を下ろしていた。土の中を自在に移動できるという土精種の能力を封じるためか、周りは固い岩の壁になっていて、部屋の無機質さも合わさって一層冷たい印象を与えてくる。
「エミリアが方法を探してくれるって言ってたろ?」
「私はやっぱり、野蛮種なんか、信用できない」
牢屋の中には明かりはなく、房と房の間を隔てる壁に設置されている電灯の放つ黄色い光が格子から差し込むのみだ。
「そっか」
それは仕方のないことなのかもしれない。システムなんてものはうまく機能しているうちはあまり意識はしないが、それが機能しなくなったら途端に目立つようになるものだ。彼女にとっては、土精種は友好的な貿易相手という印象ではなく、父親の職を奪い日常を脅かす裏切り者という印象がほとんどだろうから。
「ソウタは、信じてるの?……野蛮種のこと」
「信じてるよ」
即答した俺に、彼女は少し信じられないような表情を向ける。
「確かに土精種は人間を裏切ったかもしれない。冒険者や行商人を襲っているかもしれない。でも、それは一部の土精種に過ぎない」
「それは、そうだけど……」
「悪い印象ってのは目立つもんさ。だけど、それは一面でしかないんじゃないかな。一部の奴らが悪いからって、みんながみんな悪い奴ってわけじゃない。人間だってそうだろ?」
カエデは、黙り込む。
「もちろん、土精種全体を信じるわけじゃないけどさ。それでも、直接話してみてエミリアやルーカスのことは信じられるって、俺は思った」
「……ルーカスのことも?」
「ああ。確かに人間のことを嫌っているみたいだけど、仲間を守りたいっていう強い信念みたいなものを感じたんだ。だから、きっと悪い奴じゃないと思う」
悪い奴じゃないから、信念を持っているからと言って信用できる、とも限らないとは思うが。信念を持っている奴はその信念のためならなんだってするってことでもあるのだから。
俺が黙ったのを見てか、カエデは隣で話を聞いていたコトリにも、俺にしたのと同じ質問を投げかける。
「コトリは?彼らのことを、信じられると、思う?」
「うーん、そうだね。少なくとも、族長さんの言っていることは信じても良いと思うよ。ちゃんと方法は探してくれるんじゃないかな」
どうして、と問われて、コトリは「なんとなく、かな」と曖昧な返事をして続けた。
「あの人は多分、嘘は言ってないって気がする。それに、族長さんも、ルーカスさんもいい人だと思うな」
言い終わってからもう一度、なんとなくだけどね、と付け足した。
「……そっか」
コトリの感覚的な返答にカエデは納得はしていないが満足はした、というような反応を示した。幼馴染の彼女にとってはコトリのそういうところは『彼女らしい』ということなのだろう。カエデもそれ以上の
追及はしなかった。
「あー、もう!この部屋暗くない?」
と、突然声を上げたのはルビィさんだ。
「……どうしたんですか、急に?」
驚いたのと呆れたので半分半分な気持ちで俺は彼女に問うた。
「暇つぶしにさっき図書館で借りた本でも読もうかと思ったんだけど、どうにも暗くて字が読みずらいのよ」
今まで黙っていたのは本の文字と格闘していたからか。
ルビィさんの台詞をコトリが次ぐ。
「確かに、本を読むには暗いですよね」
彼女の言う通り、この部屋自体に明かりがあるわけではないために、薄暗いとまでは言わないが、薄明るいこの部屋は読書向きではないだろう。
「何でこの部屋に灯りついてないのかなー?」
コトリの疑問に、読書を諦めたルビィさんが推測を述べた。
「コストの問題じゃないかな。ほら、あの壁についてる灯り」
彼女は牢の外、通路の壁を指さす。
「それに族長の部屋まで連行されるときに通った広場にあった大きなシャンデリアもだけど、あれに使われているのは発光石っていう石なんだよ」
「発光石、ですか」
電灯ではなかったようだ。よく考えれば、電気を扱う技術がなさそうなのは瞭然だが。
「まぁ、通称というか俗称みたいなものだけど。正式にはなんていうのかな。ま、とにかく、その発光石はそれなりに貴重なものでね。だからなるべく必要なところだけに使いたいんじゃないかな?昔はそれを輸出していたこともあったし」
人間種の使用している照明の多くにも、その頃に土精種からもたらされた発行石が使われているらしい。街灯などがあまり無いのも、その希少性のためもあるのだろう。
今は多種族同盟を裏切った手前、多種族との貿易もできないのだろうが。
「その発光石って、俺たちが落ちた場所にもありましたよね」
「うん。あれがそう。魔力を受けることで発光するものなんだけど、ほとんど地下深くにしか存在してないの。高い圧力下でしかできないみたい」
「でも、あそこには結構な量の発光石があったような気がするんですけど」
「多分、採掘場なんだろうね。トロッコもあったし。だからと言って取り放題ってわけにもいかないんだよ。何せ、土の下に暮らしてるわけだからね」
なるほど。下手をすれば地盤が崩れてこの集落ごと崩壊しかねない。
「よく考えてみれば地下にこんな空間が作られてること自体、相当な事ですもんね」
「あ、確かに」
コトリも俺の意見に賛同してくれたようだ。
「土精種は魔法の扱いはあまり得意ではないけれど、その代わり、道具や機械なんかを作るのや、金属の扱いは得意でね。この集落も多分、その機械と、大地の神の力を借りて作ったんじゃないかな」
「大地の神っていうのは?」
「よくは知らないんだけどね。土精種を統べるものは代々、大地の神の加護を受けるとかなんとからしいよ」
大地の神、か。機械のことと言い、神のことと言い、さっきルーカスが見張りの時に俺たちにした警告は案外現実味を帯びているのかもしれない。
そんなことを考えていると、唐突にベルの音が鳴り響いた。空気を震わせての音ではない。俺の頭の中に直接響く音。遠隔会話の着信音だ。目の前には画面が現れ、『受話』か『拒否』の選択を促している。相手はコトリの母親だ。コトリのことを心配して、毎晩俺に様子を尋ねるためにこうして連絡を取ってきている。もちろん、コトリにはこのことを秘密にしているので、ここで念話を取るわけにもいかない。どうしたものかと迷っていると、その様子を察したコトリが不思議そうな視線を向けてきた。
「ソウタ、何かあったの?」
「あ、いや、なんでもないんだが……」
俺はごまかそうとするが、彼女はなおも身を乗り出し俺の瞳をのぞき込んでくる。まるで、心そのものをのぞき込まれるような視線。やましいことがあるわけではないのだが、自然と緊張してまう。その様子を見て、カエデもこちらを心配そうに見つめている。目を逸らすこともできず、瞬きすらできないまましばらくそうしていると、鳴り続けていた着信音が途切れた。相手には悪いことをしたが、今の俺はとりあえずの安心感を覚える。
「?……まー、いいや」
その『安心』も感じ取られたのか、コトリは小首を傾げ、やっと瞬きをした。
「でも、なんかあるんだったらすぐに言ってよ?できることならするからさ」
「ああ、ありがとう」
彼女なりに心配してくれていたのだろう。少しうれしくなって、また、恥ずかしい気持ちも混ざって自然と口許が緩んだ。
それはともかくとしても、コトリの母親にも後できちんと連絡を取らないといけない。何かあったのでは、と思われているかもしれないし。トイレにでも行くことにしてここから少しの間でも出してもらおう。ただ単に『人を入れておく』ためのこの部屋にはトイレすらもないから、流石にそのくらいは許してくれるだろう。
*
それから少し時間が経って、一人の土精種が牢の前にやってきた。見張りかと思ったが、その彼女、エミリアが押してきた台車には食事の乗ったトレーが積まれていた。土精種が食べるものは人間と大差ないのか、見覚えのある食材が多く見えた。
「皆様、食事をお持ちしました。お口に合えばよろしいのですが」
族長が自らこんなところに来ていていいのだろうか?そんな疑問をぶつけると、扉を開けて中に入ってきた彼女は台車から食事を下ろしながら答えた。
「私のせいでこんなことになってしまったのです。反対する者もいましたが、せめてこのくらいは、と思いまして。……ご迷惑でしたでしょうか?」
そもそも俺はこの状況が彼女のせいだなんて思ってもいないが、食事を持ってきたのがエミリアだったことに関してはむしろ助かったと思った。
「いや、エミリアが来てくれてよかったよ」
その方が俺も頼みごとをしやすい。他の土精種が来ていたら言語道断、聞き入れてもらえない可能性も考えていたからな。
「それで、悪いんだけどトイレに行かせて貰えないかな。ほら、この部屋にはないからさ」
「も、申し訳ありません!そこまで気が回らず。すぐにご案内いたします」
慌てたように返事をして、俺を牢の外に出してくれる。
「正直なところ、この牢はほとんど使われたことがなく、勝手がわからないのです。あ、それでは、こちらへどうぞ」
この人が族長なら牢が使われていないのも納得がいく。俺の見た限りでは仲間を投獄するような性格はしていない。それに、土精種が製鉄なんかを得意としている割に牢の格子が木製なところを見てもあまり実用性を求めたつくりでないことが窺える。
しっかりと牢を施錠して、彼女は俺を先導した。天井の低い廊下のその道すがら、俺は牢の外に出た本当の理由を説明することにする。
「ごめん、本当は『外』の人間と連絡を取りたいんだ」
遠隔会話の相手と、牢の中での念話を避けたい理由を説明すると、彼女は快く許可をくれた。
「でも、そのようなことならわざわざ私に断らなくても良かったのですよ?」
「一応、正直に話して置こうと思ってさ」
誠心誠意に対応してくれている彼女を欺くような真似はしたくなかった。後でばれて余計に面倒なことになっても困るし。
そう伝えると、少女は小さく微笑んで、
「ありがとうございます。いい人ですね、あなたは」
と言った。
実際に用を足したい気持ちもあったため、トイレまで案内してもらった俺は、事を終えてからコトリの母親にかけなおした。もちろん、エミリアは外で待っている。
『もしもし、ソウタくん?何かあったの?さっき出なかったから心配で。迷惑だったかもしれないとも思って。それで……』
「大丈夫ですよ。ただ、少し立て込んでいて」
まくし立てる母親に、俺はなるべく心配をかけないように単語を選びながら事情を説明した。
地中深いということが原因しているのかもしれないが、たまに声にノイズが混じったり、会話に時差も生じているようだった。おそらく向こうからしても同じ状況だろうが、聞きずらい中、彼女は根気強くこちらの説明に耳を傾けてくれた。
『……そうだったの。ごめんね大変な時に』
「いえ、また明日もかけてきてください」
『それじゃあ、気を付けてね』
その言葉を最後に通話は終わった。
俺は手洗い場を出て、入口近くで待っていたエミリアに声をかける。
「ごめん、ありがとう」
「こちらこそ、すみませんでした。しばらくは不自由を強いることになりますが、どうかご容赦ください」
彼女は深々と頭を下げてから、再び牢への道を歩き始めた。
「では、ここの鍵は開けておきますので、お手洗いに行かれたいときはご自由にどうぞ」
俺を牢に戻してからのエミリアの台詞に、俺は疑問を呈する。
「え、いいのか?」
「はい。この辺りは牢獄区画となっていてその区画へ通じる扉にも鍵がかかるようになっておりますので問題はありません」
そういえば、廊下が狭くなる区間に入る前の扉、この牢からも見えるが、それには鍵がかかっていた。
「一応、就寝時間にはまたここは施錠させていただきますので、お手洗いはそれまでに済ませていただくようお願いします」
お食事が終わるころにもう一度参ります、と言い残して、族長は台車を持って牢獄区間から出て行った。