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カエデは族長の言葉に対して、ゆっくりと質問する。
「……どうして、裏切ったり……したんですか?」
あちらも彼女の気迫に押されたのか口を開く。
「信じていただけるかはわかりませんが」
「族長」
「いつまでもこのままで良いと思っているわけではないでしょう?ルーカス。歩み寄らなければいけないのです」
ルーカスが咎めるのに反論してエミリアは続けた。
「私の祖父である前族長が、三年ほど前に姿を消したのです」
その場の誰しもが黙って彼女の話に耳を傾けている。
「彼は地中の魔力についての調査を行っていたのです。魔王が現れたことで、大地を流れる循環粒子が真っ先に影響を受けましたから」
「地面の下に住む土精種にとっては、生活に直結する問題ですからね」
「その通りです。実際にその魔力の悪影響を受けて魔物も狂暴化していますし、まさに多種族同盟の結成に向けて世界が動いている最中も、私たちの同胞の中から我を失って暴れ出す者も現れていました。そんな状況を改善するために調査を行っていたのが前族長だったのです」
エミリアは一瞬息をついてから再び語り始める。
「そんなある日、調査に出かけた彼はそれきり、帰ってこなかったのです。族長を失い、更にはいつ暴走するかもわからない状態の私たちが多種族同盟に参加するわけには、いかなかったのです」
「だから……何も言わずに、立ち去ったんですか……?」
「私たち土精種の問題に、ほかの種族を巻き込むわけにはいきませんから」
カエデは、なおも責めるように言葉を次ぐ。
「地上で、人を襲っているのは………狂暴化した、土精種、なんですか?」
「それもありますが、それ以外にも、私の考えに賛成できない者たちが私たちの集落から離脱し、独断で行っているものもあります。他の種族に頼らない生活をしようという方針に反対する勢力もあるです。
やはり、苦しい生活を送ることになりますから」
内部分裂ってやつか。魔物も狂暴化し、自分たちも暴走するかもしれない。そんな不安定な状況で今まで従ってきた頭がいなくなれば、仕方のないことなのかもしれない。
「身から出た錆なのはわかっているのですが、土精種は魔物のように扱われるようになり、私たちのような穏健派も無差別に討伐されるようになりました。そのため、私たちは簡単に集落の外に出ることはできないのです」
「人間ども、急に掌を返したようになりやがって。俺たちを貿易の道具ぐらいにしか思ってなかったんだろうよ」
「ルーカス、やめて」
ぴしゃりと言い放つと、
「それで、ここから出る方法、でしたね」
こちらに向き直って話を本題に戻した。
「『帰還の書』や、緊急離脱術式では私たちの集落に飛んでしまいますし、ここは地下数千メートルに位置する街なので、地中の移動を得意とする土精種ならまだしも、ほかの種族では地上に戻ることは難しいでしょう」
「そう、ですか」
ルビィさんが珍しく思いつめたような表情で顎に手を当てる。しかし、ここから出られないのは確かに困る。
「何とか方法を探してみますので、申し訳ありませんがそれまでこの集落にとどまってください」
「族長、正気ですか?我らの集落に人間を留めるなどと」
「どの道ここから出る方法が見つかるまでは、彼らはここにいるほかないでしょう?」
「それは、そうですが……」
言い淀んだルーカスを置いて、彼女はこちらに水を向ける。
「とは言っても、流石に私一人であなたたちの処遇を決めるわけにはいきません。これから他の重役たちを交えて会議を行うことにします。少し、待っていていただけますか?」
「わかりました」
ルビィさんがそう答えるとエミリアは壁際に取り付けられたパイプのようなものに近づき取り付けられた蓋を開けると、口を開く。
「これより緊急会議を行います。幹部は直ちに第一会議室に集まってください」
おそらく通信機の類だろう。壁の中にパイプが通っていて声を届ける仕組みになっているのかもしれない。
伝達を終えた族長はルーカスを連れて部屋を出ようとする。
「行きますよ、ルーカス」
しかし、彼は俺たちの方を睨みつけて告げた。
「いえ、私はここで奴らの見張りをしています」
「ルーカス、まだそんなことを言っているのですか」
「こいつらを自由にしておくは危険です。少なくとも、正式に処遇が決まるまでは見張りをつけるべきです」
さっきとは逆に言葉を詰まらせたエミリアに俺は、
「別に俺たちはそれで構わないよ。行って来てくれ」
「……すみません、ありがとうございます。ルーカス、くれぐれも彼らを傷つけてはいけませんよ」
「ええ、私は何もしませんよ。奴らが何もしない限りは」
その言葉に、エミリアはルーカスに何か言いたそうな視線を向けたが、これ以上の議論は無駄だと思ったのか「では、ここは頼みましたよ」とだけ言ってその場を立ち去った。
ルーカスは先ほど手放した武器を手に取ると部屋の入口あたりに陣取ってそれをこちらへ向ける。
「妙な真似はするなよ。ここは俺たちの本拠地だ。高々数十年で死ぬようなか弱い種族が、魔法を手にしたところで俺たちに敵うとは思わない方がいい」
さっき地上で土精種と戦った時のことを考えれば虚勢だと考えるのが妥当だが、確かにここは土の中。彼らの方が有利なのは事実だろう。何か切り札を持っている可能性も否めない。
どちらにしても俺は彼らと戦うつもりはないので、ルーカスが武器を持った瞬間に応戦しようとしたカエデを止めてから地面に腰を下ろす。他の三人も続いた。
「『高々数十年』?土精種は違うのか」
俺が適当に放り投げた質問に彼は呆れたように息を吐き出して、
「人間はその程度のことも知らないのか。土精種の寿命は平均で二千年以上だ。俺たちには歳を数えるような習慣はないから正確じゃないが、俺も300を軽く超えてる。人間からすりゃあ子供みたいな見た目かもしれないが、立派な成体だ」
「さんびゃく……」
「言語種族の中では人間種は特に寿命が短い方で、彼らのような長寿命の種族の方が多いのよ」
だからルビィさんはずっと彼らに対して敬語だったのか。知ってるなら教えてくれればよかったのに。
「そういえばソウタには他の種族のことはあまり教えてなかったね」
コトリも俺の横でそう囁きかけてきた。魔王を倒すために勉強していた彼女たちも当然知っていたのだろう。……知らなかったのは俺だけか。知らなかったとはいえ、彼らにも随分と失礼な態度をとっていたらしい。
「てことはあの族長も……?」
「族長は俺と幼馴染だ」
そうだったのか、道理でしっかりしてるわけだ。
「わかったらお前も族長に対する態度を改めるんだな」
不機嫌そうにルーカスはそう言った。確かにそうした方が良さそうだ。俺は彼に「わかりました」と伝えた。
すると彼は、一層不機嫌そうに、
「いきなり何だ。気持ち悪いからそのままでいい」
随分と年上だったようだし、ルーカスにも敬語の方がいいかと思ったのだが。
「なら、お言葉に甘えさせてもらうよ」
「そうしてくれ」
そのあとは口を開くものもなく、沈黙が流れる。そうしている間も、カエデはルーカスに刺すような視線を送り続けている。
気まずい沈黙を破ったのは部屋の外からの声だった。
「ルーカス、何をしているのです?」
「お戻りですか、族長」
「武器を下ろして下さい。見張りだけのはずだったでしょう」
「族長。何かあってからでは遅いんですよ」
「そう、かも、しれませんが……」
先ほどまでとは違い、歯切れの悪いエミリアは俺たちばつの悪そうな視線を向けて口を開いた。
「あなた方の処遇のことですが」
一呼吸おいてから、彼女は頭を下げ、続ける。
「すみません。あなた方には、牢に入ってもらうことになってしまいました。私は、反対したのですが……」
「いえ、気にしないでください」
少女のような姿の彼女が頭を下げている画はなんとなく見るに堪えなかったので、俺はそう返事をした。
「せめて、牢までは私がお連れします」
いつまでも腰を折ったままの彼女に「顔を上げてください」と言うと、やっと彼女は面を上げた。
俺は彼女を促す。
「行きましょうか」
「本当に申し訳ありません。こちらへ来てください」
「私も行きます」
「ルーカス。あなたはここに残ってください。いいですね」
ついて来ようとした幼馴染に、反論の隙も与えず鋭く言い放つと、族長は部屋を出た。俺たちもそのあとに続いた。
族長室を後にしてしばらく歩いてから、エミリアは言葉を発した。
「私が説得しきれなかったばかりにこんなことになってしまい、すみません」
「俺たちなら大丈夫ですから」
「ところで、ルーカスに何か言われたのですか?」
「?……いや、大した話はしてませんけど」
「言葉遣いが変わったようなので、少し気になりまして」
「ああ、土精種が長寿だという話を聞いたんです。知らなかったもので、失礼しました」
「そういうことでしたか。どうか、気を遣わないでください。私など土精種の中ではまだまだ若輩ですので」
「そう言ってもらえると助かります」
そう断ってから俺は口調をもとに戻すことにする。
「にしても、族長ってのも大変なんだな」
やっぱりこっちの方がしっくりくる。
「ええ、まあ」
彼女はそう答えてから漏らすように呟いた。
「……私は、間違っているんでしょうか?」
「?」
「幹部たちがあなた方を警戒するのは、わかります。でも、私は、再び土精種と人間種が手を取り合える時代が来ることを望んでいるんです。幹部全員が私の意見に反対して、あなた方の投獄を進言してきたときにその考えも揺らぎそうになってしまったんです。私は間違っているのかもしれない、と」
言い終えてエミリアは「すみません、あなた方にする話ではありませんでした」とハッとしたように付け足した。
「きっと、間違ってなんか無いと思うよ」
俺の言葉に前を歩く族長は少し驚いたように顔を上げた。
「エミリアも、その幹部たちだってさ。その気持ちは同じはずだろ?土精種を守りたい、その想いはさ」
「そう、でしょうか……?」
「そうさ。だからきっと、彼らとも分かり合うことが出来るよ。それが出来れば人間種とだって」
初めてルーカスに出会った時に向けられていたのは敵意では無かった。俺は他人の感情にそこまで敏感ではないからわからないけど、コトリがそう言っていたのだから間違いないだろう。それに、さっき会話をした限りでは、俺もそんな風に感じた。まぁ、嫌われてはいるようだが。
「ありがとう、ございます。私も頑張ってみます。皆の理解を得られるように」
彼女なら大丈夫だろうと、根拠もなくそう感じた。
廊下の突き当りにある扉の鍵を手にした鍵束のうち一つを使って開けると、さらにその先へ進んでいく。扉の先の廊下は急に天井が部屋の天井と同じように低くなっていた。道幅もずいぶんと狭い。
扉の向こうへ進むと、木製の格子で隔てられた直方体の空間が廊下の両側面にいくつか並んでいる。そのうち扉から一番手前側の、向かって左側、その牢の戸を開錠してから彼女はこちらを向き直る。
「あなた方のことも、必ず何とかして見せますから」
「ソウタだ」
「え?」
困惑する彼女に対して俺は自己紹介をする。
「あなた、じゃなくてさ。俺はソウタ」
「私はコトリ。で、こっちはカエデ。よろしくね」
「ルビィです」
自分から名乗るとは思えないカエデの紹介は、コトリが代わりにしてくれた。
「……よろしくお願いします。改めまして、私はエミリアです」
心なしか少し明るくなった表情でそう告げてから、
「ソウタさん、コトリさん、カエデさん、ルビィさん。必ず、私が何とかします。待っていてください」
「ああ、期待してるよ」
答えてから、俺たちは牢の戸を開けて中へ入った。その戸を施錠したエミリアは俺たちに一礼してからその場を去った。